表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/26

006 狩猟

 荒れ地に生えた背の高い草に身を隠したヴォルクは、立ち膝の形を取り魔導銃を構えた。

 後方にはエレインが、主人から借り受けた大型のタクティカルナイフを片方の手で持ち真剣な面持ちで控えている。

 

 二人の目の前には猪の魔獣が鼻をひくつかせながら悠々と大地を闊歩していた。

 

 ヴォルクは愛銃に魔力を込めると、引き金にかかった指へ僅かな力を込めて、トリガーを引き切る。

 途端に、乾いた爆発音と共に鋭利な石の弾丸が、銃口から高速で回転しながら飛び出していった。


 回転する弾丸は安定した軌道を取り、そのまま猪の魔獣の両前足を吹き飛ばす。

 魔獣は甲高い汚れた悲鳴を上げると、その場に顔から倒れ伏した。痛みに耐えかね暴れ回る魔獣を横目に、ヴォルクはエレインに向け声を上げる。


「今だ!」

 

 彼女は声と同時に立ち上がると、朗らかな掛け声と共に魔獣へ向かって力強く走り出した。

 

 エレインはナイフを高く持ち上げると、走る勢いのまま、魔獣の胸付近へと深く刃を突き立てる。

 魔獣は血を吹き出しながら絶叫を上げると、次第に動く力を失くしていき、ついにはピクリとも動かなくなった。

 絶命したのだ。


「よくやったじゃないか」


 ゼエゼエと肩で息をしているエレインに、ヴォルクは近寄った。

 屍人であるため呼吸は必要ないはずだが、生きている頃の名残はなかなか抜けないのだろう。

 彼女は地面に座すると、手についた血潮を払っていた。


「わたし、初めて生き物の命を奪いました……」


 タリス教は殺生を積極的には禁止していない。もちろん殺人は大きな過ちであるとされているが、生き物の血肉を摂取し、健全な身体を育むことは尊いとされていることや、動物の命を奪うことは循環のひとつだとされているからだ。

 

 しかし、敬虔なタリス教徒で、ただの街娘だったエレインには、生き物を殺した経験など人生で一度もなかった。


 エレインの感情の昂りが落ち着いたのは、ヴォルクが仕留めた魔獣の解体を終わらせる頃だった。


「全て任せてしまって申し訳ありません!」


 エレインがふと我に帰ると、自らの主人が獣の解体で身を血で窶しているのだ。

 謝罪するしか選択はなかった。


「いいさ、初めては誰でもそうなる。それより魔石があった。食べてみてくれ」


 エレインは手渡された魔石を頬張ると、そのまま一気に噛み砕いた。

 すると、やはり少しの変化ではあるが、着実に傷が治っているようだった。


「ヴォルク様。この魔石、美味しいです……」


「魔石に味付けがされてたとはな。お前が最初の発見者だろう」


 エレインは少し笑みを浮かべると、解体の片付けを手伝い始めた。


 それからしばらく、二人は狩りを続けた。

 ヴォルクが狙撃により魔獣の足止めをし、エレインがトドメを刺すという分担を決めたのはヴォルクだった。

 

 ヴォルクならば例え一人でも魔獣を狩ることなど容易であったが、これからは仲間が一人増えるのだ。共同での作業をこなせるようにしておきたかった。

 

 またエレインにも戦闘の訓練が必要だ。初めから生き物を殺すことに躊躇いのない者など、そうはいない。

 

 その点エレインは、土壇場での躊躇がなく、やれと言われればやれる根性を持っていた。適応性が高いとも言えるだろう。

 ヴォルクはエレインを高く評価していた。


 食した魔石が二桁に上ろうかという頃に、エレインの手は完治した。まるで朝から何事もなかったかのように、その手はシルクのような肌を取り戻していた。


 魔石はギルドに売れば、まとまった金になる。魔獣の魔石ならば十個も売れば成人男性の一月分の食費程度にはなっただろう。

 

 だが、逆に言えばその程度の額で肉片となった手が完治したのだ。コストパフォーマンスは良いと言えるだろう。


「これからは力をコントロールできるようにします」


 エレインはそう宣言してみせた。


「気楽にやれ。危険のない範囲でな」


 ヴォルクは彼女の戦闘能力に目を見張っていた。

 自らの身体を代償にしているとはいえ、ヴォルクを上回る膂力。それに魔石さえ食べればかなりの大怪我でも再生させることができる能力を持っている。

 格闘センスさえ鍛えれば間違いなく一流の前衛になることだろう。


 惜しむらくは、彼女が屍人であるという点だ。

 陽に当たれば塵と化し、鑑定魔法をかけられれば何の疑いもなく人類の敵であると判断されてしまうだろう。

 

 彼女はもうヴォルクの所有物になったのだ。自らの手で守ってやらなければならない。


「さて、お前の能力は把握できた。そろそろ街へ帰ろう」


 昼も過ぎた頃ヴォルクは狩りをやめ、街へと引き上げる準備を始めた。

 狩った獣肉は、食べきれなかった分をヴォルクの火魔術と土魔術で土に還した。

 あとは来た道をそのまま戻り、帰路につくのだ。


「アランゲンのどこに住んでたんだ?」


「西門からからすぐの坂を登ったところにある住宅街です」


「ああ、あの小金持ちの宅地か。依頼で立ち入ったことがある。犬が俺の夕飯より豪勢なものを食べていたな」


 狩りを共にしたことで、ヴォルクはエレインに親しみを感じ始めていた。

 行きの道程では、必要最低限の会話しかなかった二人だが、帰りにはいくらか会話が膨らんでいた。


 街に着いたのはまだ日も落ちていない頃合いだったため、二人は街を散策することにした。主にエレインの武器を探すことが目的だ。

 

 彼女は今までの人生で、武器の取り扱いの経験は一度もない。今日はヴォルクのタクティカルナイフを使わせたが、今後毎回というわけにもいかない。

 それに、彼女のナイフの扱いは危なかしくて見ていられなかった。

 そこで、街に着いた後エレインに合う武器を探そうという話に至ったのだった。


「今のお前は常人の数倍は力が強い。下手な武器を使えば、お前より先に武器が壊れるだろう」


「でしたらわたしは何を使えばよろしいんでしょうか? 木の棒すら振り回したことがありませんから、今から剣術を習うのも難しいでしょうし」


 彼女のいう通り、今から剣術を習うというのは難しい話だった。

 それはエレイン程の年齢から剣術を習うことが無茶だという話ではなく、頑なにフードを脱ごうとしない華奢な女が、そこらの男の数倍の力を出せることが原因だとヴォルクは話した。

 

 怪しすぎるだろう。屍人だと探られるかは分からないが、あらぬ疑いを受ける要因は、今は避けたかった。


「ヴォルク様の魔導銃は素晴らしい武器ですね。わたしは初めて見ましたが、なぜ王国の冒険者は使わないんでしょう」


 エレインは素朴な疑問を口にした。確かに彼女から見れば、数十歩先の距離から一方的に攻撃を加えられる魔道具を冒険者が一様に使えば、魔物の討伐は随分と楽になると考えるだろう。


 それはヴォルクにとっては兵役初期に座学で何度も教育させられた当たり前の知識だったが、目の前の少女が知っているはずもない。

 ヴォルクは彼女に魔導銃に関する長い講義を始めることにした。


「魔導銃を扱うには、土魔術による弾薬の〈成型〉と、火魔術による〈爆発〉の二つを習得してなければならない。必然的に、火と土、両系統の魔術に適性がなければならないんだ。」


「つまりヴォルク様は魔導士としての才能がおありなんですね」


 ヴォルクは頷くと、さらに説明を続けた。


「使い物になるまで一年以上はかかった。教官にはそれでも随分早い方だと言われたがな。そうして得た力も欠点は多い」


「欠点、ですか……」


「ああ、魔力の消費は大きいし、その割に同じ消費魔力の火魔法、土魔法単体の方が魔術の規模は大きい。それに魔導銃が通用しない魔物も多くてな。できることは精々、音が届くより早く人の頭をかち割ることくらいだ」


 効率的な人間の殺害を目的に作られた魔道具、それがヴォルクの持つ魔導銃と呼ばれるものだった。

 

 魔導銃の中でも、ヴォルクは特に火力の高い魔導突撃銃を使っていた。

 魔導突撃銃は、長い銃身内部にライフリングと呼ばれる螺旋状の溝が掘られており、射出される弾丸の安定性を保たせる構造になっている。

 

 使用者に土魔術と火魔術の適性があることは前提となるが、魔力を込め引き金を引くだけで、緻密な制御を必要としながらも自動で〈成型〉〈爆発〉の魔術が乱発され、圧倒的な速度で鋭い土の弾丸を連射することができる代物だった。

 

 その分魔力の消費量は半端ではなく、四人から八人程度の部隊で互いに連携をとりながら、高価な魔力回復薬を大量消費しつつ運用することで、やっと最大限の火力を発揮することができるのだった。


「王国の冒険者に魔導銃を扱う人間がいない理由が分かりました」


「ああ、本来冒険者は魔物討伐が仕事だ。俺は帝国軍人として、人間同士の戦いに最適化された訓練を受けた。王国の冒険者とは主意が違うんだ」


 大陸の主要三カ国である、王国、共和国、帝国の中で、ヴォルクの生まれた帝国は比較的新興国ながら、その他列強と比肩しうる軍事力を持っていた。

 

 それは他国が戦時の武力衝突において、魔物と戦うための戦力を軍事転用してきた歴史があったのに対し、帝国は人を殺すためだけの効率的な魔術、魔道具、作戦を研究し続けたことが理由であった。

 

 魔導突撃銃はその最たる例で、帝国の前皇帝が直接開発に従事したとされていた。


「わたしが魔導銃を扱うのは難しそうですね……」


 ヴォルクはその言葉に同意した。火と土の魔術の適性がある人間はそういない。いたとしても魔導銃を扱う訓練に数年はかかる。

 

 仮に彼女にその才能があったとしても、これだけフィジカルに恵まれているのだ。王国流に近接武器の使用と戦闘補助用の魔術の習得に時間をかけた方がより強く、汎用性のある冒険者へと育つだろう。

 

 間違っても魔導突撃銃などというピーキーな武器の習得に時間をかけるべきではない。


「困りましたね。わたしは一体どんな武器を使えばいいんでしょう」


「無難に打撃武器を使ったらどうだ? 雑に力を込めるだけでも威力は大きい。構造もシンプルだから壊れづらいしな」


 ヴォルクは、エレインに前衛でのタンクの仕事を期待していた。

 タンクとは、前衛で敵の注意を引き付け積極的に攻撃を受ける代わりに、味方への攻撃を減らす役割のことだ。

 

 つまり、剣を使い魔物をバタバタと切り倒すのではなく、ヴォルクの元に魔物が来ないよう引き止める仕事をこなして欲しかった。

 

 その仕事をこなすには打撃武器は最適だろう。

 扱いやすく、壊れにくい。戦闘初心者にうってつけで、尚且つ安価だ。

 

 ヴォルクが持つ魔導銃など、帝国の秘匿された最新鋭の技術がふんだんに使われており、替えが効くものではない。

 軍を脱走する際に一緒に盗み出してきた愛銃だったが、もし壊れでもすれば、もう一度帝国軍に戻って、直してくださいと頭を下げるしかないだろう。

 

 もちろん銃殺と引き換えにはなるが。


「武器屋に行ってみよう。何かあるはずだ」


 二人は舗装されたアランゲンの道をゆっくりと歩き始めた。


【Tips】魔導銃。帝国を代表する最新鋭の魔道具で、帝国軍の一部部隊で使用されている。

 銃身の中で〈爆発〉の魔術を発動させることで、〈成型〉の魔術で作られた石の弾丸を発射させることができる。

 命中した弾丸は、体内で炸裂し肉体を引き裂きながら身体中に散らばるため、致死率が非常に高い。

 射撃はあくまで物理現象であるため、魔法障壁を貫通することから、対人戦では無類の強さを誇る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ