026 討伐
ルイーゼの出した提案は、難しい判断が必要だが重要な問題だ。
彼女を倒し、近くで控えている骸の騎士団と戦うことにするか。彼女と共にマイヤーズコフ辺境伯を倒すことにするか。そして、彼女の話をどこまで信じるのか。
ヤンは厳しい決断に迫られたが、今ここにいるエルフ達を代表する者として元より、道は一つだった。
ヤンはヴォルクに近づき耳打ちをした。
「この場で遺骸の王を殺す。辺境伯が何度刺客を放とうと大森林は侵せない」
この選択は大きな転換点の一つになるだろう。しかし、ヴォルクはニヤリとその顔を歪めた。
ヤンの判断が正しいかは分からないが、ヴォルクもこの女のやり口が気に入らなかったからだ。
ヴォルクはルイーゼに向け、一つの嘘をついた。
「相談させてもらうが里の機密も交えるような話し合いになる。少しお前から距離を取るぞ」
「構わないが早くしてくれよ。骸の騎士団は今この瞬間も、私の命令を待ってるんだ」
ヴォルク達はルイーゼから離れ、作戦会議を始めた。
「遺骸の王は鎧を失い、魔石への防御を喪失した。後はふいをつくだけで殺せるだろう」
ヴォルクは先ほどまで目の前で話していた相手を殺す算段をつけ始める。
ここまで冷静でいられるのは今までの戦場でも同じように、先ほどまでの敵が味方になり、味方が敵なるような経験をしてきたからだった。
「ヴォルク殿の経験から聞きたいが、上級アンデッドの魔石は、私達の矢の一撃で壊せる物か?」
「無理だろうな。屍人だった頃のエレインの全力で、小さい亀裂をいれるのが精一杯だった。おそらく今のエレインの力を使わないと完全な破壊はできまい」
吸血鬼とデュラハンの魔石の硬度の比較などヴォルクには憶測でしか話すことはできなかったが、簡単な割れると考えることはできない。
「あの大きい馬に騎乗されていたら、わたし、全力の一撃は出せないかもしれないです……」
エレインが言うことも一理あった。
身体能力を極限まで発揮できる彼女ではあったが、自身の背の倍ほどの位置にある目標に十割の力を込めることができるほど、彼女の技術は優れていなかった。
「まずは遺骸の王を馬から引きずり下ろし、エレインが一撃を入れられるような隙をつくる必要があるな。何か案はあるか?」
「あたしはまだ〈ウインドスピア〉を数発撃てるだけの魔力があるわ。奴は腕を使って魔石を守らざるを得ないから、その隙に仰向けに転ばせることができればエレインもありったけの力を出せるんじゃない?」
「俺が〈加速〉を使えば転ばせるくらいできるだろう。あとは馬上から降ろす方法だな」
「それなら私に一計がある」
ヤンには一つの案が思いついているようだった。
ヴォルク達は彼の策を聞き、そのまま作戦に移ることにした。
「ルイーゼ殿! お待たせした、私達エルフは遺骸の王と手を組もう」
「そう言ってくれるか! 助かった。殺めたエルフには心からの謝罪を申し上げよう。マイヤーズコフを嵌める罠に考えがあってな……」
ヤンは彼女の話を遮り、普段無表情な彼には珍しく満面の笑みを作った。
「その前に、友好の証として握手をさせてくれないか!」
「ふむ……馬上から失礼させてもらってもよろしいかな?」
明らかに不自然なタイミングでの提案であった。ルイーゼが訝しむのも無理はないことだ。
しかし、ヤンも伊達に長くは生きていなかった。
「それはエルフと貴方の関係が対等ではないと言いたいのだろうか?」
「いや、そうではない。いや……いいだろう。私が失礼だった」
ルイーゼは首なしの馬から颯爽に降りると、ヤンの元へ向かいガッチリと手を組み交わした。
「遺骸の王よ。死んでいったエルフの無念、死で贖え」
その瞬間、リルは魔法の詠唱を始め、ヴォルクは〈加速〉の魔術を使用した。
ヤンは懐からナイフを取り出しルイーゼの開け放たれた胸元へと突き刺す。
「何だと!」
ナイフの一撃では浅かったようで、ルイーゼはその場から大きく飛び退き、ヤンから距離を取る。
「風よ吹け〈ウインドスピア〉」
不可視の風の槍が、ルイーゼに向かい飛翔する。
彼女は魔石が狙われていることを知っているため、すぐさま胸元を片腕で守り、剣を抜く。
「計ったな! 貴様ら!」
彼女の腕に風の槍が到達するが、当たると同時にそれは大きな衝撃を残しながらも掻き消えてしまう。
鎧の魔法耐性は半端なものではないのだろう。
しかしその瞬間、身体を可能な限り加速させた一匹の狼が彼女の背後を取った。
ヴォルクはルイーゼの鎧の膝関節を狙い、渾身の蹴りを放つ。
人間の構造上、この関節への一撃を不意打ちで貰えば立っていることなどはできない。人間の形をとるデュラハンであれば避けれない事実だ。
膝から崩れ落ちるルイーゼに、ヴォルクはトドメとばかりに強烈な踵落としを叩き込むと、ついに彼女は仰向けに倒れ伏すことになった。
「お前達! 何を考えて……!」
ぐしゃり、
と森の中に音が響いた。
エレインの金砕棒がデュラハンを挽き潰した音だ。
遺骸の王と名乗ったデュラハンは、そこで二度目の生を閉じた。
ヤンは戦士団の斥候からの報告を受けていた。
「森で待機していた人間達が撤退したのを確認しました」
「分かった。下手に手は出さず追跡だけはしておけ」
戦いは終わった。後は事後処理だ。
「遺骸の王は自らの騎士団を信用し過ぎていたようだな」
「ああ、頭領が死んだのを見て逃げていった。元々そういう指示がマイヤーズコフから下っていたのかもしれないがな」
遺骸の王に鉄槌を下したが、結局、彼女の配下との戦いにはならなかった。
エルフは多数の死者を出しながらも、遺骸の王に勝利したのだ。
「魔石は俺達が貰っていいのか?」
「勿論だ。エレイン殿の一撃がなければ、魔石を砕くことはできなかったからな」
ヴォルクは手のひらの砕けた魔石を、エレインに渡した。
「食べていいそうだ。遠慮するな」
「あの、宿に戻ってから食べることにします。ここじゃ何だか恥ずかしいので……」
ヴォルクには彼女が何を恥ずかしがっているのか分からなかったが、したいようにさせることにした。
「ヴォルク殿はこれからどうする?」
ヤンはいつものように無表情を見せている。
「このままアランゲンに帰ろうと思う。依頼は達成したしな」
「分かった。もし手に負えないことがあればまた声をかけるやもしれん」
「いいだろう。だが百年後には期待しないでくれよ。エルフと違って寿命は短いんだ」
ヴォルクはいつもの調子で冗談を言う。
「大森林は広大だ。リル、道案内はできるな?」
「師匠! 本当に行ってよろしいんですか?」
「ああ。外の世界を見て来い。森は私達が責任を持って守ろう」
「それじゃあこの獣人が死ぬまでは、外を勉強してきます」
師匠と弟子の別れの瞬間だった。
しかし、エルフにとって五十年やそこらの旅は、たまにあることらしい。
長老のウドも、ヤンも同じ道を通ってきた。
「じゃあな、リルは厳しく躾けとくよ」
ヴォルクは手のひらを振り戦場を後にした。
後ろにはエレインと、新しく仲間になったリルがついていた。
数日後、三人は旅を終え、ヴォルクが泊まる花都の風亭に到着した。
ヴォルクは元々一人部屋を借りていたが、無理をしてエレインと二人、窮屈な中で過ごしていた。
しかしここにきてさらに追加されたリルである。
ヴォルクの部屋は三人で住むにはあまりにも狭すぎた。彼は新しい部屋を探す必要があったのだ。
「新しい部屋を借りたい。三人で広く住めるところがいいんだが」
ヴォルクは宿の主人にそう相談すると、主人は快く四人用の部屋を彼等に案内した。
出費は増えるが仕方あるまい。ヴォルクには吸血鬼討伐で手に入れた金がまだたんまりと残っていたし、リルも師匠から幾分かの宝石を貰ってきたようだった。
「わあ! ここが新しい部屋ですか! いいですねぇ!」
エレインは目新しい部屋に喜びを隠さなかった。まだ十代も中頃の少女である。当然の反応だろう。
「街の人間はこんな狭い部屋でよく喜べるわね」
しかしリルはこの部屋に不満があるようだ。
確かに大森林は土地が有り余っているため、一人当たりの部屋面積もアランゲンのような都会よりは広く取れるのだろう。
「あたしこのベッド使うわ」
「えっ! リルちゃんもう決めるの? みんなで選びましょうよ」
部屋には四つのベッドが備え付けられており、寝台の周りには衝立が置かれ、個人のスペースが確保されるつくりとなっていた。
ヴォルクは入り口側のベッドに腰を下ろすと、早速荷物を整理し始めた。
女性陣もベッドを決め、いそいそと荷物を取り出し始めている。
今までヴォルクはエレインと同じベッドを使っていたが、これからは離れて寝ることになる。
少し寂しい思いもしたが、これが当然の形であるため仕方ないと割り切った。
それから数日は街で買い物をしたり、自室でのんびりとした時間を過ごすことで疲れを癒した。
リルは生活に必要なものは最低限しか持たないタチのようで寝台の周りは常に質素だったが、エレインは何かと新しい物を見つけては部屋に飾っていった。
今までエレインは欲しいものがあった時にその都度ヴォルクから金を受け取っていたが、それも面倒だと思ったヴォルクにより今後は給料のような形で、現金を月初めに一括で貰うことが決まった。
ここ数日の彼女の買い物の仕方を見るに、エレインは倹約という言葉を知らないかもしれないなと、ヴォルクは思ったのだった。
「そういえば、遺骸の王の魔石は食べたのか?」
「はい! 昨晩皆さんが寝静まったあとに……」
ヴォルクには彼女がなぜこっそりと魔石を食べたがるよか分からなかったが、彼女なりの心情があるのだろうと思って深くは聞かなかった。
「何か変化はあったか?」
「どうでしょう。なんだかむずむずするような感覚はありましたけど」
ヴォルクはリルに頼み、エレインに鑑定魔法をかけることにした。
「〈鑑定〉」
リルの瞳が淡く光り、透き通るような輝きを出す。エレインの能力を見通しているのだ。
「どうなってましたか……?」
「喜びなさい……と言っていいのかしら。あんたの種族がリッチに変わってたわ」
リッチとは上級アンデッドの一種だ。高位の僧などがアンデッド化することで転じる強力な魔物であるとされていた。
「実感はないんですけどね……」
エレインは喜ぶような、困るような顔を浮かべた。
リッチになったとて、彼女の心のうちが大きく変わるわけではないのだろう。
魔物としての戦闘力は随分と上がっただろうが、こればかりは実戦を行わなければ把握できない。
今後の働きに期待だ。
こうして数日を三人でゆっくりと過ごしていたある日のことだった。
外出から帰ってきた際に、三人は宿の受付である鹿の獣人に急いだ様子で話しかけられた。
「ヴォルクさん、大森林の話聞いたかい?」
「いや知らないな」
受付はリルの顔を見ながら申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「大森林のエルフの里が、壊滅したって話だよ」
第二部完です。
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