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ヴォイドアウト SF民が異世界攻略  作者: PonnyApp
第4章 砦の主攻略編
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077 帰ろう

 

 雲間から陽光が差し込み、シャイアル村を黄金色に照らし出していた。

 麦畑の広がる風景は、戦いの傷跡を癒すかのように穏やかで美しい。

 ロランたちは戦いを終えた余韻を感じながら、村への帰路を歩んでいた。


 村へ戻る道中、ロランたちは小鬼(ゴブリン)の処理や岩トロールとの戦闘を振り返りつつ、笑いを交えた軽い会話を交わしていた。


「ふぅ……。やっぱり戦いより、移動や解体に時間がかかりましたぜ!」


 チャリスがため息をつきながら言う。

 その顔には疲労が滲んでいたが、どこか安堵の色が浮かんでいた。


「戦闘もロランさんがいなければどうなったか……。並の冒険者ではあの岩トロールには歯が立ちませんぞ」

「いえ、俺ひとりではとても。エリクシルがいなければ、とても勝てなかったと思います。特に、あの黒くなったのには本当に肝を冷やしました」


 ロランの言葉にエリクシルが静かに応じる。


{そういえば魔石をスキャンした際、興味深い点に気づきましたよ}


 エリクシルがロランの目の前に、魔石スキャンの画像を投影する。

 琥珀色の魔石には煙水晶のような模様が浮かび、その内部にいくつもの異質な物質が内包されているのがわかる。


「これは……祈祷師(シャーマン)斥候(スカウト)の魔石とも違うな。内包物が複雑だ」

{その通りです。おそらく、これがあの硬化現象の原因となったのではないでしょうか。魔物特有のスキルや魔法である可能性があります}


 ロランは少し眉をひそめながら、スキャン画像を見つめる。


「詠唱もなかったし、斥候(スカウト)みてえなパッシブスキルか?」

{不明です。これが生物的な特性に基づく能力なのか、それとも魔素が引き起こす現象なのか……さっぱりです}


 コスタンが顎髭を撫でながら口を開く。


「感情の高ぶりとか、そういうのがきっかけだったのかもしれませんな。狂戦士の職能(ジョブ)では怒りで力を増幅させると聞いたことがあります」


 コスタンの言葉に、ロランとエリクシルが軽く首をかしげる。


{……もし感情が魔素と反応するなら、非常に興味深い仮説です。魔物についての資料でもあればいいのですが……}

「うむ、バイユールには図書館がありますから、いつか訪ねるのとよいでしょう」


 ロランは二人のやり取りを微笑ましく見守りながら、少し肩をすくめた。


「へぇ。でも、それはそれとして、まずは帰って寝ましょう。さすがにもう限界だ」


 村の入り口が見えてくる頃には、話題はもっと軽いものに移り変わっていた。

 麦の作付けや村で流行っている娯楽について笑い合い、気がつけば村人たちが彼らを迎えに来ているのが見えた。


「おーいっ!」


 コスタンが手を振ると、前方のサロメがほっと胸をなでおろし、村に向かって手招きをした。

 それを合図に、ムルコやニョムをはじめ、村のほぼ全員が歓声をあげながら集まってくる。


「ロランーーーっ!」


 最初に駆け寄ってきたのはニョムだった。

 まるでロケットのように勢いよくロランに飛びつく。

 ロランは片手でバイクを支えつつ、もう片手で彼女を抱きしめる。


「ロランならぶじだってわかってた!」

「あぁ! この通り、みーんな無事だぜっ!」


 ロランが笑顔で答えると、ニョムはその目をごしごしと擦った。

 その目が少し赤く腫れているのに気づいたロランは、軽く肩を叩いた。


「心配かけたな」


 ニョムは明るく笑顔を返すと、エリクシルを見上げて手を伸ばした。

 エリクシルは顔をほころばせ、しゃがんでニョムを優しく抱きしめた。


「エリクシルお姉ちゃんもおかえりっ! ニョム嬉しいよっ!!」

{ただいま、ニョムさん。私もまたお会いできて嬉しいです!}


 ホログラムにノイズが混じるが、誰もそんなことは気にしない。

 村人たちの拍手が鳴りやまず、歓声が広がる中、ロランは肩を叩かれながら感謝の言葉を受け取った。

 足にしがみつく子供たちもいて、身動きが取れない状況に苦笑いする。


「本当に帰ってきたんだな……」


 ロランの目頭が熱くなる。

 ぼやけた視界の端で、サロメとコスタンが熱い抱擁を交わしているのが見えた。


 *    *    *    *


「さぁさ、こちらです。この毛皮を敷いたベッドでゆっくり休んでください。もとはノワリが使っていたものですが、ロランさんに使ってもらえるなら喜んで提供しますよ」


 ムルコが柔らかな笑みを浮かべ、ロランを寝室へと案内した。


「ありがとうございます。ありがたくお借りします」


 ロランは丁寧に礼を述べると、荷物を降ろし肩を軽く回す。

 疲労の重みがじわじわと全身に広がっていた。


「なにか必要なものがあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 ロランの返事を聞くと、ムルコは満足げに頷き、静かに部屋を後にした。

 ベッドに腰掛けた瞬間、ロランの身体に溜め込んでいた疲れがどっと押し寄せてきた。


「ふぅーーーっ……」


 思わず大きな息を吐く。

 隣に腰を下ろしたエリクシルが、柔らかな声をかけた。


{お疲れ様でした}

「仮眠を取ったとはいえ、やっぱり疲れたな……。今ならいくらでも寝られそうだ」

{……ロラン・ローグ、今回も頑張りましたね。あなたはまたひとつ成し遂げたのです。わたしはそれが誇らしいですよ}


 誇らしい……。

 そう言われてロランは腹の底が熱くなるのを感じた。


 ロランは照れ笑いを浮かべながら、ベッドへ大の字に倒れ込む。

 短く刈り揃えられた薄ピンク色のメェルの毛皮が、ふんわりと身体を受け止めた。


 もこもことした柔らかな感触に、自然と肩の力が抜けていく。

 心の中に溜まっていた疲れや緊張がシュワシュワと溶け出し、穏やかな眠気が全身を包み込む。


「……たしかにいいベッドだな」


 ふと、メェルの毛皮を短く刈り揃える技術について考えがよぎるが、それも束の間、急激な睡魔が思考をかき消した。

 ロランは抗うことなくその心地よい闇に身を委ね、静かな寝息を立て始めた。


{おやすみなさい、ロラン・ローグ……}


 エリクシルはロランの眠った顔を覗き込み、そっと髪をなでる。

 その目には慈しみが宿り、彼女の指先が静かにロランの額に触れる。


 静かな夜の空気の中で、エリクシルの微笑みだけが優しく輝いていた。


 *    *    *    *


「ローラーーーーン!」


 どこか遠くから、アニエスの声が響いてくる。

 甘く切ないその呼びかけが、霧のように漂う意識の奥底を揺さぶった。


「ロラン」


 低く重い声が耳を打つ。親父の声だ。

 しかし、その姿は見えない。声だけが虚空から滲み出るように響き渡る。


「お兄ちゃんっ!」


 アニエスの小さな顔が突然近づいてくる。

 彼女の笑顔は陽だまりのように温かいが、その瞳の奥には何か言い知れぬ不安が見え隠れしている。


「起きなさい、ロラン」


 ゆっくりと窓辺に立つ男の輪郭が浮かび上がる。

 逆光の中、その顔は影に隠されてよく見えない。だが、確かに親父だと感じた。


「お父さん、どうしてそんなところに立っているの? 早く(うち)に帰ってきてよ――」


 その言葉は胸の中で反響するだけで、声にならない。

 薄暗い光の中、男の輪郭が微かに揺れた。


「でないと母さんが……」


 ロランの意識は闇に引きずられるように沈み、霧の中の景色が儚く消えていった。

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