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018 予言

 アランゲンを出発して二日、ヴォルク達は大森林の西方まで辿り着いた。

 

 たった二日の移動ではあったが、道中では魔獣を一匹、ゴブリンを二匹討伐した。

 本来ならばあり得ない遭遇率だ。これほどの頻度で魔物に襲われるようでは商人など、おちおち移動もできないだろう。

 ヤンは遺骸の王の影響だと話した。


 遺骸の王は大森林の北東に拠点を構えているらしく、そこを縄張りとしていた魔物達は棲家を離れ大森林を抜け出すことがあるようだ。

 ギルドで受付嬢から聞いた話と合致する。


 途中、大森林近くにある村の一つに立ち寄ったが、やはり魔物による被害が極端に増えているとのことだった。

 その都度ギルドに依頼を出しているそうだが、周辺ではこのようなことは初めてらしい。

 

 そして、ヤンからの話とも合致する情報だったが、見かけるのは大森林を縄張りとするオーク、ゴブリン、魔獣などで、アンデッドの類は見たことがないそうだ。


 やはり、遺骸の王の目的はあくまでも森の王の座を奪うことのみであって、単純に人間を襲うということはしていないと思われた。

 ただし、副次的とはいえ、このように森を追い出された魔物達が周辺に被害を出している時点で人類の敵として討たれる理由はあるのだろう。


「まずはエルフの里に向かおう。迎撃の準備はそこで行われている。貴方達への報酬も渡さなくてはならないしな」


 ヤンはそう言うとリルと共に大森林の中へと入っていった。次いでヴォルクとエレインも森へと足を踏み入れた。


 大森林は、巨樹が鬱蒼とする大陸有数の広大な森だ。

 巨樹は一軒家がすっぽりと入るほどの太さをしており、枝は大蛇のように肉太で悠々と空へ突き出ていた。

 

 森の中は暗く、道という道もない。

 しかしヤンとリルの二人は、まるで印を辿るかのように容易に森を進んでいく。

 流石、森人というだけあって、巨大迷路のようなこの森の中も正確に把握しているようだ。


「エルフの里まで、どれくらいかかるんでしょうか?」


 アランゲンで裕福な暮らしをしていた所謂都会っ子のエレインは、深い森の中を歩きづらそうにしながら、ヤンにそう聞いた。

 いくら身体能力が高いといっても、慣れない地形は肉体的にも精神的にも辛いのだろう。


「さらに三日はかかるだろうな。三度野営を張り、里に着くのは明々後日の日暮れだろう」


「そ、そうですか……頑張って歩きます……」


 森は広かった。ただの人間ではエルフの里に案内もなくたどり着くのは不可能だろう。

 

 一向は黙々と移動を続けた。

 夜になると見張りを立てながら交互に睡眠を取り、そして翌朝早くにまた歩き出す。

 アランゲンを出発してから約五日、彼等はついにエルフの里へと辿り着いたのだった。


 エルフの里は巨樹の合間を縫い、幹の中程に張り付くように建てられた小屋の群れで成り立っていた。

 小屋と小屋の間は吊り橋で連結されており、エルフ達は樹上での生活を送っているようであった。


 「まずは私達が先に入り、話をつけてくる。エルフは通常同族以外を信用しないが、貴方達ならば大丈夫だろう。もし絡んでくる者がいても殴り倒してくれて構わない」


「ありがたいな。その時はそうさせてもらうよ」


 ヤンとリルは里の中へ入り、しばらくの間帰ってこなかった。


「エルフの里ってすごい生活様式なんですね、床が抜けたら死んじゃいそうです」


「奴らは風魔法が達者だ。そんな馬鹿な死に方はしないだろう」


「わたし高いところって苦手なんですよ。ここでは生活できそうにないです……」


 二人が雑談を続けていると、里の外から三人のエルフが歩いてくるのが見えた。

 向こうもヴォルク達に気付いたようで、急いだ様子でこちらに近づいてくる。

 

 三人は狩りでもしてきた帰りなのか各々が野生動物の死体をぶら下げていたが、獲物を降ろすとそれぞれがヴォルク達に武器を向けた。

 何か剣呑な事を口走っているように感じるが、エルフ語であるため二人には理解はできなかった。


「エルフ語は分からないんだ。大陸語で話すか、ここから消えてくれ。殴られんうちにな」


「武器をしまっていただけませんか? わたし達はヤンさんの依頼でここに来たんです。ヤン・ドウアさん、それとリル・レーちゃんです」


 エルフ達はエレインのヤン、リルという言葉に反応を示した。言葉は伝わらなくても人名であれば理解をしてくれるようだ。


「なぜ数百年も生きて他言語を習得しようと思わないんだろうな」


「もうヴォルクさん! あの人達が大陸語を知ってたら逆に喧嘩になってましたよ!」


 三人のエルフは武器をしまうと、どうやら、着いてこいというような合図を二人に送った。

 里を案内しようとしているのだろう。


「ヤンさんはまだ来てないですけど、せっかくだから入ってしまいましょうか」


 二人はエルフの里へと足を踏み入れた。


 里を進むと、当たり前であるがすれ違う人間は皆、街でもほぼ見かけることの無いエルフ達で構成されていた。

 彼等は一様に驚くような表情と言葉を漏らしていた。里にエルフ以外の人間が来ることなどないのだろう。


 何度かトラブルになりそうな気配はあったが、入り口で出会った三人が話をつけると、問題は解決したようだった。


「ヴォルク殿、もう里の者と打ち解けられたのか」


 しばらく進むと、一際大きな小屋の中からヤンとリルが共に出てきて、ヴォルクに声をかけた。


「その三人は里の戦士達だ。リルほどではないが、才溢れる若者達だ」


「三人まとめてかかってきてもあたしが勝つでしょうけど」


 リルは自信に満ち溢れているようだった。

 確かに彼女は若いエルフ達の中では特に強いのだろうが、ヴォルクに手酷く負けたばかりだというのに、大した物言いだった。


「リル、お前のその慢心は死を招くことになるぞ。ヴォルク殿、遺骸の王との戦闘には私やリルを含め、彼ら戦士団も参加することになる。開戦まではしばらくあるゆえ、どうか厳しく指導をつけてやってくれ」


「いいだろう。この里にはリルより強い戦士はどれだけいる?」


「魔法の腕だけでいえば、私を含め数人といったところか。リルは戦闘経験こそ浅いが、あれでも風魔法に関しては天才としかいいようがない。まさかナイフ一つで打ち負かされるとは思わなかった」


 どうやらヤンがヴォルクに全幅の信頼を置き森の情報を話したのも、リルに勝てるほどの真の強者であると判断したからであるようだ。


「それよりまずは貴方への報酬を先に与えよう。着いてきてくれ」


 ヤンはヴォルクとエレインの二人を里の奥へと案内していった。


「この建物に、現、森の王である里の長老、ウド様がいらっしゃる。私達を導き、大森林の全てを司る方だ。粗相のないよう頼む」


 ヤンは二人を建物へと招き入れた。

 そこは素朴な作りが多い里の中でも唯一見事な作りをしており、一目で権力者が住んでいることが分かった。


「ウド様、人間の英雄を連れて参りました。名をヴォルクといいます。隣にいるのは、遺骸の王と同じく意思を持つアンデッドである、エレインです」


「見えていたよ。ヤン、下がってよい」


 ウドと呼ばれるエルフは、若々しい見た目の者が多いエルフにしては珍しく、かなりの歳を感じさせる。

 少し歩いた限りではあるが、里の中には彼ほどの歳のものはいないように思えた。

 

 彼は流暢な大陸語を使い二人に話しかける。


「まずは私達の願いを聞き入れてくれたことに感謝を伝えよう、ヴォルク殿。私は森の王、ウドと申す」


「ヴォルクだ。ヤンから依頼を受け、遺骸の王の討伐に来た」


「エレイン・フリッチュです。アンデッドの身ですが、討伐の補佐をさせていただきます」


 それぞれが自己紹介をした所で話は本題に入る。


「ヤンから報酬の話はされただろうが、まずはそなたらに加護を授けよう。戦いに役立てて頂きたい」


「一応聞いておきたいのだが、なぜエルフ自身に加護を与えて戦わないんだ? 加護は神から与えられる強力な力だ。それさえあれば、上級アンデッドにもいい戦いができるのではないか?」


 ヴォルクは思っていた疑問を口にした。

 ここまでして騙し討ちをされることもないであろうし黙っていてもよかったが、加護は気軽に与えたり与えられたりできるものではないはずだ。

 

 森を守るために外から冒険者を呼ぶのは理解できたが、報酬として加護を先払いで与えるというのはヴォルクにとって虫が良すぎる話だった。


「エルフはみな、生まれた時から長命という加護を頂いておるのだよ。これ以上の加護を授かることはできんのだ」


「なるほど、納得がいった。ヤンは種族によって与えられる加護が違うような口ぶりだったが、それはなぜだ」


 ヴォルクの言葉遣いにエレインはハラハラと心配そうな顔をしていたが、里の長老は気にもしていないようだった。


「神々のお考えによるものだろう。自然の神はエルフに長命を、ヒューマンに強大な魔力を、獣人には先祖の力をお与えくださる。私は一千年を生き未だアンデッドが加護を賜った例を見たことはないが、森の神は皆に平等でいらっしゃる。悪いことは起きないだろう」


「それが聞けてよかった。依頼は命をかけて達成させよう。その代わり加護を頼む」


 ウドは頷くと、最後に話を始めた。


「私には森の王として、神との対話から予言を賜ることがある」


「ほう、俺に何かあるのか?」


「ヴォルク殿、自らの直感に従ってくだされ。それは森だけではなく、大陸全ての平和に繋がるだろう」


 ヴォルクはなんとも大それた予言だと思ったが、神の言葉にケチを付けるわけにもいかなかった。


「考慮するよ」


 ウドはにっこりと微笑むと、ヤンを呼び寄せた。


「儀式を行う。二人を祭壇へ案内してくれ。私も後から行く」


 ヤンはヴォルク達を外に連れ出し、またさらに里の奥へと進んでいった。


「ウド様に何か言われたか?」


「報酬に追加して、美人のエルフを一人嫁にくれるそうだ」


「ヴォルク殿。先日から思っていたが、貴方の冗談は好かない」


 ヤンはいつものように無表情だった。


【Tips】自然の神。大森林のエルフ達が信仰する神。名をサートゥスという。主神タリアの孫にあたる。

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