表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/26

001 衝突

 始まりはいつも唐突だ。

 

 彼は名をヴォルクという。

 獣人族で、おそらくは狼の血統である。()()()()というのは、犬の獣人より顔が精悍な気がするという本人の思い込みがあり、狼であると周りに通しているだけだからだ。

 

 生まれは知らないが、育ちは帝国領のとあるスラム街で、初めて暴力を覚えた年に年齢を偽り帝国軍に入隊した。

 その後八年の間地獄のような戦場を経験し続け、脱走。

 今は縁もゆかりもない王国で、しがない冒険者をやっている。


 その日の天気は晴れ。長閑な田舎道が続く、日も暮れたとある王国領の道端だった。

 

 冒険者ギルドから受けたちょっとした依頼の途中に、彼は『()()()()』を浴びていた。

 

 こんな天気になる様子はなかったんだがな、と彼はひとりごとを零した。





 

 

「チッ――奴ら四一式で固めてやがる。最精鋭だな」


 ヴォルクは吸っていた煙草を捨て去ると、道端に鎮座しめいた岩陰に隠れながら、自らの命を消し去ろうとする集団を覗き見た。

 

 統率の取れた動きをする黒ずくめの装束の集団は、黒光りした揃いの魔道突撃銃を構え、高度に連携しあった射撃を続けている。

 これがヴォルクに向けられたものでなければ、思わず拍手でも送っていただろう。

 

 魔導突撃銃を部隊運用している国など、今はまだ大陸広しといえど帝国軍だけだ。

 それも最新鋭の四一式を使用しているのは、軍の中でもヴォルクを育てた一部精鋭だけのはずだった。

 現在ヴォルクがいる王国領で偶然出会ったにしては、出来すぎている。


「生憎、銃殺される趣味はないんでな……」


 そう独りごちると、軍部を脱走した時に拝借した愛銃を両手に持ち、ありったけの魔力を込める。すると――


 ヴォルクの持つ魔導銃が魔力を吸い、激しい駆動音を立てる。

 複数の魔術がシステマチックに作動し、高速回転する円錐状の弾丸を銃口から連続で射出した。

 音速を超えた攻撃、魔導突撃銃のバースト射撃である。

 

 耳をつんざく様な音をいくつも立てて、岩の向かいにいる複数の敵に魔術で生成された石の弾丸をばら撒く。ヴォルクが上げた反撃の狼煙だ。

 

 彼が弾を撃ち込むと一瞬の間相手方からの射撃音は鳴り止んだが、それも束の間のことで、すぐに報復と言わんばかりに音速を超えた返礼が彼の元へと帰ってきた。

 

 ヴォルクが放った石の弾は敵集団へと命中したが、ほとんどが多重詠唱による防護魔法により弾かれてしまっているようだ。


「こりゃあ、話にならんな……」


 ヴォルクは自らを、そこいらの戦士や軍人よりも戦闘スキルは上だと自負していたが、圧倒的な物量の前ではそれも歯が立たない。


 ――逃げるか。


 撤退を視野に入れ、辺りを観察する。

 敵は徐々に距離を積めつつあるが、遮蔽物に隠れながら走り抜けば、何とか逃げ出せるだろうと彼は踏んだ。

 

 すると、敵集団の中央から、拡散魔法による指向性の音声が発せられ始めた。


「あ、あ、聞こえますか? ヴォルクさん。わたしです。イルゼです。無駄な抵抗はやめてください」


 イルゼ。この名前にヴォルクは聞き覚えがあった。聞き覚え、というより帝国兵時代に彼の部下だった女の名だ。よく覚えていた。


「ヴォルクさん。今はまだ処刑命令は出てないんです。大人しく投降してくれれば、悪いようにはしませんよお」


 脱走した兵士に処刑命令が出ないことなど帝国ではあり得ない話であるから、彼女が言っていることは十中八九嘘だろう。

 ヴォルクはそれを見抜き、彼女が自らの部隊の被害を抑えて楽に処刑を遂行するための罠であると確信した。


 ヴォルクは獣人ならではの大声で、彼女に返答を返す。


「お前らに屈服するほど、帝国に飼い慣らされたつもりはないな!」


 それは八年間の怒りが込められた叫びだった。


「もお、仕方ないな。ヴォルクさーん! このまま逃げ続けるようなら本当に殺しちゃいますからねえ」


 二人の会話の間だけ一時的に収まっていた銃弾の嵐だったが、この言葉を後にまた射撃の応酬が始まった。

 

 ヴォルクの正面には六人の敵集団がいるが、彼の狼由来の優秀な聴力は、その他に左右どちらの方向からも二人ずつの人間が足音を立てていることを聞き分けた。


 ――奴らの部隊は十人前後ってとこか、勝ち目はないな。


 ヴォルクはそう判断すると、愛銃を肩にかけて全速力で道端から森の中へと走り込んだ。

 このまま森の中に隠れこみ、走り続ける。

 

 幸いヴォルクには、それをするだけの俊敏さや持久力は備わっているため、なんとかなるだろう。

 精鋭十人を相手取って大立ち回りをするよりも、泥臭く逃げ続けた方が生存率はずっと高い。


 彼は軍務に就いていた頃からそうして、英雄を気取らないことで地獄の八年間を生き延びてきたのだ。


 土から天に向かって伸びる、背の高い木々の隙間を縫って、走り続ける。

 背後からの銃弾が身体を掠めこともあるが、幸い致命傷は貰っていない。

 まだ行けるという確信が彼にはあった。


 油断はなく、恐怖もなかった。あったのは不運だけ。

 走りづけたヴォルクの先に見えたのは、ひとりの少女だった。


 長い黒髪に、白すぎる程の肌と華奢な身体付き。

 ヴォルクは瞬時に今日冒険者ギルドから受けた依頼を思い出す。いや、()()()()()()()()()

 

 獣人であり鼻が効くヴォルクにはうってつけの依頼である、森で行方不明になった少女の捜索。

 目の前には正しく依頼文の特徴に合った、森には似つかわしくない少女が一人。


「まさかお前、エレイン・フリッチュか?」


「そうですが……あの、もしかして探しにきてくれた方でしょうか? でもさっきから聞こえてくる音は……?」


 ヴォルクは少女へ答えを返す間もなく、彼女の小柄な身体を抱きかかえると、再び森の中を疾走し始めた。

 彼は知っていた。帝国兵が特殊作戦中であれば、そこらの子供を殺すことに何の躊躇もしないことを。


 ヴォルクの本来の目的は、この子供を見つけることで、自分を殺しにわざわざ隣国までやってきた特殊部隊を相手にすることではない。


 なにより、みすみす小さな子供を見殺しすることなど出来はしなかった。


「チッ――。これで俺が死んだら、誰を恨めばいいんだ?」


 怒りというよりは嘆きに近い文句を吐きながら、森の中を駆け回る。


 ヴォルクは日に数回しか使えない防護魔術を、腕の中の少女を対象に発現させた。

 これで彼自身にかかっていた矢避けの魔術は少女へと移ることになる。しかし、背に腹はかえられない。

 ここで彼女を自分のいざこざに巻き込んで死なす訳にはいかなかったからだ。

 

 時折、銃弾がヴォルクの身体を削り取り、痛々しい生傷ができる。

 獣人である彼は汗をかくことはないが、小さな命を腕に抱えながら銃火の中を潜るのは、相当に気疲れするものだった。魔術の安定さも欠けることだろう。


 後方からは女の声が指向性魔術に乗って垂れ流されているが、無視する。

 なにやら、子供を抱えて逃げられる訳ない、とか、早く私の元に帰ってきて、など喚いているようだが、それに構ってられる余裕はない。

 

 腐った木々や野草の匂いが薄くなってきた。いよいよ森を抜けるようだ。ヴォルクはそれでもなお全速力をもって走り続けた。息の続く限り。

 

 都市へと続く大きな街道に差し掛かるといったところで、追手はとうとう追いつけなくなったのか、または作戦の続行が不可能だと判断したのか、徐々にその気配が薄くなっていった。


 泣きじゃくる少女を腕の中から街道へと降ろすと、ヴォルクはぐったりとその場に倒れてしまった。


「ハア……ハア……ハア……」


 体温の過剰な高まりを逃すため、ヴォルクは舌を出して荒い呼吸をする。

 獣人にはよく見られる光景だが、街中でこのような行いをすれば、やれ「獣と同じだ」「恥を知らない」などと揶揄されることだろう。


 だが周りにいるのは今しがた救出した街娘ひとりであり、恥や外聞を気にする必要はなかった。

 ヴォルクは一通り呼吸を整えると、少女に顔を向け話しかけた。


「俺の名はヴォルク。冒険者をやっている。お前の両親からの依頼で、この森で行方不明になった娘を探しにきた」


 身分の証明に、B級冒険者の証である、銀の認識票を見せる。

 

「エレイン・フリッチュです……探しにきてくれたことには感謝を申し上げますが、さっきの人達は……?」

 

 彼女は突然の出来事の連続に大いに驚いているようで、顔を蒼白に染めながら、ヴォルクにそう問うた。


「巻き込んで申し訳なかった。少し訳ありでな、帝国兵に追われてたんだ」


 森の中で行方不明になっていたのを助けたことは事実だが、ヴォルクが来なければ帝国兵に蜂の巣にされる危険に犯されることはなかったはずだ。

 まずはそのことに対する謝罪。


「奴らも王国兵とやり合う気はないだろう。ここまで来れば心配はないさ」


 ヴォルクを追っていた部隊の気配は霧のように消えてなくなった。不安は残るが、街の近くまで行けば衛兵も多くなる。まず大丈夫だろう。


「はあ……分かりました。それで……街まではこのままご一緒願えるのでしょうか?」


 不安そうに問いかけた少女に、ヴォルクはしっかりと頷いた。

 彼女はこの三日の間、森の中でひとり彷徨っており、遂に人を見つけたと思った矢先に銃撃戦に巻き込まれたのだ。不安になる気持ちは分かる。


 ヴォルクは少女を連れ、彼女と自らが住む王国領最大の都市、アランゲンへと歩みを進めて行った。





 


 城郭都市アランゲンは大陸の中央にあり、帝国の西、共和国の南東に位置している。広い運河の近くで発展した王国有数の巨大都市で、現在ヴォルクが居を構える都でもあった。

 

 城門までたどり着くと、馴染みになった門番に銀の認識票を見せ、城郭を潜り抜ける。

 ごろつきだらけの冒険者と言っても、B級ともなれば相応の格があるというもので、身体検査も簡単なものだった。

 門番に軽く労いの言葉をかけると、少女を連れまずは冒険者ギルドへと向かった。

 

 ギルドには彼女の両親が今かと帰りを待っていたようで、ヴォルクが声をかけるよりも早く、娘の身体を深く抱きしめた。

 この分であれば報酬もすんなりと受け渡されるだろう。

 

 ギルドの受付に事の顛末を話すか迷ったが、結局は話すことにした。ヴォルクが話さずとも、いずれ娘から伝わってしまうことだろう。

 

「依頼の少女は無事見つけたが、その前に帝国兵に襲われた。多分俺が所属してた部隊の奴らだ」


 帝国兵に襲われたという言葉を聞き、受付嬢が目を丸くする。当然だろう。ここは腐っても王国有数の巨大都市だ。たった十人ほどの少数部隊であっても、帝国軍が領域を侵犯していることなどあってはならないのだ。


「本当ですか、それは! すぐギルド長に報告します!」


 ――ああ、こうなるから話したくなかったのだ……


 それからヴォルクは数刻の間、ギルド長からの取り調べならぬ、事情聴取を受けることとなった。

 ただでさえ問題を起こすことが多い男だったが、帝国軍時代の人殺し仲間が王国領まで遠足にやってきたなど、前代未聞の大問題だった。

 

「この件は私よりもっと上の立場の人間でないと対処できんな」


 ギルド長からの言葉を終わりにして、ヴォルクはやっとのことでギルドから解放された。


 受付嬢から報酬を受けとりギルドを後にすると、依頼主家族が出入り口の前で待っていることに気付いた。

 ヴォルクに深々と頭を下げると、それぞれ感謝の言葉を述べた。


「次からはその娘にリードでも付けといてくれよ」


 憎まれ口を叩きながらヴォルクはさっさとその場を後にした。適正な報酬をもらったのだ。そこまでされるのはむず痒い。


【Tips】魔術。詠唱を必要としない魔力操作技術。魔法に比べ威力や範囲などは劣るが、利便性に優る。



 ステータス

  名前:ヴォルク

  種族:獣人

  魔術:中級火魔術

     中級土魔術

     初級防護魔術

     初級身体強化魔術

  魔法:初級医療魔法

  技能:???操作

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
堀内コウさん、お世話になっております。柳アトムです。 少し期間が空いてしまってすみません(汗 X等でフォローいただきましたお礼で、ようやくやってまいりました。 宜しくお願い致します。 さてさて、雨は…
続き待ってます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ