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017 森王

 ヴォルクはヤンというエルフと共に、自らの塒である花都の風亭へと場所を移した。

 自室は、気絶し未だ師匠に背負われているエルフの娘、リルからの攻撃により半壊していた。

 壁も床も家具も、その身に深い傷跡を残している。


 ヤンは宿屋の主人に謝罪を申し出て、修理代として幾つかの宝石を渡した。

 エルフは通貨を使わずに生活しているため、人間社会で通じる価値というものは宝石しか持ち合わせていなかったのだ。


 しばらくの交渉の後、宿屋の主人は彼から宝石を受け取り、笑顔でカウンターの奥へと引っ込んでいた。自身の宿を破壊されてもその態度が出るのだ。相当価値のあるものを手に入れたのだろう。


「ヴォルク。また部屋を壊す予定があったら次も相手はエルフにしといてくれよ」


 主人はそう言うと宿への四人の滞在を許可した。


「ヴォルク殿、貴方の私財も随分と損壊してしまったようだ。宿の主人に納めたのと同じ分だけ支払おう」


「いや、その半分で構わない。俺の私物などそう多くないからな。銃が壊れていたら話は別だったが」


 エレインは自身が集めていた小物がいくつか壊れていることにショックを受けているようだったが、ヤンが見せた宝石を見ると目を輝かせた。

 意外と現金なところがあるようだ。

 

 ヴォルクはヤンから宝石を受け取ると、先ほどの話の続きをするよう求めた。

 金は吸血鬼を討伐した際に、ギルドから余るほど渡された。今はエレインのアンデッド化の秘密が知りたかったのだ。


 


「大森林は今、新たな森の王を迎えようとしている。無道の君だ。悪王といえるだろう」


「この国の王も歴代を通して無道の君主だ。人の世は変わらないな」


 ヴォルクは笑った見せたが、ヤンは無表情を貫いていた。


「ヒューマンの王と森の王は、本質的には意味が異なっている」


「ほう、続けてくれ」


 ヤンは『森の王』についての解説を始めた。


「大森林は森の王が存在することで成り立つ一つの生命なのだ。森は王次第で癒しの場になり、破滅の場にもなる。そして後継がない状態で王が死ねば森もまた死ぬ。ここ数千年はエルフが王を務めていたが、今その座が簒奪されそうになっている」


「地位を奪われることを阻止したいのか? 体制は権力を守るためならなんでもする」


 ヴォルクは自身の経験から来る嫌味を言ってみせるが、やはりヤンは無表情だ。


「私達は地位を守りたいのではない、森を守りたいのだ。善き者であれば王の座などいくらでも譲ろう。ただ、今回は違う。相手は『遺骸の王』と名乗る上級のアンデッドだ」


 遺骸の王。ヴォルクには聞き覚えがなかった。


「何故アンデッドが大森林の王など担おうとする。奴等には墓場が似合いだろう」


「遺骸の王は元ヒューマンで、大規模な賊の集団の頭領だったそうだ。今はデュラハンとなっているが、森の王になることで大森林の生命力を吸収し、さらに力を貯めようとでもしているのだろう」


 大規模な賊の集団の頭領。ヴォルクには途端に聞き覚えのある話になってきた。

 

 賊の頭領といえば、ヴォルクがB級の冒険者に上がり『ライヒの殺し屋』と渾名されるきっかけとなった事件だ。

 ヴォルクが返り討ちにした相手が偶然、王国全土を荒らす賊の頭領であったため、一気にギルドランクを昇格させることとなったのだ。


 そういえばその賊集団は、自らを『骸の騎士団』と名乗っていた。

 大層に騎士団と言っても、構成員はほとんどがただのチンピラだった。

 ただ、ヴォルクが討ち取った長含め幹部数名が、元は王国騎士団に所属し、国から離反した反逆者だったためだ。


「その遺骸の王とやらを生前に断頭したのは、多分俺だろう。首無しの死体は王国に引き渡した。確か街中で見せしめにされたと聞いたが」


「その情報は知っている。骸の騎士団の頭領の遺体は、王国が責任を持って処分したそうだ」


「それで? いい加減この話がエレインとどう関係するのか教えてくれないか?」


 それまで無言で話を聞いていたエレインもそれに同調した。


「無論だ。遺骸の王は死んだ後、何らかの方法で生前の意思を保ったまま、屍人として蘇ったようだ。私達の戦士が戦術的に攻撃を仕掛けてくる首無しの屍人を目撃している」


「それって、まるでわたしのようです……」


 アンデッドの少女が言葉を漏らす。


 ヤンは話を続けようとしたが、ヴォルクがそれを遮った。


「待て、首無しの屍人とはおかしな話だ。頭のない屍人は行動できない」

 

「そもそも屍人には生前の意思などない。奴は常識を超えたアンデッドなのだ。結局その屍人は数名の死者を出しながら光魔法で撃退できたが、そのとき奴は千切れた首の中に魔石を詰め込みその場から逃走していった」


「魔石を取り込んで回復したんですね?」

 

 ヤンはエレインの言葉を肯定し、話を続けようと言った。

 

「次に私達が発見したのは、首なしの屍鬼だった。奴はエルフの戦士でも手に負えない力を持つまでに成長していた。何度かの遭遇戦で私達は二十名の死者を出しつつ、致命傷を与えることができたが、奴は魔石を摂取することで即座に回復し、より強くなっていった」


「そして、今か……」


「そうだ。奴はアンデッドの部下を率いながら大森林を侵略している。デュラハンとなった今は日光と火魔法の弱点を克服した。元が騎士であるため、防護魔法の使用もできる。打つ手なしだ」


 ヴォルクはヤンが言わんとすることを理解した。


「エレインも遺骸の王と同じだと言いたいんだな」


「リルとの戦闘を見させてもらったが、彼女は屍鬼なのだろう? そして元は屍人だった。エレイン殿も魔石を摂取し続ければ、いずれより上位のアンデッドに変化するだろう」


 上位アンデッドは陽の光を弱点としない。エレインにとってはまたとない成長だ。


「私達エルフでは遺骸の王には勝てない。このまま奴を放置すれば大森林は死に、中に棲息する魔物達は野に放たれる。遺骸の王はさらに強力なアンデッドとなり人類に害を及ぼすだろう」


「そこまでの規模の話ならば、王国軍に頼むべきだ。一介の冒険者がどうにかする話を超えている」


 ヴォルクの発言は真っ当だろう。

 デュラハンに勝てる勝てないは置いておいても、失敗すれば地域一体が滅びるような話は国家規模の対策を行うべきだ。


「問題はそこなのだ。ここからは私の推測になるが……」


 ヤンは前置きを挟みつつ、こう続けた。


「遺骸の王を特殊なアンデッドへと変貌させたのは、王国が関与しているのではないかと考えている。軍は信用できない」


「根拠は?」


 帝国軍はイカれていたし、王国軍は不敗している。

 ヴォルクは彼等に良い思い出などなかったが、流石に強大な賊の長をアンデッドに変貌させ野に放つほど愚かではないと考えていた。


「遺骸の王の軍勢はスケルトンが大半だが、そのほとんどが潤沢な装備を身につけている。大森林の中では手に入らないものだ」


「王国製の武器だと言いたいのか? 軍がアンデッドに武器を供与するメリットがない」


「理由は分からないがな。しかし貴族はエルフを愛玩動物程度にしか見ていないし、森への敬意もない。大森林が死ぬことの重大性など理解できるはずもないだろう」


 彼の言う事に一理はあった。エルフの奴隷は貴族の間で非常に高価で取引され、愛用されている。

 また、ヴォルク自身も大森林への理解など今までなかったのだから、温室で育った王国貴族達にその霊的な重要性を説いても意味はないだろう。


「だが、軍勢を率いた強力なデュラハンがアランゲンの近くで成長することを放置はしないだろう。貴族に陳情はしたのか?」


「門前払いだ。遺骸の王の狙いは王の座だけで、今のところ私達以外への被害を与えていない。普通のヒューマンは大森林に近づかないからな。話を信用してもらうだけの根拠を示せなかった」


 ヴォルクはヤンからの話を聞き、大体の情報を掴むことができた。

 確かにエルフ達は街の冒険者達に依頼を頼むしか道はないようだ。


「話は分かった。十分な宝石を用意し、ギルドに依頼を出せ。冒険者達がこぞって大森林に向かうだろう。デュラハンもすぐに討伐される」


「それはできない。エルフは遺骸の王を倒すためなら死を恐れないが、それよりも大量の人間達に大森林を犯されることを恐れる。森の屈辱は私達の屈辱でもある」


 ヴォルクはヤンを見込みのある男だと感じていたが、やはり彼もエルフの一人なのだと思い知った。


「遺骸の王を倒さねば森が滅ぶのだろう? 人海戦術は人類が最も得意な戦法だ。四の五の言わず数に頼れ」


「できない。遺骸の王を倒すために連れ行ける冒険者は、圧倒的な力が約束された一部の者のみ。つまりヴォルク殿、あなただ。どうか頼みたい」


 これがエルフの価値観なのだろう。

 森を守りたい。しかし、その過程で森が汚されるのも許容できない。

 そのため、英雄と呼ばれるような冒険者のみを連れて行き、数を絞りたいのだ。


「報酬は? 軍勢を率いたデュラハンを少数での討伐など、宝石の山を出されても割に合わない」


「エルフの秘技を与える。冒険者の貴方ならきっと満足するものだろう」


 ヴォルクはヤンの言葉に興味を惹かれた。数千年を生きるエルフ達が隠す技だ。半端なものではないだろう。


「秘技とはなんだ」


「その者に、私達エルフが信仰する自然の神々からの〈加護〉を降ろす技だ。獣人である貴方には獣としての力をさらに発揮する加護を。アンデッドであるエレイン殿には何の加護が与えられるか分からないが、もしかすれば人間に戻るような加護もあり得るだろう」


 エルフから与えられる加護が命を賭けるほどの価値があるかは分からないが、ヴォルクはその特別な報酬に満足をしたようだ。


「勿論先払いなんだろう?」




 次の日の早朝、四人は宿を後にすると商店で幾らかの買い物をした。

 大森林まではアランゲンから二日ほどの距離だ。相応の準備が必要だった。


 昨日の事件から一晩経ったが、あれからヴォルクに対するリルの態度は一変していた。師匠であるヤンから何かしらの指導が入ったのだろう。

 師匠が自分の命を救うため、自ら耳を切り落としたのだ。弟子であるリルも責任を感じているはずだ。


「あの、ヴォルク様。昨夜はその、大変失礼なことを致しました。連日の行動を含め、えと、謝罪させて頂きます……」


「挑発以外の言葉も話せるんだな。これからは仲良くおしゃべりできそうだ」


 リルは非常に気まずそうな顔をしていた。ヴォルクのそれが皮肉だということがよく理解できたからだ。


「勿論です、ヴォルク様…… それでその、私に対して、何かその、罰を与えるようなことは考えてらっしゃいますか?なければないでいいのです! ただ師匠に聞いてくるよう言われたので、一応……」


「罰とは何だ? 両耳を落とせ、とかか?」


「ひぃ!」


 リルは恐ろしげな顔を浮かべ、自身の耳を手で隠した。

 エルフにとって耳の切断とは、それほど重いことなのだろう。


「ヴォルクさん! リルちゃんを虐めないであげてください!」


 エレインは縮こまってしまったリルを優しく包んだ。

 昨晩は彼女の魔法により全身を切り刻まれたのだが、恨みを抱いてる様子はないようだ。


「ヴォルクさんは一見すると怖いですが、ああ見えて奴隷に優しいんですよ。一緒に頑張りましょう?」


 それはエレインの精一杯の優しさであったが、リルには無駄なようだった。


「あたしって奴隷になること確定してるんですか!?」


 四人は大深林への道を歩み始めた。


【Tips】骸の騎士団。王国全土を股にかける賊集団。頭領含め幹部数名が元王国騎士であるため非常に戦力が高く、ヴォルクが功績を上げるまで、末端の捕縛にしか至っていなかった。騎士達が何故王国を裏切ったかは知られていない。

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