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ヴォイドアウト SF民が異世界攻略  作者: PonnyApp
6章 タロンの悪魔の木編
160/238

164 異形の者


 ――幾千の刃のような光が逆巻く。

 ――穴にぽっかりとまた穴が開いたかのような虚無の漆黒が浮かび上がる。


(どうなってる……! エリクシルっ!?)


 周囲に人気を感じさせない真っ暗闇の中、徐々に目が慣れる。


(……視線……を……感じる……)


 血生臭い、赤い肉壁、降り積もる赤黒い灰、命の輝きを失った不毛の地。


 ロランが顔を上げると、そこには歪な耳、糸で無理やり縫い合わされた口、血の涙を滴らせる巨大な目が彼を見下ろしていた。


――――――――――――――

異形の者。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093077350457353

――――――――――――――


 遠いのか、それが大きいのか、それすらもわからない。

 ただただ圧倒的な恐怖がロランの心臓を掴んで離さない。


 縫い付けられた唇が歪み、不敵な笑みをたたえる。


 ブワァッ!と全身が粟立つ音がしたかのよう。

 ロランはその場に凍り付き、丸裸にされたような思いに駆られる。

 重く、暗い、淀んだ波動が襲い来る。


(うっ……!)


 思わずロランは両手をかざした。


(……手が透けて見える。腕輪もない)


 タロンの主の比ではない。


 かざした手の向こうには、闇の権化とも呼べるような超常的な存在がこちらを凝視している。


(あ……ぅ…………ぁぁ……)


 その視線は、ただならぬ意志を感じさせ、ロランはその恐怖から一歩も足を動かせないでいた。

 ロランは冷静さを失う、この狂気に侵されていることに気が付いた。


(エリクシル……! どこなんだ!)


 パチ、パチ……。

 ロランの背で小さく青白い光が爆ぜる。


{{…………! …………! …………!}}


 パチチッ……。

 光は次第に大きくなる。

 それは力強く輝き、光は無垢なるエリクシルの姿を形作った。

 

{{……ロラン・ローグ! これは現実ではありません! 目を覚ましてください!}}


 ロランの無声通信を介してエリクシルが接触したのだ。


《これが、現実じゃ、ない……?》


 ロランが後ろを振り返ると、いつもと変わらない、ただ心配そうな表情のエリクシルがいる。


{{この異形の者は……ああっ……!}}


 エリクシルの顔が恐怖に歪む。


《エリクシルっ!?》


 エリクシルの視線の先を見たロランを凍えるような恐怖が襲った。

 ソレは怒りに満ちた目でエリクシルを睨みつけ、唇を血がにじむほど噛み締めていたのだ。


{{こっちです、この場を去らなければ……!}}


 エリクシルがロランの手を握る。

 その瞬間、時間が止まったように感じられた。

 エリクシルの温かなぬくもりがロランの心臓を激しく高鳴らせ、全身に炎のような熱が駆け巡る。


 ホログラムであるはずのエリクシル。

 その確かな手の感触と存在感に、ロランはどうしようもなく、この手を強く抱きしめたいという衝動に駆られる。

 永遠に揃うはずのないパズルのピースが、この瞬間、奇跡のように完璧に重なり合った。


(あぁ……俺は……)


 エリクシルのぬくもりにずっと浸っていたいが、時は再び動き出し状況がそうはさせてくれないことを教える。

 すぐ後ろで只ならぬ威圧感を放っている存在がいるのだ。


 手を掴まれた感触にロランは一瞬驚くが、エリクシルに手を引かれ、現実と幻の境界を彷徨いながら闇の中を走り出した。

 粘り気のある闇が足に絡みつき、足取りが重い。

 恐怖と焦りが二人の心を締め付ける。


「黒の聖廟……現実ではない……」


 独り呟くロランに、エリクシルが声を震わせながら言う。


{{ダンジョンコアに触れてしまったから、ここに引きずり込まれたのかもしれません……!}}


 ロランはエリクシルの言葉を受けて納得するしかなかった。

 ここは現実ではなく、ダンジョンの深淵、異形の者の領域だ。

 エリクシルの言葉に一層の恐怖を感じながらも、必死に走り続ける。


 二人の足元には暗黒の液体がまとわりつき、まるで生き物のように絡みつく。

 息を切らしながら、ロランはエリクシルの手を強く握り返した。


(エリクシル……!!)


 このおぞましい空間で、彼女の存在が唯一の希望だった。


 背後から聞こえる張り裂けるような怒りの咆哮が迫ってくる。

 振り返ることなく、二人は闇の中を必死に駆け抜けた。

 エリクシルの実体があるという説明がつけられない事象に対する答えは、この場の異常性が全てを説明していた。


{{もう少し……ここを抜ければっ……!}}


 エリクシルの声が震える。

 ロランはその言葉に希望を見出し、全力で走り続けた。


 ロランは後ろを振り向く。

 異形の者は俯き、血の涙を流し続けていた……。


(…………!)


 エリクシルに強く手を引かれ、前を向く。

 やがて、まばゆい光が見えてきた。

 その光を目指し、ふたりは最後の力を振り絞る。


 *    *    *    *


 地面に横たわるロラン。


 ぼんやりとした意識の中、彼は徐々に周囲の声を認識し始めた。


 起き上がると、心配そうな顔をしたコスタンとラクモが彼のそばにいた。


「おお、無事目覚めましたか……!」


 コスタンが安堵の表情を浮かべて言った。

 ロランは頭を振り、まだぼんやりしている頭をはっきりさせようとする。


「……あれ、俺……」

「その水晶に触れた途端にエリクシルさんは消えてしまい、ロランくんも意識を失ってしまったのですぞ……!」

「うん、心配したよ」


{……っ! 記録(ログ)が取れていません! あの異形の者は……!}

「記録? 異形? 何の話?」

「ふたりとも、一体何を見たのですか……?」


 コスタンは怪訝な顔をして尋ねる。


 ロランとエリクシルは目を見合わせると、今さっき体験した出来事について説明した。


 *    *    *    *


「…………血の涙を流す巨大な異形の者……ですか……」

「さっぱりだね」

「ダンジョンに意志があると感じでいたけど、あいつが操っていたのかもしれない」

{だとしても何のために接触を? ダンジョンがわたしたちをいざなう理由は?}


 エリクシルの内なる疑問が浮かび上がる。

 彼女はダンジョンの意図を探ろうと考え込むが、答えは見つからない。


「そやつは人知を超えた存在、私どもの理解には到底及ばない領域なのかもしれませんな。しかし意識だけがさらわれるとは、どう対処したものか」


「……俺、エリクシルの手を握ったんです。エリクシルがあそこから俺を()()()()()()()()()()……」


 ロランは手を握り締めてその時の感覚を思い出そうとする。

 不思議とエリクシルの温かなぬくもりを感じる気がする。

 そして全身が熱くなる感じは忘れもしない。


「ほろぐらむ、であるはずのエリクシルさんにですか……。それは一体……?」

{わたしが握った……? 記録(ログ)がないのですけれど……}

「えぇっ!? まじかよ……。でも、ほら、今でもその感触が……」


 エリクシルはロランの言葉に驚きと戸惑いの表情を浮かべた。

 彼女の顔には一瞬の不安が影を落とし、記憶がないことへの戸惑いが明らかだった。

 今まで感じていた確かな感触が、手のひらから砂が零れ落ちるような虚しさに変わった。


(……理由はわかんねぇが、エリクシルはその瞬間を覚えていないのか。記録(ログ)がないのは……当然だよな、きっと現実じゃあなかったし……。そう考えるとますますわかんねぇことが出てくるけど、考えても仕方ねぇ……)


 ロランはそう理解すると、残念そうに肩を落とした。


「……まぁまぁ、ふたりとも混乱しているのでしょう。無理はありません」


 その様子を見ていたコスタンが落ち着いた声で言った。


 エリクシルの顔にはまだ心配の色が残っていたが、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。

 ロランもその様子を見て、心が静かになっていくのを感じていた。

 ようやく場が落ち着いたのを見て、ラクモが口を開く。


「それで、ダンジョンコアは壊すんだよね?」

「……ラクモ待ってくれ。実は、それを持ち出せないか考えていて……」


「なんと……?」

「持ち出す?」


 コスタンとラクモが目を丸くして驚く。


―――――――――――――――――6章 完

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