061 シャーマンの謎★
「はい、俺たちに考えがあります。まずは、敵を知るんです」
{わたしたちには情報をもってして最良の結果を導く自信があるんですよ!}
「エリクシルの言う通りです。俺に考えがあるんですが、それには村人の皆さんと話し合う必要があるんです。……なのでまずはシャーマンについて調べますね」
ロランは小さく頷くと、シャーマンの死体に向かってしゃがみ込んだ。
「ムルコさんは先に戻って報告をお願いしてもよろしいですかな? 私はロランさんに付き合います」
「はい、わかりました!」
ムルコが泣き腫らした目を手で拭って答えると、足早に村へと向かった。
{……弾丸は左眼付近に命中しましたが、そのあと、少しずれて側頭部へ逸れたようですね}
エリクシルが少し間を置き、静かに検証を始める。
「あの距離から、こんな深手を負わせたとは……。これは魔法ではないのでしょう?」
「ええ、これは俺の世界の武器です。"銃"と呼ばれています」
ロランはLAARを見せる。コスタンは興味深そうに銃を見つめたあと、再びシャーマンの傷を覗き込む。
「……頭や胸の傷が思ったより小さいですね。魔法ならばもっと大きな破壊痕になりそうなものですが……」
「……エリクシル、例のストンスキンで直撃を防せがれたんだよな?」
ロランがエリクシルに確認すると、コスタンが思わず割って入る。
「防がれても、この威力なのですか?」
{ええ。もし防がれていなかったら、他の小鬼と同じように一撃で倒せたでしょう}
エリクシルが淡々と答えると、コスタンは他の死体を確認するため杖で体を転がした。
おびただしい量の血だまりと死体の背中側を見てギョッとする。
「……! 背中には大きな風穴があいていますな! 石の矢礫のような痕が正面にあり、反対側は破裂しているかのようです…………」
その穴は胸の小さな傷と対照的に大きく、銃弾が体内で炸裂した痕のようだった。
コスタンは他の小鬼の死体にも目を移し、確認する。
「どの死体も頭部が吹き飛んでいます。まるで爆裂魔法を受けたようですが……それでも、このシャーマンは一度防いだのですね」
コスタンは呟きながら考え込む。
ふと顔を上げ、視線を遠くに落とした。
「ノワリさんは、シャーマンの詠唱を止めようと喉を潰そうとした。しかし防がれてしまい、詠唱が続き……火の玉の直撃を受けたのかもしれません」
言葉はそこで途切れ、静寂が場を包む。
しばらく沈黙が続いた後、ロランが呟いた。
「ニョムのお父さんは……精一杯、頑張ったんだ」
{ええ……我が子を守るために、そうだったのでしょう}
静寂が場を包むが、検証を続けるため、エリクシルが慎重に状況を整理する。
{ええっと、どう防がれたのか推測してみます。ストンスキンは膜のように術者を覆うとコスタンさんが仰っていました。今回、弾丸が逸れたのは、その防御膜の角度によるものかもしれません}
「つまり、ヘルメットみたいに膜が張られていたってことか? じゃあ胴体を狙う方が有効かもしれないな」
{そうですね。胴体なら防御をすり抜ける可能性が高まります}
「確かに、それも選択肢だな……」
ロランはLAARスの銃身を見つめ、次の戦術を考え始める。
その時、エリクシルがふとシャーマンの露出した目を指差した。
{この個体の眼を見てください。……他の小鬼と違いますね}
「……眼に何かあるのか?」
ロランが暗闇に目を凝らし、まぶたをナイフで少し持ち上げる。
「……確かに、瞳が違うな」
{感知能力が魔法によるものか、眼によるものか……。この個体の眼も調べる必要がありますね}
「この目ん玉もか……」
少し戸惑いながらも、ロランは慎重に眼球を取り外した。
{今思えば……小鬼の斥候の眼も調査するべきでしたね。……失念していました}
「まあ、次があるさ。あのときは魔石が特に気になってたみたいだからな」
エリクシルが微かに頬を膨らませ、冗談を返す。
{……わたしだって完璧じゃないんですから! まだバブちゃんなんですよ!}
ロランが笑みを抑えつつふと表情を引き締め、話を戻した。
「それはそうと、詠唱の様子もなく防御魔法を展開してたようですけど。コスタンさん、なにか知ってますか?」
コスタンは深く考え込み、慎重に答えた。
「……私もそれをずっと考えていたのです。魔法は詠唱をせずに発動することはできません。シャーマンが事前にストンスキンを使用していたか……いや、効果時間は術師の練度によるはずです。普通は戦闘の直前に詠唱するのが鉄則ですが……そこがとても奇妙なのです」
{この個体の知能が高く、事前に魔法を詠唱していた可能性はありませんか? もしくは特別持続性が高いストンスキンを展開できたのか、または別の魔法だったのか、もしくは攻撃に反応して受動的に展開できる魔法や特性を有していたかのいずれかでしょうか?}
コスタンは両腕を組んでうーんと唸る。
「……どれも聞いたことがありません。小鬼どもにそこまでの知能と練度があるのかもわかりませんし、私の知識も当時のものですから……。もしかしたらただの小鬼の祈祷師ではないのかも知れません、亜種か二つ名持ちか……」
{「亜種か二つ名?」}
エリクシルとロランが口を揃える。
「強力な個体にギルドからつけられる特別な名です。確認するには討伐証を持参してギルドに尋ねるのが確実でしょう」
{「討伐証?」}
エリクシルとロランがまた口を揃える。
「ええ、魔物が身に着けている物や特定の部位を、討伐した証としてギルドに渡すのです。討伐依頼が出されている魔物や危険度の高い魔物であると確認されれば、その場で懸賞金を得ることができます。二つ名であれば依頼は関係なく懸賞金を得られますな。……とにかく魔物の情報についてはギルドの方が詳しいでしょうから、直接尋ねるのが良いでしょう」
「わかりました。そしたら、こいつらの討伐証はどれです?」
「小鬼の祈祷師であれば、その奇妙な頭蓋骨の飾りか、その歪な杖も良いかもしれません。ほかの小鬼は右耳になります」
「部位の指定まであるのか……。それにしてもまた耳……」
ロランは小さく呟くとハンティングナイフを取り出し、素早くシャーマンの右耳を削ぐ。
「……あと魔石も取りますね」
続けて胸を切り開き、心臓から魔石を取り出した。
「さすがの手際ですね」
「何回かやったので……。この魔石、他の小鬼より大きいな」
松明の光にかざしてよく見ると、赤茶色の色合いがわずかに見える。
ロランは魔石と右耳をバッグにしまい、ナイフについた血を拭き取った。
「立派なものですね。これは少なくとも3日分の暮らしを支えられるでしょう」
「これで3日……この世界の貨幣価値についても勉強しないとな」
エリクシルもロランの考えに同調しつつ、無声通信で応じた。
{{魔石を燃料にするか、換金して冒険に役立てるか……それは"砦の主"を討伐してから検討しても良さそうです}}
《それもそうだな》
彼は続けてシャーマンの奇妙な頭蓋骨の飾りを拾い上げると、角の不気味さに顔をしかめた。
「これは……悪趣味だな」
「これは鹿の角ではありませんな……こうした特徴があるからこそ、ギルドに尋ねる価値も出てくるのでしょう」
ロランは頷きつつ、最後の小鬼の魔石と討伐証を取り終えた。
「……それと、こいつらの死体はどうします?」
「このまま放置すれば土地が穢れます。ですから、全て燃やします」
エリクシルも興味を持った様子で尋ねる。
{穢れ、ですか……}




