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002 奴隷

「なあ、ヴォルク。お前さん、依頼者の娘に『リードを付けとけ』って言ったそうだなあ!?」


 酒場の喧騒の中で、顔を茹でたタコのように真っ赤にした大男が、酒気を漂わせながらそう叫んだ。


「ああ、言ったさ。それがどうしたんだ」


 ヴォルクは大男の向かいの席に腰を下ろすと、給仕の娘に麦酒を頼んだ。


「リードを付けられるのはお前の方だろう!? 犬っころ!  ワッハッハッハッ」


 禿頭が目立つその大男は、手近の杯を飲み干すと、目を細め、してやったという顔をしている。

 悪意しか感じない言葉であったが、ヴォルクは軽く受け流すと、麦酒を胃に流し込んだ。


「エルンスト、王国が未だにヒューマン以外への差別を許しているなんて信じられんな。王は獣にケツでも噛まれているのか?」


 そう軽口を叩くヴォルクだが、獣人への差別より王への批判の方が余程重罪であるこの国では、先の言葉が酒場の喧騒の中に消えていったことは幸いであった。


 ヴォルクの目の前に座る男は名をエルンストといい、Bランク冒険者パーティ『梟の目』のリーダーを務めているヒューマンの男だった。

 

 常に一人で行動しているヴォルクに対して何かと世話を焼きたがる良き隣人ではあったが、非ヒューマンへの差別を全く隠さない、いかにもな王国民という一面もあった。


 ヴォルクにとっては、王国に移り住んでから獣人として差別的に扱われることに多少の嫌悪はあったが、それもせいぜい街中で嫌味を言われる程度のことであったので、そこまで気にしないことにしていた。

 

 むしろエルンストのように、差別的な発言はするが、それは別として好意的に接してくる人間も多かったので、それが王国民の気質なんだろうと、ほとんど気に留めなくなった。


「しかしヴォルクよお、随分と浮かない顔をしてるな」


「前回の依頼は散々な目に遭ってな。あやうく、おっ死んでてもおかしくはなかったんだ」


 行方不明の少女を助けるという依頼を達成してから数週間の後、ヴォルクは傷を癒す目的で新たな依頼を受けず身体を休ませていた。


「あの『ライヒの殺し屋』ともあろうお前が死にかけるとはな!」


 エルンストは大袈裟に驚いてみせると、話を続けた。


「そろそろお前もパーティを作る頃合いなんじゃないのか? 王国に来てもう一年になるだろう」


「ああ」


「ソロでB級まで上がってきた奴なんてそうそういないが、それが歓迎されるってわけでもない。パーティを組んで一人一人の負担を減らすのが冒険者の基本だからな。」


 それは『梟の目』で冒険者として長らく活躍してきた男からの含蓄のある言葉だった。

 

 ヴォルクは今まで何度かパーティの勧誘を受けたことがあった。実のところ目の前の男からも勧誘は受けたし、その他有象無象の冒険者達からも申し入れはあった。

 

 それら全てを断ってきたのは、帝国軍時代の経験から、ひとえに命を預けられるような仲間はもう作れないと思ったからだった。

 それは今も変わらないし今後も変わることはないだろうと思っている。

 

「悪いが、そういうのを作るつもりはないんだ。もうこりごりでな」


「そんなこと言ったって、仲間を作って悪い思い出ばかりって訳じゃないだろう?」

 

 帝国軍時代の仲間は糞を煮詰めたような奴らだった。しかし、それが失われた今となっては、もう二度とあのような仲間達を作れないと思っている。

 ヴォルクの意思は固かった。


 エルンストは察しの悪い男ではなかったようで、ヴォルクの顔色を見て、それ以上の強要をやめた。ただ一言、


「まあ、王国には奴隷制もあることだしな」


 と、呟いた。

 王国で生まれ育ったエルンストには当たり前にあって、帝国のスラムで育ったヴォルクにはあまり馴染みのない存在。


「そうか、奴隷か……」


 ヴォルクの生まれた頃の帝国には、奴隷制が存在しなかった。何代か前の皇帝の時代にはあったと聞いていたが、少なくともヴォルクが育った環境では、奴隷らしき存在を見かけたことはなかった。

 

 最もスラム育ちだったため、ギャングの手駒として奴隷のような扱いを受けている者は多く見てきていたが。


「俺のパーティは気の合う奴ら同士で結成したから奴隷は使ってないが、金に余裕がある奴ならパーティ要員を確保するのに奴隷を使うなんてよくある話だ」


 ヴォルクは王国に移り住んでからの一年の間、せっせと依頼で稼いできた貯金があった。

 

 ギルドでは、冒険者として駆け出しであるE級からの登録ではあったが、軍歴やとある事件を引き起こしたことが加味され、ソロ冒険者では異例である一年間でのB級への出世を果たした。

 

 そのため、農民にはなかなか目にできないような額を、報酬として一括でやり取りすることもあった。

 

 金の使い道も、この大陸では趣向品としてありふれた煙草くらいのもので、あとは質素で慎ましい生活を送っていた。

 

 魔導銃は王国ではあまり使われない代物であったため、武器の手入れにはそれなりの費用がかかっていたが、それも依頼で入る金と比較すれば許容のできる範囲のものだ。

 

 そのため、人間の一人や二人を()()ことができる余裕がヴォルクの懐事情である。


「奴隷市にでも出向くとするか……」


 ヴォルクが奴隷の採用に前向きなのには理由があった。

 ヴォルク自身もパーティや部隊を組む強みをよく理解していたが、同時に、互いが命をかけられるという信頼感を育むのは一朝一夕ではできない。

 

 帝国から流れてきた軍人崩れの冒険者で、しかも王国では差別対象である獣人。

 王国は剣と魔法の扱いがメジャーな戦闘スタイルだが、魔導突撃銃という、魔物を狩るにはやや威力が足りず、人間を殺傷することに特化した武器を扱うことから、ついたあだ名が『ライヒの殺し屋』。

 

 それでも冒険者としては十分一流と呼べるB級にソロで到達していることから、他の冒険者からも一目は置かれているのだが、適当な関係を持つことができたのは、この目の前にいる禿頭の男だけだった。


 しかし奴隷ならばどうだろうか。

 信頼など元よりないも同然で、金で命を買っただけの関係であるため、必要な命令を下せば必要な分だけの働きをする。

 

 死の契約魔法により基本的には裏切りに値する行為はできず、こちらは不必要になったら切り捨てればいい。ゼロから信頼関係を育てる必要がない。

 

 奴隷は獣人よりさらに下の立場に位置しており、差別がどうのこうと言い合う関係でもないし、ヴォルクの戦闘スタイルに合う奴隷を見つけてくれば、仕事の効率化が図れるだろう。


「それがいいさ。奴隷商人ならいくらか心当たりがある」


禿頭の大男はヴォルクに信頼できる奴隷商人や王国で守るべき一般的な奴隷法を教えると、給仕の娘に


「酒代はこいつが支払う」


 と言い残し酒場を去っていった。


 ヴォルクはそれに反論することもなく、しばらく一人で麦酒を煽ると、二人分の酒代を支払い、酒場を後にした。

 有益な情報には対価を支払うのは当たり前であったからだ。それにしてもエルンストは随分と飲んだようではあった。

 

 この日の酒場はよく繁盛していたようで、二人分が空いたテーブルにはすぐに次の客が入っていった。

 カトラリーがガチャガチャと音を立て、男達の声が酒場の外まで響く。

 それがこの街の日常だった。




 次の日の昼過ぎ、ヴォルクはエルンストに教えられた奴隷商人の店に出向いていた。

 店と言っても風貌は高級クラブのような出立ちで、とても王国以外では違法である奴隷を扱っているような場所には見えなかった。


 ヴォルクは門扉の前で用心棒に要件を伝えると、すぐに店へと案内された。

 用心棒は屈強な中年のヒューマンであったが、見た目とは裏腹に腰が低く、獣人であるヴォルクに対しても丁寧な対応を心がけているようだった。

 

 店の主人からの教育が行き届いているのだろう。エルンストには随分と質の良い店を紹介されたようだと、ヴォルクは若干の懐具合の心配をしながら中へと入っていった。


 店の主人は恰幅の良いヒューマンの男で、ヴォルクが想像していたような、奴隷商らしいいやらしさはなく、清潔感のある商売人だった。

 

 奴隷商らしいいやらしさ、というのもヴォルクが持っていた偏見に過ぎず、王国では奴隷商というのもただの経済の中に組み込まれたビジネスの一環でしかない。

 まともな奴隷を扱っている商人ならば、まともな装いをしているのは当然のことであった。


 ヴォルクは奴隷商の男に、エルンストの紹介で来たこととB級の冒険者であることを告げると、彼は、ならば安心だと言わんばかりの顔をして店の紹介を始めた。

 商談の開始といったところだろう。


 まずヴォルクが案内されたのはこの店で扱っている最高級の奴隷がいる部屋だった。

 

 王国で奴隷の身分に落ちる原因としては、戦争捕虜、親に売られる、借金のカタ、犯罪への罰などが挙げられる。

 しかしこの部屋にいるのは、読み書きや算術のできる良家の子女などで、礼儀作法もなっており、例えば侍女としてそのまま登用することができる人材であるとのことだった。

 

 だか彼女達は、とてもではないがヴォルクが手が出せるような値付けがされておらず、何らかの理由があって奴隷にはなっているようだが付けられた値札相応の良い暮らしを、奴隷ながらに送っているようだった。


「ここには戦闘で使える奴隷を買いに来たんだ。服の着替えは自分でできる」


「そうでしょうとも、ヴォルク様。まずは私達が扱う商品の質の高さを体感して頂きたかったのですよ」


 奴隷商はそういうとヴォルクを先導して、地下への階段を目指した。

 暗がりへと降りていく擦り切れた木の階段は、キィキィと音を立ててヴォルク達を歓迎した。

 地下室にいたのは、それぞれ檻に入れられた屈強な男達と、若干名の筋肉質な女達だった。


「戦闘で前衛を担うことができる戦士達です。ヒューマンもいますが、獣人も多くおります。旅のお供には役立つでしょう」


 ヴォルクは奴隷一人一人を注意深く観察していった。

 エルンストに紹介された店だけあって、檻に入れられているといっても、身だしなみや栄養状態から観察するに最低限の人間らしい扱い受けているようだった。

 

 奴隷商の言うとおり、このまま檻から出したとしてもすぐに肉体労働を行うことはできるだろう。

 

 だが、肝心の戦士としての能力には不満があった。

 

 ヴォルクは魔導突撃銃による中距離からの攻撃を主としているため、前衛でのタンクの役割を担う人材を欲していた。つまり格闘技術が高く、魔物からの攻撃を捌く能力がある戦士だ。

 

 しかし、観察した限りその要求を満たすことができる者はこの部屋にはいなかった。理由は単にヴォルクの要求水準が高すぎたからだ。

 

 ヴォルクは八年の軍歴のうち、五年を帝国特殊歩兵部群で過ごした。部隊では帝国中から最精鋭の肉体と精神を持つ者が集められ、日夜人を殺すための訓練とその実戦に明け暮れていた。

 

 そうした経験はヴォルクの軍人、ひいては戦士として一人前だと認められる最低ラインを大きく引き上げた。つまりヴォルクは最低でも特殊部隊出身である自分と同じだけの身体能力を持つ奴隷を欲していたのだ。

 

 ここにいる奴隷達に、自分と同じだけの格がある者はいない。実際に一人一人と戦闘を行ったわけではないが、ヴォルクは直感で相手の力量を測ることができないほど未熟ではなかった。


「悪くないが、もう少し戦士としての質が高い奴隷はいないか?」


「これ以上となりますと亜人奴隷になりますが、構いませんか?」


 奴隷商からの説明だと、亜人種は身体能力な高く戦士としての適性も高いが、同時に希少価値も高く、値が張るとのことだった。

 またヒューマンや獣人と価値観が大きく離れており、癖が強いという側面もあるそうだ。

 

 大陸の一般的な常識として、亜人は異教の神を信仰していることが多く、見た目も魔物に近い異形であることから、獣人以上に差別的な扱いをされることが多い。

 

 ヴォルクの育った帝国では新興国ならではの実力評価主義で、能力さえあれば獣人であろうと亜人であろうと差別的な扱いを受けることは稀だったが、王国では違う。

 

 亜人奴隷は価格が高い割に、買う者からの嫌悪感が強いため需要が少なく、不良在庫とのことだった。


「俺は亜人でも構わない。帝国出身なんでな」


 商人はその言葉を受け取ると、また奥の部屋へとヴォルクを案内していった。


 【Tips】亜人。ヒューマン種、獣人種以外で、人類に敵対しておらず言語を操る知能を持つ種類を総称して亜人と呼ぶ。

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― 新着の感想 ―
ヴォルクさんはソロでB級まで。 凄いですね♪ ますますカッコいいです♪ うーん。ヴォルクさんのお眼鏡にかないませんでしたか。 どんな亜人さんと出会えるか楽しみです♪
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