２２８ フォグゴブリンの群れ
「お嬢様、恐らく霧小鬼の群れです……」
「かなりの数ってどれくらい？」
《正確な数を伝えては逆に怪しまれますね》
「えっと、数まではわかりません……」
「大群かもしれません。ここは迂回するべきです」
クルバルが厳しい表情をしながら、前方に向かって盾を構える。
「ホード？」
「ふん、魔物溜まりのこと。たまに密集することがあるの。クルバル、私がやるわ」
「お嬢様大変危険です！」
クルバルは焦りを滲ませた声で制止するが、ファーニャは鼻で笑った。
「何言ってるの、こんな浅層じゃ力試しにもならない。ロランさん、私が魔物を圧倒的な力でねじ伏せるところを見てなさい」
「ファーニャさん、かなりの数ですよ！ やめておいた方が……」
ロランが必死に止めようとするが、ファーニャはブロードソードを軽く回し、そのまま前へと駆け出した。
「うわっ、まじかよ！ クルバルさん！ いいんですかっ！？」
霧小鬼は格の低い魔物とはいえ、奇襲を得意とする。
堅固な鎧を装備していても、その数が脅威となりうるのは明らかだった。
「こうなったお嬢様を止めることはできん……」
クルバルは諦めたように言い、ファーニャの後を追った。
「えっ！？ おいっ……！」
｛……２０体以上を相手になんか！ ロラン、早くあなたも追ってください！｝
「くっそ！ 獣人族は足が速すぎる！！」
ファーニャとクルバルの走力は強化服を装備したロランに勝るとも劣らない。
あっという間に霧に溶け込んでしまったファーニャたちをロランは追う。
「……なんだよクルバル！ 俺には無茶するなって言っておいて……！」
｛無茶がふたりになったらさすがにカバーできない、と言ったところでしょうか？｝
＊ ＊ ＊ ＊
「ハァァァァッ！」
ファーニャは勢いを保ちながら、霧小鬼の大群へと突っ込んだ。
彼女の気合と共に、ブロードソードが輝きを増し、黄色い光を放ち始める。
その剣が一振りされるごとに、霧小鬼の身体が裂かれ、塵となって消えていく。
彼女は返り血を浴びることなく、旋回しながら、次々と敵を討ち取っていった。
瞬く間に５体の敵が屠られ、残りの霧小鬼たちはファーニャを囲むように動いた。
遠くから木の槍やこん棒が飛んでくるが、ファーニャはそれをものともせず、鎧に任せて突き進む。
「そんなもの、痛くも痒くもないわ！」
振り返りざまに斬り上げた剣が、背後から迫る敵を胸から頭まで一刀両断にした。
その霧小鬼もまた、塵と化していった。
「さあ、次は誰っ！？」
彼女の挑発に呼応するように、霧小鬼たちは一斉に飛び掛かってきた。
「お嬢様！」
クルバルが駆け寄ろうとするが、ファーニャはその行動を冷たく遮った。
「クルバル、邪魔よっ！」
「お嬢様……」
彼の声はかすれ、彼女の戦いを見守ることしかできなかった。
眼前では、魔物たちがファーニャに襲いかかる。
しかし、彼女は一歩も退かない。まるで風を斬るかのように、ブロードソードを豪快に振り回し、次々と魔物を斬り伏せていく。
霧小鬼は群れが一体となってファーニャに覆いかぶさる。
追いついたロランは、その光景を目にし、思わず額に冷や汗を流した。
「おいおい！ あれはやばいでしょ！」
「待てっ、近づくな！」
「でもっ！」
その時だった。霧の中から突然、稲妻のような黄色い光がほとばしり、灰色の塊の中から雷鳴のごとき轟音が響いた。
「エーーイヤァーーッ！！」
ファーニャの雄叫びとともに、眩い閃光が炸裂した瞬間、霧小鬼たちは一斉に空へと弾き飛ばされた。
中には煙を上げ、焦げたような姿をした者もいる。
ファーニャの攻撃は止まらない。
襲いかかる反撃をものともせず、彼女は笑みを浮かべ、剣を再び振り上げた。
まるで嵐の中心に立つ戦神のように、悠然と舞いながら敵を討ち続ける。
「うわぁ……まじかよ…………あれ、魔法の武器か？」
｛｛武器から雷のような魔素が放たれていますね｝｝
ロランはクルバルの横で呟く。
「……お嬢様のトールナハだ」
「トールナハ……？ あぁ！ そんなことより、言わんこっちゃない。タコ殴りだ。クルバルさんどうすんですか！？」
大群は２０体では済まず、奥から次々と霧小鬼が押し寄せている。
ファーニャはこん棒で叩かれ、槍で突かれ、額から血を流しても笑顔を絶やさない。
いくらポーションで回復できるとはいえ、無駄に攻撃を受けすぎている。
優勢とはいえ、蓄積したダメージは今後の行軍に影響を与えるはずだ。
「……邪魔だて無用とのこと、待つのみ」
「いや、だって……」
「…………」
クルバルは重苦しい表情のまま、見守るばかり。
彼女のトールナハは雷鳴のような音を響かせ、敵を次々と屠っていく。
彼女が最後の一体を屠り去ったとき、ファーニャは笑顔を浮かべながら戻ってきた。
手にはいくつかの魔石が握り締められている。
「クルバル、ポーション！」
「はっ……」
クルバルは鮮やかな赤色の小瓶を手渡した。
ファーニャは仕事終わりの一杯かのように一気に飲み干す。
「ふぅっ、不味い！ ……そう言えば分配について話してなかった。私は要らないからロランさんの総取りでいいわ」
「え、そりゃありがたいですけど、いいんですか？」
「こんなのいくら集めたってお小遣いにもならないわ。ロランさんにあげる」
《一言多いなぁ！ もう！》
｛｛まぁまぁ、ここはありがたくいただきましょう｝｝
ロランはいくつかの土の粗石を受け取るとポケットにしまい込んだ。
次いで、クルバルが清潔な布でファーニャの顔の血を拭い始めた。
幸い大きな傷もないようだ。
ロランは安堵の表情を浮かべていると、ファーニャが自慢げな笑みを向ける。
「霧小鬼なんて、何体かかってこようが問題なかったでしょう？」
「いやいや……タコ殴りだったじゃないですか……」
「こんなの傷の内に入らない！」
高価なポーションなのだろう。
擦り傷が見る見るうちに癒えていく。
その様子を見たロランは反論することもできず、肩をすくめた。
《ファーニャの自信は完全に装備から来るものだな》
｛｛お金に物を言わせて冒険しているのでしょうね｝｝
《黄金の剣士だな……》
その時、クルバルが静かに口を開く。
「お嬢様、少し休憩を取りましょう。次の戦いに備えて、体力を回復させる必要があります」
「えぇ、そうね」
