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針の聖女と駆け出し冒険者

作者: 水鞠氷

ファンタジー小説です。

魔王がいますし、魔獣もいます。聖女もいます。

ただ、全然魔王は出てこないです。


 ある村で、近くの山奥に『針の聖女』と呼ばれる女が住んでいるという噂があった。

 なんでもその聖女はどんな怪我でも、どんな呪いでも、たった一本の針で治してしまう――そんな奇跡の力を持っているらしい、と。

 

 おとぎ話に近い噂を誰もが笑い話としていたが、駆け出し冒険者のトールは違った。


 トールはその噂を聞いた翌日。

 『針の聖女』がいるとされる山奥へと訪れていた。なぜなら、トールは『針の聖女』を仲間にしようと考えているからだ。トールは怪我や呪いが怖く冒険者になんてなりたくなかった。けれど、とある理由により冒険者にならなくてはならず、現在自分と一緒に冒険してくれる仲間を探しているからだ。特にトールにとっては治癒師が一番メンバーに欲しく、何度も募集をかけている。しかし、そもそも治癒師は数が少ないため駆け出し冒険者のトールのパーティーには誰も入ろうとしなかった。だから、トールはわざわざ遠くの村まで足を運び、藁にもすがる思いで『針の聖女』に頼みにやってきたのだ。

 

 山奥に続く道は綺麗な川や花が溢れおり、野ウサギやリスなど自然豊かで心安らぐ道のりだった。

 しばらく風景を楽しみながら道に沿って歩いていたトールだが、視線の先に小さな家があるのを発見した。

 少し小走りで家の扉の前まで行き、自身の身だしなみを整えとノックする。


「すみません!駆け出しではありますが、冒険者のトールと申します。お話をしたいので、少しお時間いただけませんか」


 緊張した様子で扉を叩くが、返事はない。

 

 (もしかして聞こえていない?)

 

 そう考えたトールはもう一度扉を叩こうとするとするが――


「あら? 貴方どこからいらしたの?」


 叩く前に突然後ろから声が聞こえた。

 トールは慌てて後ろを振り向くと、そこには黒い修道服を着た真っ白な長い髪を持つ女性が立っていた。その女性は金色の瞳が特徴的で日の光に反射してキラキラと目が輝いているように見えた。

 しばらく見つめ合う状態になっていたが、トールはハッと意識を戻し、慌ててその女性に噂の『針の聖女』について聞くことにした。


「あ、あの!すみません、この家に住んでいる『針の聖女』についてご存じでしょうか?俺、その人とお話したくて……」

「あら、お客様でしたか。では、中でお話をお伺いしますわ」

「えっ、じゃあ貴女が――」


 トールがそう言いかけると、女性は振り向く。


「えぇ。私が『針の聖女』と呼ばれている、マリーと申します」


 ふわりと微笑むマリーの姿はまさしく聖女そのもの。

 トールは目を奪われ動けなくなるものの、マリーはトールの手を引き家の中へと招き入れる。

 

「さぁさぁ、どうぞ」

「ちょっ!?」


 突然のできごとに、トールは咄嗟の行動がとれずあれよこれよと家の中に入ってしまい、気がつけばお茶を飲んでいた。


(どうしよう……)


 トールは困り果てていた。なぜなら、話の切り口がわからなくなってしまったからだ。

 進められるがまま家の中へと入ってしまえば、出されたお茶とお菓子を食べてしまい、一体どのタイミングでパーティーメンバーの誘いをすればいいのか分からなくなってしまったのだ。

 すると、困り果てたトールの思考を読んでいたのか、マリーはゆっくりと口を開く。


「そういえば、本日はいかがなさいましたか?」

「!」


 マリーの言葉に、トールは「今だ!」と思い、すぐさま自身の目的を話す。


「実は俺、パーティーメンバーを募集しているんです。何度も募集をかけていたんですが、中々集まらなくて……ですがそんな時、たまたま立ち寄った村で貴女の噂を聞いて、もし冒険に興味があれば一緒に旅に出てくれないかと思いまして……お誘いしにきました!」

「あら、そうでしたか……ちなみに噂とは?」

「えっと、貴女が針を使ってどんな怪我や呪いでも治せる、という噂を……」

「――なるほど」


 マリーはそう答えると少しだけ視線を落とすが、トールの胸元を見てどこか驚いたような表情を見せる。

 

「……ところで、そちらの短剣は?」

「これ、ですか?」


 マリーの指摘にトールは胸元にある短剣へと視線を落とす。

 トールは現在二本の剣を所持している。一本は胸元にある紅い宝石がついた短剣。もう一本は腰元にある蒼い宝石がついた剣だ。

 昔から手元にあるだけで、この剣についてトールは特に思い入れはない。


(もしかして、この剣欲しいのかな?だったら……!)


 トールはこの剣を交渉材料として使おうと決め、マリーに提案を持ちかける。


「もし一緒に冒険をしてくれるのでしたら、こちらの剣お譲りしますよ!」

「いえ、結構です。ただ、その宝石が綺麗だなと思っただけですので」

「えっ、あっはい……」


 しかし、トールの提案はバッサリと断られてしまった。どうやら欲しかった訳じゃないらしい。

 トールは若干恥ずかしい気持ちになったものの、再度マリーの方へと視線を向ける。

 マリーは未だに何か考えており、険しい表情をしている。

 そんなマリーを見て、トールは一言声をかける。

 

「あ、いや!冒険に少しでも興味があればどうかなーって感じでして!無理にとは言いませんので!……あはは」


 否、嘘だ。トールは土下座でもする勢いで本当は頼み込みたかった。しかし、マリーが悩む素振り以上の反応が見えなかったため、トールはそう口走ってしまったのだ。


(やっぱりだめか……ま、俺だって逆の立場なら絶対嫌だしなぁ)


 トールは肩を落としながら心の中で愚痴る。

 それもそのはず。トール自身、何度か駆け出し冒険者からのお誘いはあった。けれど先程も言ったとおり怪我や呪いが嫌ですべてきっぱりと断っていた。

 だから、断られても仕方がないとそう思ったのだ。


 トールはマリーにこれ以上時間を取らすのは申し訳ないと思い、帰ろうとした瞬間マリーが口を開く。


「……いいですよ」

「あー、やっぱだめですよね。ぞれじゃ……えっ!?」

「一緒に行きます、冒険に。いえ、一緒に行かせてください」

「えっ、え!?」

「実は、前から冒険に出たいと思っていたんです」

 

 ふんわりと微笑む姿にトールは慌てふためいてしまう。


「いや、あの!?冒険ですよ?怪我もありますし、それに俺、駆け出し冒険者ですよ!?」

「? はい、大丈夫です。それも理解した上で一緒に冒険したいと言いました。あっ、でも一つ訂正したいことがありまして」

「訂正、ですか?」


 トールはマリーの言葉に「この人が女神か……?」なんて放心状態だったがなんとか意識を戻しマリーに聞き返した。


「はい。私、なんだか針で色々できると言われていますが……実は違うんです」

「えっ?」

「針で治していたわけじゃなくて、ツボを押してたんです。例えば、怪我の治りを早くさせるツボだったり……呪いだったら、できる限り進行を遅らせるツボを押しているだけでして……」


 マリーはそこまで言うと「……ご期待に添えない『針の聖女』かもしれませんが、薬草やツボの知識は自信があります。それでも良ければ」と頭を下げてきた。


「ま、マリーさん!?頭を上げてください!」

「ですが……」


 マリーはトールに言われたとおり頭を上げたが、どこか悲しそうな表情をしていた。

 トールはマリーの言葉に「謝らないで」と答えるが、少し問題が発生した。

 それは、マリーが治癒能力を持っていなかったことだ。薬草の知識やツボの知識があるのは普通にありがたい。しかし、治癒能力がないとなると少し話が変わってくる。

 これか本格的に魔物と戦ったりしなければいけないのに、治癒能力がなければ怪我をしたときのリスクが高くなる。それに、マリーはどこからどうみても非戦闘要員だ、戦力の見込みはない。そうなると自然とトールがマリーを庇いながら戦う羽目になる。ならばマリーのような非戦闘要員よりも同じ戦闘要員を仲間にしたほうがずっと怪我をするリスクが減るのではないだろうか。


 トールは頭の中でそう結論づけ、断ろうとした。


 しかし――。


「……大丈夫です!何にも問題ありません!これからよろしくお願いします、ですね!」


 差し出した手と共にトールの口からはマリーを歓迎する言葉が紡がれた。

 トールは本当は断りたかった。けれど、マリーの「冒険に出たい」といった言葉で、トール自信が治癒師抜きで一緒に冒険したいと、直感的に思ったのだ。

 

 マリーはトールの言葉にしばし目をパチパチとさせると、満面の笑みでトールの手を握る。


「これから、よろしくお願いします!トールさん」

「はい!」


 

 駆け出し冒険者と、ツボや薬草の知識を持った聖女がパーティーを組み、二人は冒険に出る。

 

 治癒師がいないことでやはり拭えない不安があったトールだが、その不安はすぐに解決された。

 ギルドの紹介で危険な魔物が出る森林に薬草を採りに行く依頼があったのだが、マリーの山での生活や知識のおかげで危険な魔物がいる場所を避けつつ一切怪我をしないで薬草を採りに行くことができた。他にも色々危険なことがあっても、マリーの知識のおかげで呪いどころか怪我一つ負ったことはなかった。


 トールは「これなら冒険者も悪くないな」なんて思っていたのだが、現実はそう甘くない。


 

 

 二人が冒険に出てから半年後。

 依頼のため少し遠い村に訪れた二人だが、獣型の魔物達が村に押し寄せていた。


「に、にげろぉ!」

 

 とある村人が魔獣に気付き悲鳴に近い声で叫ぶが、それよりも先に魔物の方が動き、あっという間に村人達は囲まれてしまう。

 

「い、いやぁ!やめて!」

「助けてくれ!」

「だれか、だれかぁあ!」


「――っふ!」

 

 泣き叫ぶ声にトールは反応し、腰元の剣を使い魔物を倒す。

 魔物の返り血がかかるが、トールは気にせず次々と魔物をなぎ払う。

 あらかた魔物が片付き、周りの安全が確保できたと確信したトールは村人達の方へと振り返る。


「大丈夫ですか?怪我は、ありませんか?」

「ひぃぃい……!」


 しかし返り血がついたトールが怖かったのか、村人達はどこかへ逃げてしまった。

 先程までいた村人達がいなくなると、村は静まりかえる。

 村の奥では所々地面に血が付いているのが確認できるが人の死体は見当たらない。どうやらさっきの人達が最後だったようだ。

 トールはその事実にホッとしながらも次はどうするべきかと考えているとマリーが声をかけてくる。


「大丈夫ですか、トールさん」

「俺は大丈夫、マリーは?あと、さっきの人達怪我は……」

「私もさっきの人達も大丈夫です。はい、こちらをどうぞ」


 マリーはそう言うと、トールについていた返り血を拭く布を手渡してくれる。

 トールはそれを有り難く受け取り、軽く血を拭きとりながらマリーと相談する。


「こんな平和な村の近くに魔物の巣でもあるのかな……」

「……どう、でしょうか。ここら辺は魔物が住むには少し不便かと……」

「やっぱり?だったら、どこからか移動してきた、とか?」

「可能性はありますね。ですが、ひとまずギルドに報告すべきかと」

「だね、今すぐ便りを――っ!マリー伏せて!」

「え?きゃっ!?」


 トールがギルドに手紙を書こうと提案した瞬間、村の建物に隠れていた魔物がマリーに向かって牙をむいた。

 慌ててトールが反応するが、するりとかわされ魔物はどこかへと消えてしまう。


「マリー、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。すみません、ありがとうございます」


 トールから差し伸べられた手を握りマリーは答えた。

 トールはマリーに怪我がないか目視で確認するとマリーの手を引っ張りながら村を出ようとする。


「ひとまず俺たちも安全な所に行こう」

「わかりました。あ、さっき村人達が向かった先には何となく覚えがあるので案内できると思います」

「ほんと?助かる、ありがとう」

「いえいえ!」


 二人で次するべき行動を決めていると、突然周りが暗くなる。

 まるで、なにか大きなモノによって光りが遮られが作られたような――。


 トールはその事実に気がつくと剣を抜き、マリーを守る。


「っ!……は?うそ、だろ」

「■■、■■■■」 

 

 トールが顔を上げたそこには、ギルドの張り紙や村の注意書きでよく目にしていた魔王軍の一人――スーゼルがいた。

 スーゼルが何を言っているのかわからないが、圧倒的な力の差を感じたトールは思わず剣を落としてしまう。


「■■■、■■■■?」

「トールさ、ん!」

「ぅ、あ……!」


 マリーに手を引かれるがトールは目が離せない。

 目を逸らせば一瞬で首が消し飛ぶ、とトールは肌で感じていたからだ。


(どうする、どうするどうする!)


 トールは思考を巡らせる。

 マリーを生かすには。自分が生き残るには。助けを呼ぶには。

 様々な考えが思い浮かんでは消えるを繰り返す。

 

 しかし、トールが思考を巡らせている間にスーゼルはため息をつくと「パチンっ」と指を鳴らす。すると、先程倒したはずの獣型の魔物達が次から次へと現れトール達を囲み始める。

 後ろも前も、右も左も隙間なく。


「っ……!」


 囲まれた瞬間、トールは一つだけ案が浮かんだ。自分か、マリーかが生き残れる唯一の方法が。


「と、トールさん……っ!」

「……」

「■■■■■?」

「……マリー」

「っ、はい、なんですか」

「この短剣を持っていてください」

「え」


 トールは一歩ずつ距離を詰めてくる魔物達を見て短剣をマリーに手渡す。


「な、なんですかいきなり……まさかこれで自害を……?」

「違うよ、そうじゃない」


 悲しそうな声で聞いてくるマリーにトールは寄ってくる魔物達から視線を逸らさずに答える。


「その短剣には呪いがかけられているんだ。といっても、発動するには条件がいるんだけどね」

「……呪いが……?」


 トールの答えにマリーは「自分を呪い殺す気なのか」と怪訝そうに短剣を見つめる。

 しかし、トールの口から出た言葉はそうではなかった。


「……半径50メートルにいる生物を、絶対に殺す呪いだよ」

「……」

「あ、でも短剣を持っている人は死なないんだ。だから安心して」

「ま、まってください……!それだと――」

 

 ――貴方が死んじゃう。

 マリーは確かにそう言おうとした。


 しかし、マリーはトールの表情を見てその言葉を飲み込んでしまった。

 マリーの目には「あとは頼んだ」と言わんばかりの表情で覚悟を決めたトールの姿がうつってしまったから。

 マリーはその姿を見て思わずきゅっと口元を結び俯いてしまう。


「……ごめんね、じゃあ後は頼んだよ。呪いの発動はあと一つで達成するから。待ってて」

「っ、まっ、トールさん!」


 トールはマリーにそう伝えると落ちた武器を広いスーゼルの方へと走る。


「■■■■■■■■、■■■■■■■■■■!」

「はぁあっ!」

「■■■!」

「っ、!」

「トールさんっ!?」


 しかし、トールはあっけなく魔物達の方へと吹っ飛ばされる。


(まだだ、せめて少しでも……!)


 トールは短剣の呪いを発動させる前に少しでも傷跡を残そうと、立ち上がる。

 だが――。


「ぐぅ、あぁっ!?」


 立ち上がった瞬間を狙ったかのように、一匹の魔物がトールの足をかじる。

 バランスを崩したトールは倒れてしまう。体制を立て直そうとするが、まるでそれすらも狙っていたかのように次々と魔物達がトールを噛む。


 手、頭、足、胴体、そして――首。


 あっという間にトールの身体は重症になってしまった。

 薄れゆく中で、トールは魔物達の隙間からマリーと目が合う。

 マリーは必死に何かを叫んでいるが、もうトールには聞こえない。それに、先程まで噛まれた所が痛くてしかたがなかったトールだが、今は酷く眠い。

 

 (あぁ……ごめん。でも、君だけは生き残れるから――)


 トールはそれだけ心の中で呟くとそって意識を手放す――。



 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・




 

「っ、トールさん、トールさんっ!」


 魔物達に囲まれ噛まれているトールの姿をマリーはただ見ていることしかできなかった。

 否、迷っていた。

 本当はマリーには”奥の手”があり、二人で生き残れる手段を持っていた。けれど、その方法を実行するにはまだ怖くて、不安で言い出せずこのような状態になってしまった。


(どうしよう……!でも今なら……まだトールさんの怪我は治せる……!)


 大きな街に行ったとき、内緒で買った中級ポーションを確認しながらマリーは葛藤する。

 ポーションを使うためにはトールの側へと行かなければならい。だが、トールの周りには魔物達がいる。今の丸腰状態のマリーでは一瞬でやられてしまう。


(でも、この奥の手を見られるのは……!)


 マリーが判断に迷っていると、一瞬だけ魔物達の隙間からトールと目が合う。

 まるで、「君だけは大丈夫だから」と言わんばかりの優しい目と。


「っ……!」

「■■■、■■■■■■」

 

 スーゼルはトールの姿にぼそりと呟くが、マリーはトールの目を見て覚悟を決める。


(迷ってる場合じゃない。これ以上の怪我は中級ポーションじゃ間に合わない……!)


 マリーは懐から数本の”真っ黒い針”を取り出すと、魔物達に向かって放り投げる。


「■■、■■■■■■?」

 

 マリーの狙い方はお世辞にも上手いとは言えない。けれど、投げられた針はまるで獲物を捕らえた生き物のように魔物の方へと向かって行く。


「ギャインっ!」


 投げられた針が魔物達にあたると、魔物達は悲鳴に近い鳴き声を上げるがすぐさま倒れ込んでしまう。

 その様子見た、針の刺さっていない魔物達は針を危険なモノだと認知し、「グルルル……」とマリーに向かって威嚇する。


 しかしマリーはそんな様子を気にもとめず、すぐさま新しい針を魔物達に向かって投げる。


「■■■■。■■■■■■■■■■■■?」


 針を投げるマリーにスーゼルはどこか馬鹿にしたような言葉をおくるが、マリーは反応を示さない。

 魔物達は投げられてきた針を爪や牙で対抗し地面へと落としマリーの方へ向かって行く。

 

 しかし、マリーはその様子をみてほくそ笑む。


「落ちた針が動かないなんて……誰が決めたのですか?」

「!」


 その言葉に反応を示したのは魔獣達ではなくスーゼルだった。スーゼルは慌てて「■■■!」と命令をおくるが、魔獣達は気にせずマリーの方へと攻撃を仕掛ける。

 

 しかし、魔獣達の攻撃がマリー当たることはなかった。

 

 なぜなら、落ちた針がまるで意思を持っていたように魔獣達の方へと動いたからだ。

 落ちた針が動くだなんて思っていなかった魔獣達は、一体、また一体と倒れ、ついに最後の一体が倒れる。


 魔獣を倒したマリーは急いでトールの側へと向かおうとするが、それよりも先にスーザルが動く。


「■■■■■……!」

「……はぁ。さっきから何かおっしゃってますが、私には聞こえません。きちんと話してくださる?」


 マリーの言葉にスーザルはまるで「馬鹿にするな!」と言わんばかりに吼え、魔力で作った弓をマリーの方へと構えるが――。


「遅い、ですよ」


 マリーの呟いた言葉と同時にスーザルの視線が変わる。


「……?!?」

「あぁ、ただ倒してしまうのも面白みがないので……ゆっくりと、ゆっくりと命を奪う針を刺しました」


 ふふっと笑うマリーの声にスーザルは何か言おうとする口を開くが、声が出なかった。いや、それだけではない。身体がしびれ、視界がグラグラと揺れおり、今までに味わったことのない責苦をスーザルは今、受けている。

 しかし、そんなスーザルにマリーは優しく問いかける。


「随分と苦しそうですね。助けて差し上げましょうか?」

「……!」


 その声に、スーザルは助けを求めるかのように僅かに頷いた。

 マリーはその頷きを見逃さず、もう一つ針を用意しスーザルの方へと投げる。


 その針が弧を描きスーザルの体に刺さると、スーザルは一切動かなくなる。


「…………」


 マリーはスーザルの最後を見届け、一切の邪魔者がなくなった今、急いでトールの方へと向かう。

 

「トールさん!!」


 駆け寄ったマリーはトールの脈を測る。すると、幸いなことにトールの心臓は僅かに動いていた。けれど、すぐに処置をしなければいけない状態だった。

 マリーは中級ポーションを取り出すと、トールの口元へと運び飲ませるが――。


「っ、なんで……!?」


 けれどトールは飲み込むことができないのか、口元からポーションが溢れてしまう。

 このままでは回復は見込めない。

 焦ったマリーは自分でポーションを口に含み――。


 


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・




 (……?……あった、かい?)


 トールは何か温かな温もりを感じ目を開く。

 ゆっくりと頭を動かすと、左手を握っているマリーの姿が目に入る。


 (……あれ?何で、マリーが……?確か俺は――)


 トールは自分が意識を手放す前のことを思い出そうと少し記憶を辿る。

 ある依頼で村にやって来て、それで魔獣がいて、そこから――。


「っえ、えぇ!?な、なんで!?」

「ひゃ!?ど、どうしました!?」

「ど、どうしましたかって……!」


 トールはそこまで思い出し思いっきり叫んでしまった。マリーもその声に驚き飛び起きると、二人は互いに見つめ合う。


「だ、だって、俺は確かあの時魔獣に噛まれて――」


 ――死んだんじゃ。


 と、言おうとした。

 しかし、その言葉よりも先にマリーがトールを抱きしめた。

 マリーの体温がわかるほど強く抱きしめられ、トールは思わず慌ててしまう。


「ままま、マリーさんっ!?」

「……っ、良かった……よかったぁ。もう、目が覚めないのかと……ずっとずっと不安で……!」

「…………」

「心配したんですよ……っ、」


 グズっと耳元で鼻をすするマリーに、トールはそっと抱きしめ返す。

 心配してくれてた嬉しさと、申し訳無さでトールも僅かに視界がぼやける。

 二人はしばし互いに抱きしめあっていたが、ふとトールはマリーに問いかける。


「そういえば、どうやってあの場を切り抜けたの?」

「えっ!?えっ、とー……」

「?うん?」


 トールの質問にマリーはビクリと肩を動かすと、そっと顔をそむける。いつもと違う態度にトールはマリーに再度聞こうと口を開くがそこに、見知らぬ女性の声が響く。


「失礼するぞ…………ん?目が覚めたのか」

「あっ、シロカさん!」


 マリーは「助かった!」と言わんばかりにシロカに視線を向け、話題を逸らそうと必死になる。


「えっと、トールさんに紹介いたしますね!この方はシロカさん。トールさんが魔物達に襲われて少ししてから助けに来てくれた上位冒険者さんです!」

「いや、だから私が来たときには魔物達もスーザルも倒されていたんだが……まあ、いい。上位冒険者のシロカだ。よろしく頼む」


 スッと手を差し出され、トールは慌てるがしっかりと答える。


「駆け出し冒険者のトールといいます。上位冒険者に出会えて光栄です」


 差し出された手を握ればシロカはフッと笑う。


「二人が無事でよかった。誰が倒したのかはわからないが、スーザルは確実に倒されていて、身体は村の倉庫に保管している。後で国王のところへ責任を持って送らせてもらうから、安心して欲しい。まだ疲れがあるだろうから、ゆっくり休んでくれたまえ」


 ――後のことは任せてくれ。それじゃあ、私はこれで。

 

 と、頭を下げるとシロカは部屋をあとにする。

 部屋の中にはトールとマリーの二人だけになった。


「…………で?倒されてたって?」

「あぅ。言わなきゃ、だめです?」

「…………」

「えっとー……そのー」

「マリー?」

「はい……答えます……」


 二人っきりになったあとも、中々口を割らないマリーにトールは少し声を低くして聞くと、マリーは流石に逃げ切れないと悟ったのだろう。ゆっくりと口を開く。

 


 衝撃的な言葉に、トールは頭を抱えることになるがそれはほんの少し先の話。

 そして、今回の出来事が発端で二人にとんでもないことが起きるのはまた別の話――――。


 



 ――――――――――――――――――――



 ――ギィ。 


「見張りがいないなんて……!まあ、手間が省けたしいっか。さぁて、スーザル様はどこかな〜?」

 

 スーザルの身体が保管されている倉庫に、一人の修道服を来た陽気な女性が入ってくる。


「ん〜……あっ!いたぁ〜!……って、うわっ!身体バラバラじゃん〜」


 ――グローい。


 なんて言いながら、女性はスーザルのバラバラになった身体を1か所に集める。


「まっ、集めなくてもいいんだけどさ〜……えいっ」


 女性はそう言うと、プスッと”白く輝く針”をサーザルの身体に刺す。

 すると、みるみるスーザルの身体はくっついていき、やがてピクリと指が動かされる。


「あっ、起きました?スーザル様」

「■■■……■■■■■、■■■■■!」

「え?……ふむふむ……あははっ」


 女性は一人で喋るスーザルに耳を傾けると可笑しそうに笑い始める。


「スーザル様、それは無理ですよ。マリーを殺すだなんて。だって私達の魔力はこの能力に全振りしているんですから」


 女性はスッと手のひらを出すと、一本の白く輝く針を生み出す。


「私――リマは魔力を使って”生”を扱うことができ”死者すらも生き返らせる”ことが出来る。そして、妹のマリーは”死”を扱い、“どんなモノでも死なせる”ことが出来るんですから。それに、私達の魔力のやっかいなところは別に針じゃなくたっていいんです。自分の魔力で”刺した”ってことが大事なんです。なのでこんな風に……」


 リマと名乗った女性は近くにあった長細い枝を手に持ち魔力を込めると、側にあった魔獣の亡骸の頭にその枝を突き刺す。

 すると、刺された魔獣は一瞬で息を吹き返し、目の前にいたリマに牙を向ける。


「ガァッ!」

「わぁっ!」

「…………」

 

 しかし、リマに牙が当たる前に魔獣はスーザンによって焼かれてしまう。


「■■■……」

「あはは、すみません。でもこれで理解出来ましたよね?」


 ――そもそも同じ土俵にいないってことが。


 リマはそう言うとにこりと笑い、スーザンの手を握る。

 

「さ、帰りましょう。スーザル様。魔王様がお待ちです」


 リマの掛け声と共に、二人は闇の中へと溶けていく――。

 

 

 

楽しんでいただけたら何よりです。

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