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022 騎士

 あれから数日の時が経った。

 ヴォルクはエルフ達に集団戦の訓練を付けながら、忙しい日々を送っていた。


 エルフは賢く勤勉な者が大半で、ヴォルクからの指導により日々連携を強めていった。


 ヴォルクは帝国軍で集団戦の基礎をみっちりと身体に叩き込まれたため、たった数日で個人の強さを劇的に変えることはできないにしても、連携による強さを教えることはできた。

 

 本来であれば余所者の獣人などの指図は受けないのだろうが、ヤンからの声がかかると、皆真面目にいうことを聞くようになる。

 ヤンは里の中でもそれほど信頼を置かれる人物なのだろう。

 

「ねえ、ヴォルク。あたしは訓練に混ざらなくていいの?」


 リルはこのところ、ヴォルクから指導を受けながらエレインを相手に一対一の訓練ばかりしていた。

 正直に言えば、彼女は集団での訓練などやりたくはなかったのだが、ヴォルクから受ける訓練の内容はかなりの厳しさを誇っており、すでに飽き飽きしていたのだった。


「遺骸の王は俺とエレインとヤンとお前の四人で討つことになった。お前は自分の腕を磨け、少なくとも敵はエレインより強い」


 エレインは再生の加護を賜り、驚異的な強さを手に入れていた。

 何しろただでさえ屍鬼としての強力な再生能力を持ちながら、加護での再生もついてくるのだ。

 リル得意の風魔法で全身を穴だらけにしても有効打にならず、動きを止める程度にしか至らなかった。


 また、彼女は身体のリミッターを超えた十割以上の動きを常に続けることができた。

 それはつまり、加速の際には脚の筋繊維が引きちぎれるほどの踏み込みを行い、金砕棒を振る際には屍鬼として強化された腕の筋が弾けるほどの力を生み出せる。

 

 彼女には痛覚がないため、常時身体を破壊しながらの戦闘も継続でき、既に中級のアンデッドである屍鬼の能力を大幅に超えた暴威を手にしていた。


 もちろん弱点はある。それは火魔法、光魔法と、陽の光だ。

 エレインがいくら素早く動けたとしても、リルは中級光魔法の範囲攻撃〈ホーリーレイン〉がある。

 大規模な光の矢を降らす魔法で、範囲内に居れば回避は不可能だ。

 

 流石に直撃すればエレインの回復力を上回ったダメージを与えてしまう可能性があるため、ヴォルクから禁止されていたが、リルは少なくとも風魔法を使うだけでは一対一でエレインに勝ちきることはそう多くなかった。


 といってもリルは完全な後衛職であるため、向き合っての一騎打ちで前衛職のエレインに勝つことはそもそもが難しい話ではあった。

 相性の問題だ。


 ただ一方のエレインも、リルと戦うことを苦手としていた。

 ヴォルクと違い魔力の流れを見ることができないエレインは、不可視の風魔法を回避することができない。

 

 再生力のおかげでリルの目の前まで無理やりに突っ込むことはできたが、ヴォルクからの『止め』が入る頃には全身がズタボロになり、その姿はまさしく怪物であるとしか言い様がなかった。

 

 彼女はまだアンデッドに転じてから二月も過ぎてはいない。未だその心は、街娘のエレイン・フリッチュなのだ。

 魔王と呼ばれるような自覚はなかったが、己の破壊的な戦い方に思うところもあった。


「ヴォルクさんはわたしの戦い方を見てどう思いますか?」


 エレインは訓練後にヴォルクに話しかけた。

 最近の彼はいつも忙しそうに里の中を回っており、なかなか喋るタイミングがなかったのだ。


「あとは格闘術さえ身につければ、エレインにしかできない唯一無二の戦い方ができるようになるだろう。俺もいつお前に勝てなくなるか分かったものじゃない」


 ヴォルクはエレインの強さを褒めた。彼の言葉偽りはなかった。


「あの、そうじゃなくて、その。変じゃないかなって……」


「お前は世界でも稀で特殊な存在だ。変わってたって構わないじゃないか。お前はお前だ、森で迷っていた頃と何も変わらない」


 エレインはその言葉に背中を押してもらえた気になった。

 もし彼に怪物のようになったな、と言われたら。

 エレインは嫌な想像ばかりしていたが、ヴォルクは否定も肯定もせず、ただありのままの彼女を受け入れてくれた。


 それが彼の良いところなんだと、エレインはまた前向きになれたのだった。




「ヴォルク殿。生前の遺骸の王について詳しく知りたいのだが、構わないか」


「奴の能力についてはお前達エルフの方が詳しいんじゃないのか?」


 遺骸の王への強襲作戦を立てる際、ヴォルクとヤンはよく顔を突き合わせていた。

 

 元軍人で計画的な襲撃について詳しいヴォルクと、森をよく知り、里のエルフ達を知るヤンは、作戦立案に不可欠な存在だったからだ。


「遺骸の王としての能力は私達の方がよく知っているだろう。しかし私が知りたいのは、奴の生前の性格や行いだ」


 遺骸の王はアンデッドとしての筋力、俊敏性、再生力を持ちながら、元王国騎士の能力として火魔法、光魔法の使用ができる。デュラハンになった今は闇魔法までも習得し、スケルトンの召喚を行えるようになっていた。

 

 そこまではヴォルク達とエルフの共通認識であったが、ヤンが知りたいのはそこではなかった。


「俺が奴を殺したのは王国に来てすぐだった。骸の騎士団の噂は大して聞いてないんだが、賊としては王国最大規模で、荘園をいくつも潰していたそうだ」


「戦った際はどうだった」


「三十人規模の集団に襲われてな。逃げ切れはしたんだが、荷物の一部を奪われたんだ。それを取り返すために奴等を追跡して、野営を張っていたところに奇襲をかけた」


「ほお、流石英雄と呼ばれるだけはあるな。勝算はあったのか?」


 ヤンはエルフの中でも戦士として特に秀でた人材だった。大森林の外で数十年の旅をし、寄ってくる悪人や賊、もちろん魔物なども、全て個人の力によって打破してきた。


 大半のエルフが大森林の外へ出ようとしない中で、ヤンは世界の常識を知る数少ない存在だったのだ。


 そのヤンでさえ、単身で三十を超える賊を相手にすることは無謀だと思えた。

 

 リルの師匠である彼もまた、弟子と同じように上級の風魔法を使用することができる。

 しかし奇襲を仕掛けたとしても、相手に魔導士が混ざっていれば強力な魔導障壁を張られ無効化はされずとも威力を大幅に落とす可能性があったし、魔法が通ったとしても生き残った腕の良い戦士が複数名いれば、魔力の消費が激しい状態での戦いになる。


 常識で考えれば、三十の盗賊から生き残ることができただけで満足するべきであった。


「五分五分といったところだろう。奴等は何処かの荘園に襲撃をかけた帰りで、疲弊していた。俺を襲ったのは帰り道のついでだったんだろうが、それが失敗だったな」


「それで、遺骸の王はどんな人間だった」


 ヤンは遺骸の王の人物像をやけに知りたがっていた。


「夜警に立っていた賊を殺しながら野営地に忍び込んだんだが、奴は目の前に突然現れた俺に驚く様子も見せなかった。俺はまず奴の横に置かれていた甲冑の美麗さに驚いたがな」


「その甲冑は私達も見た。王から付与された鎧だろう。見事なものだ」


「奴は確か『野犬に手を出すべきではなかったな』と言った。俺は何も言わず、そのまま引き金を引いた。兜を装備していれば話は変わっただろうが、普通のヒューマンに魔導銃を受けきる術は中々ない。奴はそのまま死んだ」


 その後ヴォルクは音に反応して集まってきた賊を各個撃破して、明らかに首領であると判断できたその()の首を取り、荷物を回収してからギルドへと帰った。


 ヴォルクが持ってきた首級と、ギルドの調査員が現地で確認した痕跡から、骸の騎士団の長であるルイーゼ・クロイツァーであると判断が取れ、見事ヴォルクはB級の冒険者へと駆け上がったのだった。


 骸の騎士団は本来数百人規模の集団であり、なぜ首領が小数を率いてヴォルクを襲ったのかは分からず仕舞いだったが、その後彼等は幹部を次の首領へと定め、今も骸の騎士団と名乗りながら活動している。

 

 どうやらルイーゼを失ったことで、以前より活動は縮小されたとの話をヴォルクは聞いたことがあった。


「そうか。甲冑はどうしたんだ?」


「売れるなら売るつもりだったが、王国に徴収された。元が国王の所有物なら買い手もつかなかっただろうがな」


 遺骸の王が骸の騎士団の首領だった時の話をヤンが聞きたがることが、ヴォルクには疑問だった。


「なぜ細かく知りたがるんだ」


「今のお前の話から確信が持てた。やはり王国と遺骸の王は繋がっている」


 ヤンはいつもの無表情を浮かべながら、自らの考えを説明し始めた。


「私達は遺骸の王と何度も戦ってきたが、魔法攻撃は奴が着込む甲冑に阻まれ通りが悪い。王が自らの騎士に与えるような物だ。マジックアイテムなのは間違いないだろう。問題は何故、その鎧をアンデッドとなった今も着ているかということだ」


「徴収した鎧を再び着せたということか」


「その通りだ。依然王国が遺骸の王と結託し何を目的としているのかは分からないが、奴に裏の存在があることを気を付けなければならなくなった」


 ヤンは以前にも、スケルトン達の装備が不自然なほど潤沢であることを指摘していた。

 スケルトンは復活した際に、近くにある武器を手に取り装備する。

 大森林は大きな戦争などここ数千年起きていなはずであるため、潤沢な装備を持つスケルトンが大量に生成されていることはおかしいという話だった。


「きな臭いな、警戒しよう。だが、なぜここまで執拗に遺骸の王の過去を聞いたんだ?」


 ターゲットの人となりを知っておくことは作戦遂行に必要となる要素である。

 彼の質問のおかげで王国との繋がりも推測できたのだが、それにしても、彼は随分と食い下がっていた。


「長老に神託があったのだ。遺骸の王の過去を知れ、とな」


「なるほどな。これで満足したか?」


「分からない。まだ知っておくべきことはあるのかもしれないが、もう手がかりを探すほどの時間もない。だがヴォルク殿からの情報は大いに参考になった」


 そう言うと、ヤンはまた作戦会議へと戻っていった。


【Tips】王国騎士。王に直属で仕える騎兵。武芸に秀でるだけでなく、礼節も兼ね備えている。登用されるには中級以上の光魔法を習得していなければならない。

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