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021 魔王

 鑑定魔法は対象者の能力を詳らかにする。

 名前、種族、使用できる魔術、魔法、技能、そして加護である。

 主にギルド職員や軍の採用官などが使用する魔法で、所属を希望する相手の能力を測るために使われてきた歴史がある。


 ヴォルクがエレインを冒険者として登録しないのも、登録時に鑑定魔法が使用されてしまいアンデッドであることが露見するのを避けるためであった。


「あんたの技能、時間操作ってなんなの……?」


 リルは唖然とした顔をしてヴォルクを見つめる。

 百年を生きたエルフも初めて見聞きするスキル名だった。


「軍にいた頃に、ちょっとな。それより加護はどうなってるんだ」


 ヴォルクは時間操作のことを自分から人に話すことはなかった。特殊な技能ゆえ、いらぬトラブルを生むと思ったからだ。

 それにこの技能を入手した経緯も、あまり思い出したくなかった。軍を抜け出すきっかけとなったあの事件に関係しているからだ。


 ヴォルクが時間操作の技能を持っていることを知っているのは、帝国軍の一部上層部、事件から生き残った唯一の部下で竜人のイルゼ、そして王国の冒険者ギルド受付嬢とギルド長など、少数だった。

 

 時間操作はエレインを助け出した時にも使ったが、その際彼女は半ば意識を失っていたため、ヴォルクは彼女に対してもこの技能のことを打ち明けてはいなかった。


「ちゃんと〈魔狼の加護〉は授かってるけど……そんなことより時間操作なんて! あたしたちの長老にだってできることじゃないわ。どうやって手に入れたのよ」


「ヴォルクさん、そんなにすごい技能をお持ちなんですか? わたしに教えてくれたってよかったですのに」


 二人から教えろ教えろと攻撃が続いたが、ヴォルクは頑として聞き入れなかったため、詳細が語られることはなかった。


「話したくなったら話すさ。それで、魔狼の加護の説明をしてくれないか?」


「まあ、そうね。魔狼の加護は、身体能力の強化、魔力の可視化、〈狼の咆哮〉の使用ができるらしいわ。もう、先に師匠に教えてもらえれば対策できたのに!」


 どうやら鑑定魔法は、加護の詳細を知ることもできるようだ。

 

「概ね思ったとおりだ。エレインにも鑑定をしてやってくれ。問題はそっちなんだろ」


「ええ。エレイン、こっちにきてちょうだい」


 リルはヴォルクへとしたように、エレインに対しても詠唱行い鑑定魔法を発動させた。


「〈鑑定〉」


 リルの瞳が淡く輝き、エルフの娘の幼く、それでいて端正な顔をさらに幻想的に写す。


「エレイン・フリッチュ、屍鬼。初級の光魔法と、技能はもってなくて、加護はどれどれ……え……?」


「あの、どうしたんですか……?」


 リルは呆れたような面持ちで、エレインに授けられた加護の内容を話した。


「あんた、加護が二つあるわよ。それも驚くようなのが……」


 リルは不安そうな表情を浮かべるエレインに、鑑定魔法によって見えた二つの加護について説明を始めた。


「まず一つ目は〈魔王の加護〉。魔王へと至れる能力を獲得する、だって」


「なんだと?」


 ヴォルクは怪訝な顔を浮かべる。想像もしていなかった単語が飛び出たからだ。

 しかしそれ以上に反応が大きかったのは、当然エレイン本人だった。


「魔王ですかっ!?わたしが!?」


 エレインは悲鳴のように大きな声を上げて驚く。

 それもそうだろう。敬虔なタリア教徒だった彼女が、善なる神タリアとは正反対の、魔王としての素質を持っていると言われたのだから。


「多分これはエレインが元から持ってた加護。読み取った限りじゃ、魔王になる素質が与えられるとしか書いてないわね」


 この世界における魔王とは、魔物に与えられる一種の称号のようなものだった。

 魔を統べる者として、魔物の中から突如として発生する強大な力を持つ特別個体。それが魔王と呼ばれていた。

 

 その多くは人類に脅かす存在として、力を確認されれば早急に、その時代その時代の英雄と呼ばれる者達に屠られてきた。

 親から聞かされる英雄譚の中で、勇者に倒される悪者。それが一般的な魔王への認知だった。

 

「もしかすると、エレインがアンデッドながら人の意思を持っているのは、その加護が原因かもしれないな」


「ええ。そうだとすれば、多分遺骸の王もエレインと同じく魔王の加護を持つ、ということになるわね」


「わたしが、魔王。わたしが……」


 エレインは事実を受け止めきれていないようだ。二人の会話に付いて行くことができなかった。


「まあ、あとで長老に報告しておくわ。それと、二つ目の加護は〈再生の加護〉。これはあたし達の神から贈り物だと思う。再生力がすっごく高まるんですって」


「元の人間にまで再生することはないのか?」


「分からないわ。アンデッドに加護を与えるのなんて初めてって、言われたでしょ?」


「試していくしかないか」


 ヴォルクは二人とも良い加護が与えられたと思った。

 自分の〈魔狼の加護〉は戦闘において非常に有利に盤面を進めることができる力だ。使わない手はない。


 それにエレインが得た再生の加護も素晴らしいものだ。『再生』がどこまでの再生を表しているのか分からないが、神からの加護とした与えられた能力だ。半端なものではないだろう。


 それにしても問題は〈魔王の加護〉の方だ。

 未だヴォルクの横でぶつぶつとひとりごとを溢しているエレインだが、彼女がまさか魔王としての素質を持っているとは思わなかった。


 しかしアンデッドが人の意思を持っている現象に理由をつけるならば、この加護が影響していると考えるしかないだろう。

 

 彼女の特異性といえば、もう一つ。

 魔石を食べることで身体を回復させ、上位の魔物に種族を変化させることができるということだ。


 これが魔王へと至れる能力、とでもいうのだろうか。

 

 なんにしろ、今の彼女は人類と敵対する意思など微塵も持っていない。このままアンデッドとして成長していく分には問題はないのではないか。


 ヴォルクは、吸血鬼の洞窟で彼女が起こした『暴走』を思い出した。

 

 このまま彼女が彼女らしく成長してくれることを心から祈るだけだ。


「結果を長老に伝えに行きましょ」


 リルは二人をウドが待つ建物へと案内した。

 そして鑑定魔法の結果と、ついでに自身がヴォルクの従者となることを説明をした。


 結果として、長老であるウドからも〈魔王の加護〉や〈再生の加護〉については推測以上のことを聞けなかった。


 ウドもかつては世界を放浪し、魔王と呼ばれる存在を討ったこともあったという話だったが、その時相手にしたのはゴブリンロードと呼ばれるゴブリンの魔王だったらしく、エレインとの類似性は不明だそうだ。


 ただ、現状のエレインが人間に友好的なのであれば問題はないのではないかとのことだ。

 エルフの長老がそういうのならば、構わないのかもしれない。大きな問題があれば彼に予言が降りるだろう。


 しかしウドは、リルがヴォルクの従者になるという話に大きな興味を示していた。


「少し世界を見て回るといいだろう。大森林はお主にはちと狭すぎるのかもしれん」


「はい長老。戦いが終わったら、この狼人の世話でもしながら世のことを学ぼうと思います」


 大森林一の高齢エルフは顔を綻ばせていた。



 

 ヤンからの話によると、遺骸の王達の勢力は森の北東に拠点を構え、徐々に南下しながらエルフの里を探しているとのことだった。

 

 エルフの戦士団は地の利を生かし、待ち伏せと奇襲を繰り返しながらその戦力を削っているとのことだったが、敵のスケルトン達に阻まれ遺骸の王への直接的な攻撃はできていないそうだ。


 この調子で進めば、遺骸の王は二〜三週間程度でエルフの里までたどり着くとのことで、それまでに強襲をかけ王を討ち取る作戦を立てるという手筈だ。


 実行に移すのは長く見積もって10日後ほど。計画は地形に詳しいエルフ達が立てることになったので、それまでは戦士団に軍隊流の稽古をつけてほしいそうだ。




 ヴォルクの前には三十に及ばない数のエルフ達が並んでいた。

 度重なる遺骸の王との戦いで、生き残った戦力はたったのこれだけ。

 それも、まだエルフとしては若造と呼べるような年齢の者達が多いとのことだった。


 全員が弓矢の達人の上、初級の光魔法が使え当然風魔法にも高い適性を持っているとのことで、そこらのヒューマンの魔導士よりよほど強力な戦士達なのだが、それでも屍鬼だった頃の遺骸の王にさえ勝てなかったのだ。

 敵の異常な強さが鑑みえる。


 ヴォルクが持っているデュラハンの知識は、首なしの騎士の姿をした上位アンデッドで、強い未練を残した騎士が闇の魔法で蘇ったという魔物であるといったところだ。

 魔法の対象が『未練を残した騎士』と限定されているように相当な稀に生まれるアンデッドであり、流石のヴォルクも出会ったことはなく、民話で話を聞いたことがある程度だった。


 今ヴォルクは集まったエルフ達に大声を飛ばしていた。

 それは連携の重要さと、攻撃の画一化による利点についてだった。

 もちろん大森林のエルフのほとんどは大陸語が通じないため、ヤンが通訳を務めていた。


 ヴォルクは最初エルフの戦士団の戦い方を見学することを決めた。

 その結果、各々の力はヒューマンより秀でていても、得意な戦法でてんでばらばらに戦うだけであったため、混戦に陥りやすいという欠点に気付いた。


 屈強な肉体を持つ近距離型の戦士ならばそれでいいのかもしれないが、エルフは身体能力に長けた種族ではない。

 魔法や弓矢による同士討ちの心配も強いため、極力混戦はさせさせた方がいいだろう。


 大森林は長らくヒューマンが立ち入らない土地だった。

 そのため、戦う必要のある敵は気の立ったオークや、魔獣の群れなどだけで、エルフの集団を一つの群として連携させながら戦う術を覚えていなかったのだ。


 そのためヴォルクは、特に魔法に秀でたものとその他弓矢の扱いに秀でた者とで部隊を分けた。

 そしてできる限りの接近戦は避けさせ、常に距離を取って退きながら戦うよう指示した。


 これによって個人個人が発揮できる最大の火力は減ったかもしれないが、火力の総合的な安定が図れ、生存率も上がるだろう。


 また、エルフは悠久を生きる性質上、風魔法以外にも光魔法を習得している者が数多くいる。

 そのため、戦士団以外からも有志を集め、後方での支援用の部隊も作った。


 幸い敵はアンデッドがほとんどを占めているとのことで、下級光魔法の習得により使用できる浄化の魔法が攻撃に転用できる。

 敵に狙われることになったとしても最低限の自衛はできるだろう。

 もちろん彼等にもアンデッドとの戦い方を指導した。


 こうしてヴォルクはエルフ達を組織化することで、来る遺骸の王への強襲に備えていった。


【Tips】魔王。周期的に魔物の中に現れる、特殊な力を持った強力な個体。大陸ではここ数十年存在が確認されておらず、前回現れた際は帝国軍が総力を上げ討伐している。

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