007 武器
アランゲンの大通りに面した商店街を眺めながら、ヴォルクとエレインの二人は目的の店に向かっていた。
ヴォルクには普段から利用している武器屋がある。
愛銃の手入れは自らの手で行ってるヴォルクだが、それは軍の訓練時代から整備の方法を頭に叩き込まれていたためである。
そもそも王国には魔導突撃銃の調整ができる人間など数えるほどしかいないことも理由ではあるが。
しかし、普段使用しているナイフ類は別だ。
簡易的には自分で研ぐこともあったが、刃物の整備に関しては本職に任せるようにしていた。
目的の武器屋に着くと、店の主人であるドワーフの鍛治師に声をかけた。
「いつも通りナイフを研いでほしい。それと、新しい武器が欲しいんだ。重い打撃武器がいい」
ヴォルクは胸のケースから取り出したタクティカルナイフを鍛治師に渡した。
ドワーフの男は、ナイフを受け取るとすぐさまに訝しむような顔をした。
「お前さんにしては随分乱暴に扱ったな? 少し時間がかかるぞ。その間は勝手に武器を見とるといい」
そう言うと、鍛治師はナイフを手にさっさと工房の奥へと引っ込んでいった。
ヴォルクとエレインは店に陳列された武器を端から眺めていった。王国ではロングソードを使用するのが一般的であるため、棚に置かれた武器も多くはそれに値するものだった。
「メイス、フレイル、スタッフもあるな。無難にメイスでいいんじゃないか?」
「ヴォルク様がそうおっしゃるなら異存はありません」
ヴォルクはもう少し悩んだ方がいいかとも考えたが、彼女がいいと言うならいいのだろうとそれ以上の思考を放棄した。
しばらく店内で待っていると、工房の奥からドワーフの主人がナイフを手に2人のもとへ戻ってきた。
「おいおい。工房から話を聞いてたが、そっちの小娘にまさかその重量のメイスなんか持たせる気か? 護身用ならナイフで十分だろう」
鍛治師の言い分は至極真っ当だった。
彼から見れば十代も中頃の細身の少女が、訓練された男性でも振り回すのが難しい重量級の武器など持てるはずもなかったからだ。
「エレイン、ちょっとそのメイスを持ってみろ」
ヴォルクからの指示を受け、エレインはその金属の棍棒をひょいとつまむようにして持ち上げると、片手で振り回してみた。
桁の外れた屍人の膂力からすれば、この程度の重さはなんということもないのだろう。
「こりゃあ驚いたな。一体どうなっとる」
ヴォルクは、エレインが魔物であることを説明する訳にもいかなかったので、適当に武闘神からの〈加護〉を授かっていると言い訳をした。
この世界は神との距離が物理的に、近い。
特定の神に気に入られた赤子は、神からの授かり物である加護を持って生まれてくることがあった。
それは天才的な計算能力、記憶力であったり、あり得るはずのないほどの豪運であったり、または驚異的な筋力でもあった。
「なるほどなあ。武闘神からの加護となりゃあ話は別だ。来い、こっちにいいものがある」
鍛治師は二人を工房の奥へと案内していった。
熱気が籠る工房の中では彼の弟子である幾人かの人間が仕事に励んでいた。
師匠が工房内に客を連れ込むことなど滅多にないようで、場違いな二人はじろじろと興味の目で見られたが、師からの喝が飛ぶと、すぐさま仕事へと戻っていった。
「見せたいのはこれなんだがな」
ドワーフは工房の隅に立て掛けられた、自身の背丈の二倍程はあろうかという圧倒的に肉厚な鉄の棒を二人に見せた。
その武器は太い柄と、その柄をさらに太く増強し鋲で補強したヘッドの二箇所で構成されたシンプルな作りだった。
「名を金砕棒と言ってな。言ってしまえば大型なメイスの一種ではあるんだが、極東の島国で使われている武器らしい」
無骨な鉄の塊は埃を被り、まるで眠っているかのようにそこに鎮座していた。
「らしい、というのは?」
「これをウチの工房に持ち込んだ鬼人がそう言ってたんだ。俺はこんな武器扱える奴がいないから買い取れないって言ったんだが、しつこくてな」
鍛治師はボリボリと頭を掻くと、途端に悪戯な子猫のような笑顔になった。
「娘っ子。どうだ、これ持てそうか?」
「どうでしょう……わたしの身長より大きいですし……」
エレインは不安げな顔を浮かべたが、ヴォルクに試しに持ってみるよう催促されると、すぐにその分厚い棒を肩に担いだ。
「多分……これくらいなら振り回せると思います」
「ハッハッハッ、流石加護持ちだな。頼むからここで暴れてくれるなよ!」
鍛治師は気分良く笑うと話をこう続けた。
「こんなデカブツ、今まで倉庫の肥やしにしかなってなかったんだ。いいものを見れたしそいつはタダでくれてやる」
「ありがたい申し出だが、いいのか?」
高価な買い物をしたばかりで懐事情が芳しくなかったヴォルクには、またとない話だった。
「ああ、元は鋳潰して何かの材料にでもしようと思って安く買い取ったものだからな、大した赤字でもないさ」
「悪いな、今後も贔屓にさせてもらうよ」
「おうよ、それでいい」
エレインは二人の会話を聞くと金砕棒を降ろし、鍛治師に礼を申した。
本当は武闘神からの加護など頂戴していないことはとても打ち明けることができず、ただ罪悪感を強く感じていたが、エレインが金砕棒を持ち上げるたびに鍛治師がひどく喜ぶのを見て少し心が和らいだ。
二人が店を出る頃には日も西へと傾いていた。
「今日は帰ろう」
ヴォルクの言葉にエレインは短く肯定の返事をした。
宿に着くと、二人は荷物を降ろし、明日からの計画について話を始めた。
「お前がアンデッドになった理由を見つけないとな」
エレインは頷く。巷を騒がしている行方不明事件、これ以上被害者を出す訳にはいかない。
「お前が胸を刺されたという自室は、手がかりがあれば既に家族が見つけているはずだ。明日からはまずお前が目覚めた森で痕跡を探そう」
「はい、それで構いません」
ヴォルクは大まかな計画を話すと、すぐに寝間着に着替え、布団に入っていった。
エレインもネグリジェに着替えはしたが、ヴォルクが床に就いたあとも、しばらく考え事に耽っていた。
思えばこの数週間は怒涛の日々だった。
部屋で胸を刺され、気付けば森の中で屍人として彷徨っていた。その後はいきなり現れた獣人に担がれ、銃撃されながらの逃走。
無事家に着いても家族からは見放され、奴隷として売られた。暗い檻の中に入れられ、タリス様からも見放されてしまったかと思うと、涙も枯れ果てた。
珍妙な生き物として店の中で見せ物にされていたところで、また例の獣人の男が現れ、わたしを買っていった。
わたしはここから一生、化け物として奴隷以下の扱いを受けていくのだと思っていた。
しかし彼は奴隷を奴隷のようには扱わなかった。
短い間しか共に過ごしていないが、なんとなく、他人との関わり方が器用ではない人なのだと思った。
いきなりナイフを渡してきて、魔獣の心臓を突いてこいと言い渡してきたり。配慮ができる殿方だとは思わないが、だが、決して不誠実な人ではなかった。
明日もわたしがアンデッドになった原因を探ると申し出てくれた。豪奢な修道服は彼の趣味なのか優しさなのかは分からないが、奴隷には中々ない待遇なのだろう。
エレインはもう己の不幸を嘆こうとはしなかった。ただ前向きに明日を生きていこうと決めた。
「もう心臓は動いてないんだけどね……」
ヴォルクが横たわる寝台にこそこそと入り、エレインはすぐに目を閉じた。
屍人に睡眠が必要なのかは分からなかったが、不思議とすぐに眠気に襲われた。
翌朝、二人は早くに朝の支度を終えると、街で朝食を済ませ、エレインが目覚めた森へと出発した。
ヴォルクはいつもの背嚢と愛銃を背負い、エレインは純白のフードを深く被り巨大な金砕棒を背負っていた。
少し歪な組み合わせだが、街人は一目で冒険者の二人組だと思っただろう。王国有数の巨大都市アランゲンでは、奇抜な格好をしたなど冒険者など他に幾らでもいたからだ。
二人は街の西門を出て街道を通り、ちょうどヴォルク達が帝国軍部隊に襲われた道の辺りまで歩いてきた。
「そういえば、ヴォルク様を襲った帝国兵がまた現れる危険はないのですか?」
「ああ、この前ギルド長から連絡があってな。ギルドの諜報員がこの辺りを調査した結果、部隊が新たに活動している形跡は見つけられなかったそうだ」
ヴォルク達が襲われた跡は見つけたが、それ以降の足取りはさっぱり。
つまり、帝国兵が今どこにいるかは不明であるということだ。
「また襲撃に遭う可能性があるということですね?」
「ああ、そんなこと願い下げだがな」
しかし、行方不明になっていたエレインを見つけられたのは、そういえば部隊に追い立てられたことが一つの理由でもあったとヴォルクは回想していた。
彼等が何を思って王国までヴォルクを処刑しようとやってきたのかは定かではないが、間違いなく上層部の思惑があってのことだろう。
ヴォルクが軍を脱走するきっかけとなったとある事件が関係しているのだと思ったが、王国との関係を悪化させてまで部隊を動かす理由になるのかは不明だった。
「さて、この辺りから森に入ろう。最初に目覚めた時、近くに洞窟があったと言ってたな。そこまでの道のりは分かるか?」
「方向だけはなんとか……。とにかく進んでみてもよろしいですか?」
この森には魔獣の他に、小鬼、つまりゴブリンが生息しているとされていた。
ゴブリンは一般に、人間に敵対的で悪知恵が働く残忍な生き物だ。
力は強くないが、粗末な石槍や弓などで武装をしており簡単な落とし穴なども使うため、数が多いと中級の冒険者パーティでなければ相手はできないとされていた。
「俺が先導する。気をつけて進もう」
二人は深い森の中へと歩き出した。
【Tips】加護。神から賜った恩恵。魔法や技能とは格別した能力を発揮できる。過去、竜を討った英雄達などは加護を複数持っていたと伝えられている。