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024 聖雨

 魔法陣が消え、神の光も徐々に薄くなっていく。

 

 デュラハンは上級アンデッドであるためそう弱点は多くないが、二重に詠唱された光魔法の直撃を受けては形を保つことさえ難しいだろう。

 この攻撃はたとえ光魔法が弱点でない生き物が浴びたとしても、跡形もなく消え去るような威力があるのだから。


 遺骸の王は直前まで防御魔法を張っている様子はなかった。それは加護により魔力の流れが見えるようになったヴォルクにより確認済みだ。


 ヴォルク達はこの攻撃で決着がつくだろうと判断した。

 短い期間ではあったが、綿密に組まれた包囲作戦による奇襲で完全に敵の出足をくじき、認識外から光魔法を撃ち込むことに成功したのだ。


 ヴォルクは本隊への攻撃にこそ参加はしていないが、この作戦の立案にはエルフ達の土地勘の他に、彼の元軍人としての計画能力も合わさっている。


 例えば戦力を集中させた一点突破では、攻撃が来る方向を予想させてしまい防御や逃走を図られる。

 ヴォルクの助言により、簡易的ながらも包囲を築いたことが奇襲を成功に導いた。

 エルフの組織運用化を進めた甲斐があったというものだ。


「ヤン、リル。魔力はまだあるな? 中級でいい、風魔法を撃ち込め」


 しかし、ヴォルクそれでも手を抜くことはなかった。

 万が一にも目標が生き延びていたことを考え、出し惜しみはしない。

 

 自らが攻撃しないのは、魔導突撃銃による発砲は大音量と発砲炎が発生するため、居場所が露呈する可能性があるからだ。

 風魔法はその点、隠密性に長けていた。


「流石に今ので決まったと思うけど。まあ、あんたの言うことだから従うわ」


 リルは余裕を浮かべながら魔法の詠唱を行う。


「風よ吹け」

 

 同胞の多くを葬ってきた怨敵を、己の魔法で消し去ったことを確信したのだ。機嫌も良くなるだろう。


「〈ウインドスピア〉」


 師匠と弟子の魔法が完成し、未だ土埃が立ち込める敵陣中央目掛け、風の槍が放たれる。


 槍は空気中を舞う土を払いながら空気中を突き進むと、鎧に傷をつけながらも騎乗を続け悠々と大地に立つ()()()()へ当たり、その全てが砕け散った。


「なんで!? まだ立ってる……」


 リルは驚きを隠せない。それはヴォルク達も同じだった。


 あれだけの攻撃を受けながら、鎧に傷を付ける程度で済むはずがない。

 それは四人に並々ならぬ衝撃を与えた。

 

 だが、数多の戦闘経験は、ヴォルクの意識をすぐさま戦場へ引き戻す。


「プランBだ。ヤン、リル、このまま姿を出さずに援護を。エレイン、突っ込むぞ」


「はい!」


 ヴォルクは愛銃を構え、遺骸の王の元へ走る。

 横には金砕棒を構えたエレインもついた。


 幸いなことに、付近にいたスケルトン達は全滅していた。厄介そうであったスケルトンウォリアーも塵と化したようだ。


 遺骸の王がヴォルク達を目視する。

 ヴォルク達もまた、初めて遺骸の王を近距離で見ることになる。彼女の手には事前情報になかった、赤い宝石が握られていた。


「獣人? その武器に見覚えがある。まさか私を殺した……」


 ヴォルクは遺骸の王の言葉には付き合わず、彼女が持つ赤い宝石に照準を合わせ即座に射撃を開始した。

 

 煌びやかな装飾が施されたそれは、明らかなマジックアイテムである。狙える時に狙わなければならない。


 ヴォルクの的確なコントロールで放たれた銃弾は、数発が宝石に直撃し、その形を粉々の破片へと変化させた。


「おい、獣人! なんてことを! これは我が王から授かった大切な……」


 言い終える間も無く、次いでエレインが金砕棒を遺骸の王へ叩きつける。

 エレインの気合の入った一発目だ。ヴォルクでも受け流すの困難である。


 しかし遺骸の王は彼女の渾身の一撃をロングソードの柄で受け止めると、返す刀でエレインの身体を切り裂いた。

 エレインの怪力を受け止められるだけの筋力を備えながら、剣の腕も相当なようだ。


 通常なら即座に戦闘不能に陥るような斬撃を喰らうエレインだが、その傷は瞬きの間に再生する。

 彼女を止めるにはまだ浅い攻撃であった。


「ほう! 君もアンデッドか」


 エレインと遺骸の王の間で数度、剣戟が振るわれる。

 単純な破壊力で言えばエレインは負けてはいないが、遺骸の王は元王国騎士である。全ての攻撃をいなしながら、エレインの身体を徐々に削いでいく。


 その時、後方の森の中から叫び声が聞こえる。


「退避!」


 声が耳に届いた瞬間、ヴォルクとエレインは咄嗟に遺骸の王から距離を取った。

 

 その刹那、遺骸の王を中心として聖なる光による魔法陣が現れる。


「いい連携だねぇ。〈障壁〉」


 上空から光の矢が降り注ぐ。

 ヤンとリルが発動した〈ホーリーレイン〉が放たれたのだ。

 

 遺骸の王が生み出した〈障壁〉の魔術は、簡易的な対魔法防壁でしかなく、込められた魔力にもよるが二重詠唱の中級魔法を防ぐには心許ない。


 障壁は数瞬の合間その機能を果たしたがすぐに消え去り、遺骸の王は光の中に消えていった。


 先ほどの合図は、元より四人の間で決められていたものである。

 ヴォルクとエレインが遺骸の王と近距離で戦うことになった際、後方援護のヤンとリルが詠唱を完成させた瞬間に発せられる手筈となっていた。


 凄まじい光量にヴォルクは目を細めなからも、遺骸の王がいた場所へと発砲は続ける。

 一度目の攻撃はほぼ無効化された。二度目もそうなるだろうと考えて行動しなければならない。


 大規模な魔法攻撃が終わり、光が薄れていく。


 遺骸の王は当然のように、土煙の中からその姿を表した。

 しかし、よく観察すれば鎧の傷は目に見えて増えており、首なしの馬も全身から青黒い不気味な血を流している。


 二度目のホーリーレインは明らかに大きな損傷を与えていた。殺しきれなかったのは鎧に込められた魔法に対する防御性能によるものだろう。

 しかし、これ以上追加の支援を望むことは難しい。


「ははあ、死ぬかと思ったよ。まさか、この規模の光魔法を連発できるとはね」


 そう。光魔法は威力こそ大きいが、消費する魔力も半端ではなく、連発して撃てる魔法ではない。

 

 そもそもホーリーレインなどは一度さえ放つことができればそれだけで戦いを終わらせることができる魔法なのである。コストパフォーマンスに優れた性能ではない。


 事前の訓練で、二人が撃てる光魔法は二発までであると分かっていた。

 彼等の魔力残量からすれば、残りは風魔法を数度撃つことに使える程度だろう。


「さて、君達からの挨拶も済んだようだし、私も名乗らせてもらおう。ヤアヤア、我こそは……」


「エレイン! 畳み掛けるぞ!」


「はい!」


 首なしの騎士は見た目に似合わず高らかな性格をしているようだ。ここまでの不意打ちを受けてなお、名乗りをあげようとしている。

 しかしそれを見過ごすヴォルクではなかった。


 彼の魔導突撃銃は生成された石の弾丸を絶えず発射し続け、遺骸の王の鎧に傷をつけていく。

 豪奢な鎧であり、魔法耐性がこれでもかと盛り込まれているのかもしれないが、ここまで石の弾丸を撃ち込まれることは想定していまい。

 ヴォルクの弾丸は魔術を組み合わせた、物理攻撃であるからだ。


 エレインの打撃もほとんどがうまくいなされてしまっているが、遺骸の王を釘付けにし、ヴォルクの攻撃を援護する。


「ああ、猪口才な! アルティヒ、走れ!」


 遺骸の王は首なしの馬の腹を蹴り疾走の指示を出した。

 すると、アルティヒと呼ばれたその馬は主人を乗せ猛烈な速度で地を駆けだす。


 ヴォルクは腕の良い射手であるが、高速で走り回る騎兵に攻撃を当て続けることは難しい。特に、弱点である魔石を狙い撃つことなどは不可能だ。


「ダメージは入ってる。まずは馬の足を止めるぞ」


 遺骸の王は馬上から剣を一振りし、エレインとヴォルクに向け加速を開始する。

 

 騎兵の突撃は戦場において、脅威的な威力を誇る。

 魔石さえ無事であれば回復に苦労しないエレインはともかく、回避を主体とするヴォルクには掠るだけでも大怪我は免れないだろう。


 脅威的な脚力を誇る魔物の馬は、一瞬にして二人との距離を詰める。


 ヴォルクは数発の弾丸を馬の巨木のような脚に撃ち込んだが、デュラハンに直接使役される魔物なだけあり、その動きを若干鈍らせる程度に収まる。

 

 ヴォルクは馬を止めるには脚への射撃に専念するより、魔石への直接攻撃を行った方が良いかと逡巡した。

 

 だが、馬の心臓付近にある魔石は正面からの攻撃でなければ撃ち抜くことは難しく、そのためには騎馬突撃を真正面から受け止めなければならない。


 ヴォルク単独で首なし馬の動きを止めるのは事実上、不可能に近かった。


「回避!」


 ヴォルクの掛け声と共に二人はそれぞれ左右に分かれ、遺骸の王のチャージを避ける。

 大きくステップを踏んだヴォルクの顔のすぐ横を、遺骸の王が振るうロングソードの刃が通った。

 一瞬でも回避が遅れていれば、彼の頭は両断されていただろう。


 馬は後方へ走り去ると、踵を返しまたこちらへと向かってくる。どこかで動きを止めなければ、いつかヴォルクの首もデュラハンと同じく地に落ちることなど容易に想像できる。


「馬の脚を叩くぞ!」


 ヴォルクは大声で目標を宣言した。

 これはエレインへの情報共有であり、茂みに控える二人のエルフへの指示でもあった。


 ヴォルク一人では馬を止めることはできずとも、彼には頼れる三人の仲間がいた。


 再び遺骸の王の突撃が始まる。

 恐ろしい速度で加速をする馬を正面に捉え、ヴォルクは一瞬の合間その勢いに気圧されそうになるが、雄叫びを上げ自身を鼓舞する。


 魔導突撃銃が火を吹き、遺骸の王の馬の脚をズタズタに引き裂く。

 馬の勢いは削がれるが、それでもなお突進は止まらない。

 

 しかし側方より飛翔してきた風の刃が、その傷付ききった太い前脚を寸断するのをヴォルクはその瞳で捉えた。

 リル達の完璧なタイミングでの支援が来たのだ。


 首なし馬は片脚を失ったことで、前のめりに地面へと倒れ込む。当然騎乗していた騎士は慣性により重心を大きく前に倒し盛大に落馬する。

 

 身を投げ出された遺骸の王は空中で受け身の体制を取ろうとしたが、ヴォルクは更なる銃火を浴びせることでそれを阻止した。


 バランスを崩した遺骸の王は、強烈な勢いで背面から地面に叩きつけられ仰向けに倒れた。


「やります!」


 エレインは遺骸の王の隙を見つけ、即断した。

 最大火力を叩き込むにはここしかない、と。


 彼女は遺骸の王の元へと飛び込むと、金砕棒を空へ翳すように振り上げ、王の胸元へと渾身の一撃をお見舞いした。


 金属のひしゃげる音が周囲に響く。遺骸の王が着用する鎧が、とてつもない圧力により大きく形を歪ませたのだ。

 

 エレインはもう一撃を入れようと体制を立て直すが、以前はこの油断により致命傷を負った。

 今は仲間も多くいるため焦る必要はないと考え、王から距離を取る。


「賢い選択だ! もう一撃入れてくればその首を刎ねてたんだがな」


 遺骸の王は首のない胴体からくぐもった声を出す。

 彼女は地面から飛び上がるように起きると、再び手にした剣を一振りした。

 

 王の鎧は前面が大きく損壊しており、中に着込む鎧下が露出している。

 魔石は心臓の近くだ。あとは胸を重点的に狙い続ければ核を露出させることができるだろう。


「なあ獣人! 少し話をしないか」


 遺骸の王は戦闘中にも関わらず、ヴォルクに向けあっけらかんと語りかける。


「俺はないな」


 ヴォルクは即答し銃を構えるが、次の一言でその動きを止めざるを得なかった。


「この戦場を骸の騎士団がさらに取り囲み始めているんだ。実のところ、お前達に逃げ場はない」


 戦いは、まだ波乱みせるようだった。

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