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019 加護

 ヴォルクとエレインを祭壇と呼ばれる場所に案内したヤンは、準備があるといい、そのままその場所を後にした。


 祭壇は石や葉によって装飾のなされた岩肌にあり、一目で宗教的なシンボルであることを感じさせられる。

 獣人であるヴォルクやエレインが物珍しいようで、祭壇の周りには小さなエルフの子供達が何人も集まってきていた。


「みんなわたし達に興味があるみたいですよ。ちょっと行ってきますね!」


 エレインが子供達と遊び終わり仲良く地面に横になり始めた頃、ようやくヤンと共に長老であるウドが祭壇に到着した。


「さて、儀式を始めようではないか」


 ウドはそう宣言すると、先ほどまでなかった質素な杖を持ち、祭壇へと近づいていった。

 

 ヤンはヴォルク達に対し、儀式の説明を始める。


「今から貴方達に加護を降ろす。狩ってきた動物、草花や果実などと、森に充満する魔力、そして対象者の血を神饌として神に捧げるのだ。器に血を出してくれ」


 ヴォルクはナイフを取り出すと指に傷を付け、ヤンから渡された白い器に血を垂らした。


「ヴォルクさん、やってもらっていいですか……」


 エレインは自らの身体に傷を付けるのを恐れているようだ。

 ただの恐怖からなのか、彼女の宗教的価値観からなのかは分からないが、ヴォルクは頼まれたようにエレインの白い指にナイフを深く刺した。

 彼女のアンデッドの身体は、心臓が止まっているため血液が循環していない。そのため出血させるためには随分と深い傷を付ける必要があるのだ。


「うぅ……う……」


「痛覚はないんじゃなかったのか?」


 エレインは今までの戦闘で何度も全身に深い傷を負っていたが、彼女にとってそれとこれとは違うようだった。


「お二人とも、神饌を持ち祭壇の前へ」


 ウドの言葉に、ヴォルクとエレインは前へと進む。

 二人が祭壇の前へ立つと、森の王であるウドは神への祝詞を上げはじめた。

 それはエルフ語であったため二人には理解できなかったが、神聖な空気が辺りを包む中、儀式は粛々と進んでいった。


 儀式が始まり幾許かの時が経った。

 ウドの側に控えていたヤンは突如立ち上がると、二人に対していつもの表情で話した。

 

「儀式はもう終わります。最後は酷く痛むと思いますが、我慢なさってください」


「えっ? それを先に……!」


 エレインが言い終わる間もなく、それは始まった。


 先に異変を感じたのはヴォルクだった。

 彼は頭を押さえながら唸り声を上げる。全身の毛が逆立ち、フラフラとよろめき始めた。


 それと共に、エレインも胸を抑え、痛みに耐えながら小さくうずくまる。どうやら胸の魔石が黒く発光しているようだった。


 ウドの祝詞が終わると同時に、二人は共に地面へ倒れ伏した。死んだわけではない。少なくともヴォルクは呼吸をしているようだった。


「ヤン、二人を運んで差し上げなさい。子供達も見ていないで手伝うように」


 ヴォルクとエレインは気を失ったまま、長老の家へと運ばれていった。




 ヴォルクはハンモックの上で、僅かな揺れの中、目を覚ました。

 太陽の位置はそう変わっていない。どうやら短い間気を失っていたようだ。


 横を向くと、隣のハンモックにも人影が見えた。身体を起こして覗き込むと、やはりその影の主はエレインだった。

 彼女の体をよく観察すると、いつも通り呼吸をしている様子はない。


 ヤンは加護によっては人間に戻るかもしれないと言っていたが、そうはいかなかったようだ。

 そもそも加護によって失われた命が戻るというのも、無茶な話だ。ヤンも騙すつもりはなかったのだろうが、無駄な期待をさせられた。


 ハンモックを降り、エレインの頭を撫でる。

 それは愛おしい我が子に行うような動作で、彼女への愛情の深さが計り知れた。

 あまり人に信頼を置かない彼であったが、不思議とエレインに対しては気が置けない仲になっていた。


 彼女の髪をそれから数度撫でると、肩を揺らし目を覚まさせた。


「エレイン起きろ。儀式は終わったようだ」


 彼女の眠りはいつも深く、ヴォルクが繰り返し声をかけることでやっと目を覚ました。


「あぁ、ヴォルクさん。さっきは大丈夫でしたか? すごい暴れようでしたよ」


「無事だ。痛みを伴う儀式なら初めから言っておくべきだろうな」


 二人はハンモックが掛けられた木陰から抜け出すと、ヤン達を探し始めた。どうやらここは長老であるウドに最初に出会った建物の、中庭にあたるようなところらしい。

 建物を歩くと数人のエルフの子供に出会ったが、皆大陸後が通じず、ウドとヤンの居場所を聞き出すのに苦労した。


 埒が明かないと判断し、二人は建物の外へと出ることにした。すると二人と入れ違うように、エルフの娘、リルが建物に入ろうとしてきた。


「あっ……ヴォルク様、エレイン様。ご気分はいかがでしょう? あたし、お二人に鑑定魔法をかけるように仰せつかってます……」


 リルは、ヴォルクに対しての恐怖心があまり抜けていないようだった。

 数日前には膨れ上がったプライドを粉々に砕かれ、あまつさえ首を掻き切られる寸前までいったのだ。

 師匠の助命によりなんとか命は助かったが、目の前の狼人に対する恐れはなかなか減らなかった。


「リルちゃん、わたしのことは様なんて付けなくて大丈夫だよ。ヴォルクさんだってそうですよね?」


 彼はそう言われて気付いたが、エレインを奴隷として買ってからしばらくは、彼女は確かヴォルクのことを『ヴォルク様』と呼んでいたはずだ。

 いつの間にか呼び方は『ヴォルクさん』に変わっていたが、彼はその変化を感じていなかった。


「あ、ああ。まあ構わない。お前を奴隷にしたつもりはないしな」


 ヴォルクはエレインの変化に少し動揺したが、すぐにそれを隠した。

 奴隷のように手酷く扱ってきたつもりはなかったが、今まで彼女が自身のことをどう思っているのかあまり分からなかった。

 呼び方の変化から、彼女も自身のことを親しく思い始めたのだろうか。ヴォルクはそんなことを考えながら、少し喜ばしく感じていた。


「あらそう? まあ当然よね。師匠にはあんたが寿命で死ぬまで従者として就くよう言われてたけど、そんなのまっぴらごめんだわ。あたしまだ若いんだから」


 リルは出会った日と同じように、ニヤニヤと笑みを浮かべながら勝ち誇った顔をした。

 様と呼ばなくていいと言われただけで何を勘違いしているのか分からないが、これがリルの隠しきれない本性なのだろう。

 ヤンやウドが特殊なだけで、今まで会ってきたエルフは大体がこのような性格をしていた覚えがあったことをヴォルクは思い出した。


「リル。ヤンに免じて命は助けたが、エルフの耳を削ぐことなどいつでもできる。調子に乗るな」


「フン! そのアンデッドを盾にしてあたしの魔法を突破できただけでしょ。あんたこそ調子に乗らないほうがいいわ」


 ヴォルクはヤンから厳しく指導をつけてやってほしいと言われていたことを思い出した。

 生意気が過ぎる餓鬼を調教するには良い機会だ。


 それにヴォルクの身体には〈加護〉が備わっているという実感があった。

 妙なことにその力の使い道は、元から彼の身体にあったかのように馴染んでいたのだ。

 神から授けられた力、試させて貰おう。


「小便を漏らすのが癖になったようだな。師匠も泣いているだろう」


 リルは怒りで顔を歪ませる。触れられたくない所を二つも攻撃されたのだ。


「ついてきなさい。あんたの墓場を案内してあげる」


 彼女はまた長老からの頼み事を忘れていた。

 

 エレインは二人の会話を聞いて、数日前にも似たやりとりがあったことを思い出した。


「もう……! 二人ともやりすぎないでくださいね」




 ヴォルクとリルは、樹上にある里の建物から大森林の地面へと飛び降りた。

 

 リルは魔術を使用し、落下の衝撃を和らげふわりと着地する。エルフらしい風の魔術を使った優雅な動作だ。

 

 一方ヴォルクは、木々に何度か飛び移りながら荒々しく地面へと降り立った。獣の跳躍力を使ったダイナミックな着地だ。

 木を伝い地面に降りている最中、ヴォルクは身体の調子が普段よりも良いことに気づいた。それは、身体中に力が漲っているな感覚でもあった。

 これも〈加護〉の力の一つなのだろう。


「随分と上品ね、ヴォルク」


「エルフの細枝のような身体ではできない芸当だろうな」


 リルはその小さな身体を偉そうに前に突き出し、彼の言葉を鼻で笑った。

 そして懐から木のステッキを取り出すと、それをヴォルクへと向けた。


「エルフはヒューマンと違って魔法に焦点具を使うのは品がないとされてるの。でもあんたに勝つためなら手段を……」


「〈成型〉」


 ヴォルクはリルの言葉を遮るように魔術を発動させると、手のひらに生成された幾つもの礫をすぐさま彼女へと放った。


「風よ」


 しかし散弾のように放たれた石礫は、彼女の魔力操作により現れた風の壁により防がれた。


「まだ話してる最中でしょ! 野蛮で仕方ないわ」


「手加減したつもりはなかったが、その程度の詠唱でよく防いだな」


 以前は投石により一瞬で肩が付いたが、彼女はヴォルクからの攻撃を矢避の魔術も使わず防いだ。彼女の持つ焦点具が魔力操作のコントロールや威力をより上げているのだろう。


「ヴォルク。あんたが英雄と言われてようが、遺骸の王との戦闘に必要だろうが、あたしには関係ない。あんたなしでもアンデッドごときあたし一人で倒せるもの」


「ならどうするんだ?」


 ヴォルクは彼女に笑いかける。


「師匠の名誉のため、あんたの耳を貰うことにしたわ。あたしの足元に跪かせて靴を舐めさせたあと、両耳を裂いてあげる」


「ヤンも弟子の成長に喜ぶだろうな。やってみろ、稽古をつけてやるよう言われてるんだ」


 ヴォルクは両手を横に広げ、低く、低く、身を構えた。

 

 視界の端には、巨樹の幹に建てられた建物からこちらに手を振るエレインが映っていた。


「風よ吹け〈ブラストエッジ〉」


 リルの持つステッキから巨大な風の刃が幾つも放たれる。本来不可視の風魔法の攻撃であったが、


 ――見える。魔力の波だ。


 ヴォルクは神からの〈加護〉の力か、魔力の流れを目視できるようになっていた。


 ヴォルクは狼の如く地に手足をつけながら、素早く攻撃を回避する。

 以前の彼ならば、〈加速〉の魔術を使わなければできなかった、抜群の身体能力だ。


 ヴォルクはそのままリルの元へ駆け寄る。彼女には目で追うのもやっとという速さだ。


「風よ吹け!〈エアリアルインパクト〉!」


 周囲の空気を爆発させることで、高い殺傷力と範囲を誇る魔法だ。


 しかしヴォルクの目には、数歩先の空気中に魔力の球が出来上がっていく瞬間が見えた。


「〈加速〉」


 彼は光魔法によって瞬時に跳ね上がった脚力によりさらに素早さを増し、リルの元へと一直線に迫る。

 回避ではなく突破を選んだのだ。


 ヴォルクが通り抜けた空間が、一瞬の間も置くことなく爆ぜる。当たれば全身が砕け散っていてもおかしくなかった。

 しかしヴォルクは気にも置くことはなく、リルの元へと走り抜け、胸に仕舞われたナイフを取り出した。


「か、風よ、ふ……」


 リルの首元にナイフが差し出される。

 三度目の、敗北であった。


【Tips】焦点具。魔法を発動する際に魔力の安定、強化を図ることができる魔導具。杖や指輪などが一般的であり、他種族より魔力操作が不得意であるヒューマンが多用する。

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