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010 蝙蝠

 洞窟内に足音が響き、反響する音がヴォルク達の耳に届く。足音がすぐ近くまで聞こえてくると、ついにその正体が判明した。

 二人の前に現れたのは、白髪の目立つ初老の男だった。


「私の魔物達が随分殺されたと感じて来てみれば。なんだ、獣風情と小娘が一人か」


 男は冷徹な表情で二人を見下すと、手にしたステッキをつきながら、再び歩き出した。

 ヴォルク達は警戒を強めながら、その場を微動だにしなかった。


「その娘、見覚えがある。私の〈クリエイトアンデッド〉が通じなかった女だ。なぜ動いているのかね」


 ステッキからの小気味良い音が洞窟に響く。

 男の尊大な態度からは彼の余裕が感じられ、その場の空気を圧倒的に支配していた。


「獣人の血など吸う気にはならんし、しかし死体の血とは。もっての外だな……」


 男が着る上等なダブレットは血が滴っており、新鮮な血の匂いがヴォルクの鼻腔を刺激した。つい先程まで人の血を啜っていたばかりなのだろう。

 ヴォルクは男に銃を向けると、唇から牙を剥かせた。


「人間ぶってないで、さっさと化けの皮を脱いだらどうだ」


 男は見下した笑みでヴォルクを見つめると、また口を開いた。


「魔導銃か、珍しいものだ。私も帝国には行ったことがあるが、あそこは伝統というものがなくてかなわん。しかし、そんなもので私が殺せるとでも思っているのかね」


 ヴォルクは指を引き金にかけ、応えた。


「やってみなきゃ分からんさ」


 三五式の銃口から土魔術で形成された石の弾丸が射出される。洞窟に響く連続した発射音は、ヴォルク達の鼓膜を焦がすかのようだった。


 弾丸は男の身体をズタズタに引き裂くと体内で炸裂し、さらに肉体への被害を拡散させた。男は衝撃に耐えきれずに床へと倒れ伏す。

 普通の生物であれば間違いなく、即死である。


「ヴォルク様! 倒したのでは……!」


 エレインは小躍りするかのようにヴォルクにしがみついた。

 

「これで死ぬなら吸血鬼はおとぎ話になんて出てこないさ」


 ヴォルクの言うことは間違っていなかった。

 

 洞窟内に、突如として無から這い出たかのように、無数の蝙蝠が天井を飛び回り始める。

 幾百にもなるその群れは倒れた男の周りを囲うように飛び回ると、そのまま男の身体の中に取り込まれていった。

 

 そうして数多の黒い影から現れたのは、巨大な羽を携えた、吸血鬼と呼ばれる一匹の蝙蝠の魔物だった。


「あれが吸血鬼の正体だ」


 ヴォルクは冷静に魔導銃を連射する。大量の弾丸は確実に吸血鬼の身体を貫いているが、特に効果がある様子はなかった。

 

 吸血鬼は羽を広げ洞窟内をふわりと飛び上がると、闇の魔力を操作し始める。


「幽々たる刃、生きとし生けるものの鼓動を止めん。六本の魔の手、回り続ける影の囁き」


 吸血鬼の裂けた口から、穢れた魔法の詠唱が流れ出る。


「まずい! 闇魔法がくるぞ、退け!」


 ヴォルク達は吸血鬼から距離を取り、大量にある本棚を陰に身を隠す。


「〈シャドウブレード〉」


 吸血鬼の周囲に、回転する暗色の刃が現れる。

 刃は高音を発しながら空中に留まると、周囲の壁、本棚、机、全てを切り裂きながら、ヴォルク達の元へと迫った。


「拠点を移さなければな……」


 吸血鬼は愚痴をこぼしながら、余裕のある態度で空中に浮かんでいた。


「避けろ!」


 ヴォルクは叫び、魔法の刃を最小の動きで避ける。それに続きエレインもすんでのところで回避はできたが、彼女の首筋には薄らと切り口がついていた。

 ヴォルクはともかく、エレインが回避できたのは奇跡に近い。この状況も長くは続かないだろう。


「とにかく奥に退け! 奴は俺がなんとかする!」


 ヴォルクは三五式の引き金を引き続けながら、いくつもの魔法の刃を避け続けていく。


「はいぃ! 逃げます!」


 エレインは驚異的な膂力を持ってはいたが、つい最近まではただの街娘だった。圧倒的に格上の魔物との戦闘に恐怖を覚えないはずはない。

 彼女は金砕棒を持つと、脱兎の如く走り去り洞窟の奥へと退いていった。


 これで一対一の戦いになった。

 だがヴォルクはかえってこの方がやりやすかった。いくら再生力が高いとはいえ、戦闘経験はそこらの小娘と変わらないような味方など、いない方が動きやすかったのだ。

 

 しかし、吸血鬼に対して有効打がない現状では、味方がいようがいまいがヴォルクの窮地に変わりはない。彼は内心の焦りを隠せないでいた。


「すばしこい獣だ。なかなかやるな」


 吸血鬼は魔法の刃の操作を続けながら、同時に、新たな魔法詠唱を始める。


「魔弾の旋律。悲鳴を上げる嘆願の重唱。暗き死を。暗き死を。暗き死を」


 ヴォルクは現状でさえ攻撃を避けるのに懸命にならざるを得なかったのだが、追加の魔法詠唱を聞くと、すぐさま思考を切り替えることにした。


 ――こっちも使うしかないな。


 ヴォルクはまだ状況を改善させる術を持っている。光の魔力操作の適性により発動できる二つの魔術があるのだ。


「〈加速〉」


 ヴォルクは先ほどまでとは比べ物にならないほどの体捌きを見せる。身体強化魔術〈加速〉により、彼の身体は風のような素早さを獲得していた。

 

 吸血鬼からの攻撃を避ける動作に大きな余裕が生まれ、必然的に、攻撃に充てる時間が長くなる。


 ヴォルクが光の魔術を出し惜しんでいたのには理由があった。

 光と闇の魔導は、神の権能の間借りようなものである。そのため、特徴として魔力がいくらあろうとも、一日の行使回数が限られているのだ。

 追い詰めた時、追い詰められた時以外で、そう簡単に使える能力ではなかった。


 ヴォルクの魔術使用に合わせ、吸血鬼の詠唱も終わる。

 

「〈デモンズバレット〉」


 闇の刃を回避するためヴォルクが中空へと飛び上がった瞬間、吸血鬼の手先から深紫の鋭利な弾が一直線に放たれる。ヴォルクの軌道からするに避けることは不可能だ。


「〈矢避〉」


 ヴォルクの口から新たな魔術が表出される。

 それはエレインに初めて接触した際にも使った魔術、矢避だ。この魔術は数瞬の間、自身に向かって放たれる投射物の軌道を逸らすことができる。

 吸血鬼から放たれた高速の魔弾は、ヴォルクの左右へと別れ外れていった。


「光の魔術が使えるのか……しかしその様子では初級で精一杯といったところか」


 吸血鬼の推測は当たっていた。中級以上の光の魔導が扱えられれば魔物に対して効果的な攻撃もできていたが、ヴォルクにその術はない。


 〈加速〉により余裕を得たヴォルクは、どうにかこの状況を切り抜ける方法を考えていた。

 吸血鬼は不死身に近い。それは無限に近い再生能力と、魔力の核である魔石の硬度が非常に高いためであった。

 

 以前ヴォルクがこの生物と戦った際は、部隊での一斉射撃によって核を傷付けることに成功し、撃退を可能にした。

 

 しかしそれも、部隊内に魔導士が数名ついていたため一瞬の間捕縛ができ、動きを止められたことでできた芸当だった。単独での戦闘を行なっているヴォルクには不可能だろう。

 

 今は倒す方法を置いておき、どうにかして屍人の娘と共にここから逃げる算段を立てなければならなかった。

 

 ヴォルクは激しい戦いを繰り広げる中、どうしても避けられないタイミングで放たれる魔法弾に対して、矢避の魔術を使わざるを得なかった。

 

 光の魔導は一日の使用制限がある。このまま戦闘を続けてもいずれは限界に達し、致命傷を負うことになることが容易に予想できた。

 

 せめて、吸血鬼の魔石さえ露出させることができれば……


 ヴォルクにはまだ、秘められた特殊な能力があった。

 それはまさしく奥の手ともいうべき技で、使うタイミングを絶対に誤ってはならないものだった。

 

 それをいつ使うべきか。タイミングを逃せば戦略的な勝利の可能性は無くなるだろう。

 ヴォルクの集中力と緊張感は最高潮に達していた。


「この手は使いたくなかったのだが……」


 吸血鬼は魔法の刃の操作を辞め、そう呟いた。


「〈テレポートアンデッド〉」


 吸血鬼が囁く闇の魔術により、洞窟内に屍人の群れが転送される。彼等は吸血鬼が街から連れ去った街人の成れの果てなのだろう。吸血鬼に魔物化されることで使役され、転送魔術の対象となったのだ。


 ヴォルクの周りを囲むアンデッドの群れ。屍人一体一体ならば対処のしようもあったが、圧倒的な物量による攻撃は彼の処理能力を完全に上回っていた。

 

 ヴォルクは洞窟内を駆け回りながら、なんとか屍人を各個撃破していく。だが、あまりの数に始末が追いつかず、つい、吸血鬼への集中が疎かになった。

 

 一体の屍人がヴォルクの腕に噛みつこうとする。ヴォルクがそれにカウンターを入れようと半身を逸らした瞬間、


「〈デモンズバレット〉」


 高速の魔弾がヴォルクの元へ放たれる。矢避を使う時間もない。

 ヴォルクは体勢を大きく変え間一髪で魔法を避けた。

 しかしその瞬間、左腕に強烈な痛みが走る。目の前の屍人が、ヴォルクの鍛え上げられた太い腕に噛みついていたのだ。


「放せ!」


 ヴォルクはアンデッドを殴り付け、頭蓋を粉砕させる。

 全身が血に塗れるがそんなことを気にしている場合ではない。

 

 腕を見ると、傷口は見事に歯形の形にかじり取られおり、酷い出血をしていた。

 幸い銃を構えるのに支障はないが、凄まじい痛みが彼を襲った。

 ヴォルクは近づいてくる屍人達の頭を銃撃により弾き飛ばすが、その動きは明らかに以前より精彩を欠いている。


 ――このままでは本当に死ぬな……


 追い詰められたヴォルクが秘められた奥の手を解放しようとしたその時、


「陽は万物を照らし恵みを与えん。太陽神の名の下、かの者の創痍を癒さん」


 洞窟の奥から知った女性の声がした。それは下級の治療魔法の詠唱で、傷口を修復する力がある。


「〈ヒール〉!」


 ヴォルクの左腕が淡い光に包まれ、かじり取られた肉が再生していく。


「エレイン!」


 ヴォルクは洞窟の奥へと逃げていった仲間が、再び戻ってきたことに気付いた。


「ヴォルク様! 助けが必要なようですね」


 人としての意識を保つ屍人エレイン・フリッチュが、金砕棒を引っ提げ堂々と立っていた。


【Tips】身体強化魔術。読んで字の如く、身体を物理的に強化する魔術。戦闘に応用することで、格闘戦で大幅な優位が見込める。光魔術であるため、一日の使用制限があることに注意が必要である。

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