表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/26

008 挟撃

 苔に覆われた岩を背に地面に腰掛けると、ヴォルクは背嚢から煙草を一本取り出した。

 火魔術を使い先端に小さな炎を灯すと、野草の独特な甘さとも苦さともいえぬ味が、口の中いっぱいに広がった。

 

 喫煙は軍に入ってから覚えた趣味だった。

 最初は基地の購買で買うだけだったが、軍を抜け出した今は、採取した野草から自作をするようにまでなっていた。

 

 多くの獣人は身体にキツい臭いが付着するため喫煙を嫌っていたが、ヴォルクは特別違った。

 スラムで暮らしていた頃の育ての親のような人物が吸っていた煙を、よく嗅いでいたからかもしれないと自分では思っていた。


「甘いのもあるが、吸うか?」


 ヴォルクは優しさのつもりでした提案だったが、エレインには渋い顔で断られた。

 煙草は主に労働者階級の無粋で粗暴な趣向品であるとされ、厚い信仰と共に裕福な家庭で育ったエレインには刺激が強すぎたのだ。


 森を彷徨い始めてから数刻の時が経ち、エレインは自分が最初に目覚めた洞窟を無事見つけることができていた。

 

 森の中には目印になるものが少なかったが、数日も過ごしていた洞窟の形はよく覚えていたし、何よりエレインの胸に突き刺さっていたナイフが落ちていたのが、二人を確信させるに至った。


 ここまでに至る道中で一度だけ屍人に襲われた。

 木陰からの強襲であったが、ヴォルクの引き締まった桐のごとく均整のとれた脚に蹴り倒され、一撃の下絶命した。

 

 狼の獣人は格闘戦に秀でた種なのだ。軍の中で鍛え上げられ、特殊部隊へ選抜されるまでに至ったヴォルクには造作もないことだった。


 屍人は自然発生することはない。街の噂が本当だとすれば、足元に横たわっているこの屍人も元はアランゲンの市民で、この森まで連れ去られた後、闇の魔法によりアンデッドにさせられたのだろう。


 屍人から抜き取った魔石はエレインへと渡された。緊急時のために貯めておくことにしたのだ。もちろん彼女には保管用の小袋も渡してあった。


 二人は今、洞窟の前の広く空いた空間で休息を取っている。

 ヴォルクは煙草を吸い、エレインは持ってきた吸筒から水分を補給していた。


「もう一度聞くが、洞窟の中には深く入っていないんだな?」


「はい。怖くて入り口から少しのところまでしか入りませんでした」


 ヴォルクは複数の魔術の才能があったが、魔力の流れを目視できるほどの技量はなかった。

 もしヴォルクがそこまで熟達した魔力感覚を身につけていれば、今頃は上級魔法の使い手になり、魔導士としての成功を収めていただろう。

 

 しかし、そのヴォルクでも洞窟の中からは、有り体に言えば負のオーラとも言うべきか、悍ましい闇の魔力の気配を感じていた。


「間違いなく何かあるな。それも闇の魔法を扱う勢力のものだろう」


 元よりアンデッドとは、禁忌とされる闇の魔法により生まれ出でる魔物だ。エレインが殺された真相に辿り着こうとすれば、闇魔法を扱う者との対決は避けられなかった。


 ヴォルクが使う火や土の魔力と、光・闇の魔力は、力の性質が根本的に違うものである。

 火・水・風・土の四大元素は、それぞれを司る精霊が力の源となっている。そのため習得できる術も精霊との相性によって決まるとされていた。

 

 一方、光と闇の魔導は、善に属する神々と闇に属する神々、それぞれの権能を借りて使用する力だ。

 それは世界の理を改変することができるほど強力で、また人間には抗い難いものでもあった。


 ヴォルクは光の魔力を利用することで、初級の防護魔術と身体強化魔術、また医療魔法まで扱うことができた。

 それはヴォルクが善に連なる神への信仰を誓い、修行を行ったからである。

 

 光魔法は、信仰心の薄い者でも特定の修行さえ行えば初級程度までは習得することができた。

 ヴォルクは軍に所属していた頃、少しでも生存率をあげようと、足繁く教会に通い説法を聞き、給与の大半を寄付に費やした。その甲斐もあり僧になるための修行を受けることができ、若干の光魔力を扱うことができるようになったのだ。

 

 ヴォルクは聞きそびれていたことだが、信仰の厚い家庭で育ったエレインも、その信仰心のみで光魔法を扱う力を手にしている。

 

 翻って闇魔法は、邪悪な神への信仰を誓った者が使えるようになる力だ。

 相手に強制的な契約や束縛、呪いを送ること、またアンデッドの生成や魔物の使役などが代表される魔法で、使用には相当の練度と、邪神へ贈る生贄などが必要とされていた。

 

 エレインに死の契約魔法を誓わせた闇の魔導士のように一般社会で生活し人類に対し闇魔法を貢献させる者も少数いるが、ほとんどは異常者であるという認識が大陸では浸透していた。


 アランゲンで噂されている連続行方不明事件と、エレインのアンデッド化の真相は、この洞窟の奥に隠されているに違いない。

 ヴォルクは煙草の火を消し、背嚢と銃を背負った。

 

「ここからは必ず戦闘になるだろう。お前はまだ戦うことに慣れていない。ここで待つか?」


 ヴォルクは思ってもないことを口に出した。

 それはエレインの目を見れば、彼女が闘志に燃えていることが明らかだったからだ。


「わたしも付いていきます。足手纏いになったら切り捨ててもらって結構ですので」


 ヴォルクはせっかく高値を出して買った奴隷をあっさり切り捨ててなるものか、という言葉が口まで出かかったが、彼女のやる気を削がないためにも口を結んでおいた。


 エレインが洞窟の中を探索することに意欲的なのは、ヴォルクにとって意外だった。大人しい雰囲気のある少女という印象を持っていたが、自身の死を解明することに強い関心があるようだ。

 それは勇気のあることだったが、しかし彼女は屍人になり強い力を持つようになったとしても、経歴だけでいえば所詮は街の娘であることは忘れてはならない。


「こんなことはもっと前に聞いておくべきだったんだが、お前は戦闘で使えそうな魔術や技能を持っているか?」


「初級の光魔法が二つ、医療魔法と浄化魔法です。魔術は〈光明〉があります。ですが、この身になってからは使えるかどうか分かりません」


「その若さでそれなら十分だな。分からないなら使ってみればいいさ、俺の前に〈光明〉を出してくれ」


 〈光明〉は光球で周囲を照らす魔術だ。洞窟探索にはうってつけの力だった。

 エレインはヴォルクに向けてを伸ばし、精神を集中させた。

 途端にヴォルクの前には淡い光を放つ球が現れ、周囲を神の光で照らし始める。


「俺が先頭を歩く。お前は背後からの襲撃を警戒していてくれ」


 ヴォルクは光球を伴い、洞窟の中へと歩みを進めた。エレインは金砕棒を両手で構え、その後を追った。


 洞窟はでこぼことした石で全体を形作られており、時折石の割れ目から水が染み出している箇所もあった。小動物の姿もなく、不気味な静けさだけが辺りを包んでいた。

 

 ヴォルクは愛用している魔導突撃銃、通称『三五式カスタム』を構え、洞窟を奥へ奥へと進んでいった。

 

 三五式は、現在帝国軍が正式採用している最新の魔導突撃銃、『四一式』の前世代にあたる武器だったが、ヴォルク独自のカスタムにより、タクティカルナイフの着剣装置や魔石灯によるフラッシュライトなどが装着され、汎用性が高められていた。


 洞窟はカーブが多い分、分かれ道はなく、一本の長い通路のようになっていた。しばらく暗闇の中を進むと、ヴォルクは通路の先から複数の生き物の鳴き声を聞き取った。

 耳障りで不快な高音は、品性のない笑い声にも聞こえた。


「ゴブリンだ。相当数いる。光球を消してくれ」


 ヴォルクは小声でそう耳打ちした。


 狼の獣人であるヴォルクは、ある程度の夜目が効く。

 手がかりを見逃さないために灯りを点けさせていたが、敵に奇襲をかけるために、今は隠密性を高めようとしたのだ。


「何も見えないだろう? お前はそこでじっとしてろ」


「実はわたしもこの身体になってから夜目が効くようになったんです……付いていきます……」


「そういうことは早く伝えておいてくれ。付いてきてもいいが、お前は見てるだけにしろ」


 二人は音を立てないようしゃがみながら歩みを進めた。

 ヴォルクはゴブリンが目視できる距離まで進むと、着剣されたタクティカルナイフ確認し、三五式のストックを肩に構えた。

 

 照準器でゴブリン達を覗き狙いを定めるが、そこでヴォルクは一つの異変に気付く。

 ゴブリンは相変わらずゲラゲラと耳障りな声を上げていたが、その様子は異様に見えた。

 全ての個体が洞窟の入り口側を向き、整列しながら道を塞ぐように立っているのだ。

 その姿はまるで門番のようであった。


 ――操られているな。


 闇魔法による精神操作だろう。知能の低い魔物は都合よく操りやすいと聞く。

 おそらく、敵を認知するか攻撃を受けることで命令が作動するように仕掛けられているのだろう。操り人形の兵隊だ。


 ヴォルクは覚悟を決め、引き金に指を掛けた。

 

 爆発音が洞窟内に響く。空闇の中を発火炎が照らし、大量の銃弾が舞い踊る。

 ゴブリンの頭部が弾け飛び、血肉が拡散される。


 仲間の死をきっかけに、生き残った後列に控えるゴブリン達は狂ったような奇声を発しながら、ヴォルクへ向かい走り出した。

 

 各々が粗末な石の槍や斧を頭上に掲げヴォルクへと殺到するが、彼から十歩程の間合いにも近付けず、脳髄を撒き散らして倒れていく。


 ヴォルクは的確にゴブリンの頭蓋に狙いを定めながら、三五式を連射する。彼の軍歴からすれば、この程度の敵を蹴散らすことは容易であったのだ。


 しかし、撃てども撃てども、向かってくるゴブリンの数は減らなかった。

 初めにゴブリンを一見したところ、数は総勢十五程だった。

 だがどうだろう。通路に転がる死体は既に二十を超えさらにその数を増やしているが、ゴブリンの叫び声は減ることがなかった。

 かなりの数の増援を伏せていたのだろう。通路に立たされていたのは見せかけの罠だったのだ。


「ヴォルク様! 後ろから声が!」


 ヴォルクは目の前の小鬼の頭を胴体から吹き飛ばすと、洞窟の後方へと耳を澄ませた。

 間違いなくゴブリンの声だ。それも複数。


 挟撃された。

 洞窟内は一本道のように見えて、どこかに隠し通路があったのだろう。


「エレイン! 戦えるか!?」


「やってみます!」


 幸いなことに、洞窟内はエレインの金砕棒を振り回してもまだ余裕がある広さだった。

 今回はまだエレインに戦闘を経験させるつもりはなかったのだが、こうなってしまっては仕方がない。やれることをやるだけだ。


「とにかく振り回してみろ! 掠るだけで吹き飛ぶはずだ」


「分かりました!」


 エレインは巨大な金砕棒を構えると、両腕に在らん限りの力を込めた。

 

「かかってきなさい!」


 戦いの火蓋が切られた。


【Tips】闇魔導士。通説では、力を持った魔導士が社会への恨みを持ち成れ果てると、闇の魔導へと傾倒し出すとされている。だが、闇魔法を人類への貢献のために使う魔導士も多くいるため、偏見であるという見方もある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ