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023 発動

 日暮れ時、ヴォルクとエレインは自然の神々から祝福を与えるという名目で、里の長老であるウドに呼び出された。

 二人は忙しい間を縫って、彼が待つ豪壮な建物へと入っていった。


「計画発動は明日だ。儀式がしたいなら簡易的なものにしてくれ」


「ヴォルクさん! もっと丁寧にお話ししてください!」


 最近のエレインは、ヴォルクが誰に対しても態度を変えないことで冷や汗をかくことが多かった。

 彼の言葉はいつも率直すぎるのだ。


「いや、かまわんよ。私も儀式など行うつもりはなくてな。ただ少し話しておきたいことがあっての」


「分かった。聞こう」


 ウドは大森林の中で、森の王という役職に就いている。

 彼等エルフにとって、それがどれほど尊い存在なのかヴォルクには理解できなかったが、あのリルでさえ丁寧に敬っているのだから、相当なのだろう。


 その森の王がヴォルク達に頭を下げた。


「大森林を救ってくだされ。この森をエルフだけで守ることは叶わない。だが、エルフは多くの人間が森へ入ることを嫌う。重責を貴方達だけに負わすことを申し訳なく思うが、どうか頼み申す」


 エルフの長は深くを頭を下げ、言葉を終えた。


「最初からそのつもりだ。頭を上げてくれ」


「ウドさん! わたし達はやり遂げますから安心してくださいね」


 ウドは安心した面持ちを浮かべた。


「森の王の後継者は未だ未定でな。ヤン・ドウアは一番の候補ではあるが、奴もまだも若い……私も戦に向かいたいが、命を落とすわけにはいかんのだ」


 ヴォルクからすれば、そこらで遊んでいるエルフの子供すら自身より歳上であるため、ヤンが若いという感覚は全くなかったが、長老からすればそう見えるのだろう。


 それにしても、ヤンからの話によれば、森の王が後継者を残さず死ねば大森林も共に死ぬとしていたが、それ以上に詳しい話は聞いていなかった。

 今更ではあったが、ヴォルクはこの機会に全てを聞いておくことにした。


「森の王とは具体的に何の仕事をして、どうすればなれるんだ」


 ヴォルクらしい率直な質問であった。

 エルフの若者がヒューマンの王に同じようなことを聞けば大笑いされるような、エルフにとっての常識ではあったが、長老は優しく質問に返した。


「自然の神々と対話をして、進むべき方向に森を歩ませるのが仕事でな。そのためには大森林全体を見通せるようにならなければならん。だが、王となるに必要なものなどない。ただ、神が許すか許さないかの問題だ」


「ならば遺骸の王は神に選ばれないのではないか? 奴の目的は大森林の生命力だと聞いた。神が奴を王に選ばなければ、森は死なないはずだ」


 ヴォルクには、自然の神々が森を破壊する者を森の王に据えるとは思えなかった。


「自然が全ての者に等しく与えられるように、サートゥス様は全ての者に平等で在らせられる。森が繁栄するのも自然であり、死ぬのもまた自然だ。遺骸の王が森の王として選ばれる可能性は十分にある。アンデッドのエレイン殿が加護を与えられたようにの」


 ヴォルクはそれを聞くと一言、分かったと呟き建物を後にした。

 彼には長老が必死になって森の中に冒険者や軍を招こうとしない理由が分かった気がした。


 大勢のヒューマンの力を借りて遺骸の王を倒し、彼等と共存しながら新しい森を生きるよりは、神の選択次第で森と共に死ぬことを選ぼうというのだ。


 ヴォルクに頭を下げ、力を借りはしたが、彼等が負けて王の座を取られ、それで森が死んだとしても、自然の定め。


 それは消極的な自殺だと思えた。


「エルフとはとことん価値観が合わないな」


 長老の建物から出るとヴォルクはそう吐いて捨てた。


「ヴォルクさんもあと千年生きてみれば、分かるようになるかもしれませんよ」


 エレインはいつものように前向きだった。

 というよりは、彼女はあまり深く考えていないのかもしれない。


「恐ろしい話だな」


 ヴォルクは久しぶりに、背嚢から一本の煙草を取り出した。




 いよいよ、遺骸の王強襲作戦の決行日がやってきた。


 作戦は至ってシンプルなものだ。

 戦士団がスケルトンを引き付けている間に、ヴォルク、エレイン、リル、ヤンの四人で遺骸の王を叩く。


 これまでの戦いで、遺骸の王に数をぶつけても被害を増やすだけであることが分かっているため、少数精鋭を持ってして事に当たると決まったのだ。


 遺骸の王は普段、敵拠点の中央から配下に指示を送っているそうだ。

 必然的に、戦士団は拠点を取り囲む形で包囲を狭めていき、ヴォルク達は敵の守りを一気に突っ切り中央の本隊を攻撃することになる。

 

 事前の偵察により、本隊には二体の中級アンデッド、スケルトンウォリアーが守備を固めていると分かっている。

 それ以上の数のスケルトンも詰めているはずだろうとのことだった。


 危険な役目ではあるが、報酬分の働きをしなくてはならない。


 ヴォルク達は決行日の前から、数日をかけて遺骸の王の拠点近くまで来ていた。

 作戦は日の出と共に遂行される。

 

 下級のアンデッドは総じて陽の光に弱いが、スケルトンは例外的に陽の下でも活動をすることができる種族だった。

 焼き爛れるような肌を持っていないからなのだろう。


 そのため、朝日が出るまで待つのは単にエルフ達の視界の確保のためである。

 〈光明〉の魔術を使いながら戦うこともできるが、わざわざそうする必要もなかった。


 作戦にあたるのは総勢五十余名。

 戦士団の他に、有志の光魔法の使い手が加わっている。戦士としての訓練は受けていないが、皆士気は高く、森を守るため死ぬ覚悟も持っている。


「ヴォルク殿、間もなく夜が明ける。今更だが、依頼を受けてくれたこと感謝する」


「この数日は貴重な経験ができてよかったよ。エルフの奴隷も手に入れられたしな」


 ヤンはいつもの無表情を少し崩した。

 怒っているとも、心配しているともつかない顔だ。


「リルは愚かだが、大切に育てた弟子だ。色々なことを経験させてやってくれ」


 自身の耳を引き換えにできるほど、ヤンにとって彼女は大切な者なのだろう。

 ヴォルクも軍に所属していた頃はそういう部下が、いた。

 その気持ちは分かるつもりだった。


「ああ。俺が死ぬまではそうするつもりだ」


 巨樹に登り日の出を観測していたエルフの一人が、ヤンへと作戦遂行の時を伝えた。


 ヤンは近くの戦士団に目で合図を送る。

 他の箇所でも同様のことが行われているはずだ。

 作戦開始の意思がエルフ達の間に伝播し、包囲が一斉に狭まっていく。


 綿密に練られた作戦はついに発動されたのだ。

 奇襲をかけるのに閧はいらない。




 その日、自身が生成したスケルトンの気配が一斉に消失したことで、遺骸の王ことルイーゼ・クロイツァーは敵襲を察知した。


「エルフ共、ついに仕掛けに来たか」


 首なしの騎士の無いはずの顔が、ニコリと笑ったように思えた。

 彼女は即座に、一体のアンデッドへ指令を与えた。




「包囲順調です! ヤンさん、行けます!」


 エルフの一人が叫ぶ。

 戦士団の奇襲は成功したようで、スケルトンに対して一方的な攻撃が行われている。

 ヴォルクの訓練の甲斐もあったのだろう。


「エレイン殿、頼んだ」


「はい! 任されました!」


 エレインは金砕棒をひょいと持ち上げると、その巨大な鉄の塊を肩に担いだ。


「行け! エレイン!」


 彼女は、ヴォルクからの声を受けると、遺骸の王が待ち受ける敵陣のど真ん中へと真っ直ぐに走り始めた。


 彼女の脅威的な脚力は、風を切り裂き、周囲の草花を衝撃で揺らす。

 木々の隙間を通り抜け、地から隆起した根を蹴り飛ばす。

 走破の邪魔となるスケルトンは一撃で骨粉へと姿を変えていった。


 エレインは敵本陣への突貫の、一番槍を任されたのだ。

 俊敏性、回復力、攻撃力、どれもとっても一級品の彼女は、集団の先頭を任されるには最適であった。


「私達も行こう」


 ヴォルク、ヤン、リルもエレインのすぐ後に続く。

 ヴォルクは加護により強化された身体能力で、ヤンとリルは風魔術による速度強化で、それぞれがエレインの後を追い続ける。


 道中のスケルトンはほとんどがエレインに粉砕されており、戦闘に至ることはなかった。

 下級のアンデッド程度では、もはや彼女の足止めにもならないのだろう。


 エレインに先導を任せ、寸刻の間、全速力で走り続ける。

 後方から追ってくるであろうスケルトンは戦士団が片付ける手筈になっている。

 背後は彼等に任せ、ヴォルク達は遺骸の王に集中するだけだ。

 

 先を行くエレインが速度を緩めるの確認し、三人も速力を弱めた。

 密集していた巨樹がまばらに生え始め、視界の先には見晴らしの良い空間が広がっている。

 遺骸の王の本隊は、大森林の中にぽっかりと存在する空き地の中心に佇んでいた。


「みなさん、遺骸の王らしき魔物がいます。周りには大きいスケルトンが二体に、それと、小さいのも十数体」


「僥倖だ。まだ気付かれてないな」


 四人の視界には、首のない巨大な馬に騎乗する首なしの騎士『遺骸の王』と、それを取り囲むように周囲を覆う複数のスケルトン達が映っていた。

 

 取り巻きのスケルトンには特別に大きい個体が二体おり、そのどちらもが巨大な盾を手にしていた。これがスケルトンウォリアーなのは間違いないだろう。


 今回の作戦は、敵拠点へ全方向からの一斉襲撃が要である。

 遺骸の王も襲撃には気付き全周囲を警戒しているようだが、偵察を行うことも逃げることもせず、ただ中央で防御を固めているだけのようだった。


 本隊に気付かれずに接近できた場合の作戦は一つ。

 ヤンとリルによる中級光魔法での範囲攻撃を行い、本隊を一網打尽にするのだ。


「私に続け」


「はい、師匠」


 二人のエルフは少ないやり取りの中でも息を合わせ、二重の詠唱を始める。


「主神が威光を降らせし時、地に臥せる魔は搔消える。主神の射光は地維を潤す糧となろう」


 遺骸の王を中心に、広範囲の魔法陣が生まれる。

 それは光魔法特有の神聖な輝きを発し、周囲をまさしく神の威光で照らし出す。


 遺骸の王は、突如として自身を囲んだ魔法陣に対し何の反応も示さない。

 しかし、この時点で逃げに動いたところで、魔法の効果範囲から脱出することは不可能だったろう。

 

「永陽の天泣〈ホーリーレイン〉」


 二重に詠唱された魔法が共鳴し合い、一つの巨大な魔力の波をつくる。

 それは視界を埋めるほどの、光の矢。


 天から流れる大量の光芒は、遺骸の王の姿を覆い、その姿を光の雨の中へと隠した。


【Tips】多重詠唱。二人以上の者が同時に同じ魔法を詠唱すること。重ねられた分だけ効果は増し、威力は高くなる。完璧な多重詠唱は相乗効果を生むこともある。

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