162 討たれし影の戦果
「もっとぉおっ!!」
ロランはタイユフェルを手放し、渾身の一撃を蹴り込んだ。
タイユフェルの柄まで埋まると、鮮血が空中に飛び散り地面を赤く染め上げる。
影の鱗蛇の巨体は激しい痛みにビクビクと震え、絶命の兆しを見せ始めた。
ギシャ……カカカカ…………。
影の鱗蛇の巨体が一瞬でビクリと震えた後、力なくぐったりと沈んでいく。
最後には、かつての威厳すら感じさせない塵へと変わり果て、タイユフェルが地面に転がった。
一行はその壮絶な光景に息を呑みながらも、戦いの余韻に震えてその場に立ち尽くす。
彼らの背後には黒の聖廟が佇んでおり、その荘厳な雰囲気が再び周囲に静寂をもたらした。
「おおっ……」
「やった……!」
{ やりました!}
<強化服・強制停止> Reinforced clothing, forced deactivated.
強化服の強制停止が音声で告げられ、ロランは力なく座り込んだ。
{あぁっ! ロラン・ローグ! 火傷を検知しました! 今すぐにポーションを!!}
「わかってる……。エリクシル、陽電子バッテリー1本駄目にしちまった」
{そんなのいいですからっ!!}
「手伝いますぞ!」
コスタンがバックパックを拾って駆け寄り、低品質のポーションを取り出して手渡す。
ロランはそれを一気に飲み干すと、強化服の陽電子バッテリーを交換した。
古い陽電子バッテリーは酷く傷んでいる。
「……大丈夫ですかな……?」
「なんか、焦げた臭いしてるけど、ほんとに焦げた? 雷魔法くらったみたいな」
傍目にはロランの身体から焦げた臭いと白い煙が立ち上っている。
ラクモも心配して様子を見に来たようだ。
「焦げたのはたぶん服です……。少し火傷したけどポーションが効くと思います」
ロランは心配させまいと、エリクシルに目配せした。
{……はい、軽度の火傷です。この程度であれば低品質のポーションでも問題ないかと……}
「焦げた服の匂いか……」
「服でよかったですなぁ! ……今回も、助けられてしまいましたな」
「いえ、俺もいつも助けられてるんで。ちょっと無茶したけど倒せて良かった」
「……エリクシル、囮、ありがとう!」
{いいえ……!}
「……なにやら派手な衣装見えましたが……」
「よく見えなかったね……」
一行が影の鱗蛇を打ち倒した後、ほっとした一息をついていると、ラクモが何かに気が付いた。
「見て、扉だ」
黒の聖廟の正面の壁がゆっくりと形を変え、扉が現れた。
扉の表面に緻密な線が走り、幾何学的な模様が浮かび上がると、塵となって消える。
「扉なんかよりラクモ、大丈夫かっ!? コスタンさんも……!」
「あぁ、ありがとう。なんとか、ポーションが利いてるよ」
ラクモは肩をぐるぐる回して、大事ないことをアピールしている。
「私も盾のお陰で助かりました。しかし、これをダメにしてしまいました……」
コスタンは破損したLAARを拾い上げると俯いた。
{そんなことよりも、お二人が無事でよかったです!! 銃は修理すればまた使えますから……}
「あぁ……良かった……皆無事で……」
ロランとエリクシルは、ふたりの無事を確認してほっと胸を撫でおろした。
と、今度はコスタンが焦った表情で思い出したように尋ねる。
「ロランさんこそ火傷は大丈夫そうですが、奴の腐敗の霧が!」
「服がボロボロになってる!」
「あぁっ! そうだった………!」
ロランは慌てて外套を脱ぎ、黒ずんだ個所を見た。
外套のフードと肩回り、そして上衣も繊維がボロボロで、腐食したような跡が見てとれる。
それ以外にも強化服の放電によって、衣服の上下とも所々焦げていた。
{衣服は多少傷んでいますが、幸いにも強化服までは達していなかったようですね……}
「………コスタンさんから貰った服と一角獣の外套がぁぁあっ!!」
ロランは大事そうに外套を抱きかかえると、思わず叫んだ。
「……なんの、ロランくんの命を守れたのであればその一角獣も本望です。……とにかく良かった!」
「うんうん」
お互いの健闘を称える。
ロランの身体を張った行動は恐ろしくもあったが、起死回生の働きだったと褒められる。
エリクシルからは無茶しすぎですと心配されたが、ロランは「冒険者たるもの、多少の無茶は承知だ」とニカリと笑って見せた。
「……そんで、何か落とすのが見えたんだよな」
「あぁ、あれだね」
ロランが拾ったのは、2メートルはある真っ黒な鱗皮であった。
表面は滑らかで、魚の鱗のような質感を持ち、光を受けると微かに青紫に輝く。
「おおっ! 影の鱗蛇の鱗皮ですな! こりゃ珍しいっ!!」
コスタンは目を輝かせて覗き込む。
ラクモも興味津々で鱗皮の端を持つと、両手で伸ばし始めた。
「へぇ、なんか魚みたいな鱗だね。皮も良く伸びるし……」
「うへっ、ほんとだ! なんだこの皮!」
びよーんと伸びるが、それに合わせて鱗は位置を変え、縮めば鱗は重なるようになる。
それに鱗の一枚一枚にそれなりの強度がありそうなうえに軽い。
さすがに銃弾は防げなかったようだが、普通の剣では傷もつけられないだろう。
{影の鱗蛇の鱗ですか……。素材自体にも魔法感知を阻害する効果があるのでしょうか?}
コスタンはエリクシルの疑問にハッとした表情を見せる。
「仰る通り! 奴の腐敗の力と魔法に対する耐性があったはずですぞ! それ故にこの鱗を用いた装備は大変高価で取引されます。ドロップ品は状態が良いので加工せず皮のままでも、おそらく1万ルース……いや、その3倍は下らないかと……」
ダンジョンのドロップ品の特徴は、いくら魔物を傷つけて討伐しても新品の素材が手に入ることだろう。
地上であれば討伐の際にダメージを受けて素材が痛むため、綺麗な状態でこのサイズのものはなかなか手に入らないという。
今はこのダンジョンの訳の分からない特性に感謝する他ない。
「3万!! すげぇ!」
ロランが興奮気味に叫び、コスタンは微笑みながら続けた。
「格5の魔物の魔法素材ですからな……! 本来であれば魔導士や騎士が討伐に当たるような魔物です」
「格5っ! ……ってことは壁も越えた!?」
「へぇ……僕もついに格5越えかぁ……」
エリクシルも感心した様子で質問を投げかける。
{コスタンさんは、よくこの魔物のことをご存じでしたね!}
「私は討伐された影の鱗蛇が運ばれるのを見たことがありましてな。あれはいつだったか……断崖の街ファエルザでのことでしたな……」
コスタンの目が遠くを見つめるように細められた。
《ファエルザ……どっかで聞いたことあるな》
{{ ポートポランの馬車乗り場ですね。首都フィラまでの乗り継ぎ中継地でした}}
《あぁ、あれか!》
コスタンは思い出を呼び起こすかのように続けた。
「……ファエルザは険しい山々に囲まれた断崖絶壁の街で、その地形のおかげで外敵から守られています。街の北端には巨大な石造りの城塞があり、その周囲には深い渓谷が広がっています。その渓谷を跨ぐようにして架けられた古い吊り橋が、街の目印とも言えるでしょう。渓谷の穴倉に住む主として影の鱗蛇が存在し、討伐された後、街の広場に運ばれてきたのです……」
ロランとラクモはその話に感嘆の声を漏らす。
「おお、かっちょいい!」
「目の前に光景が浮かぶね」
「……その時、私はその巨大な鱗と威厳ある姿を目にしました。討伐隊が誇らしげにその戦果を見せていたのを、今でもよく覚えています。そのあとはお祭り騒ぎで、領主から観光客にまで祝い酒が振る舞われました……! ……それが私がこの魔物について知ったきっかけでしたな」
エリクシルは興味深そうに耳を傾けていた。
{なるほど、討伐すればお祭り騒ぎになるような貴重な魔物だったのですね! ありがとうございます、コスタンさん!}
コスタンは微笑みながら頷いた。
「そんなすげぇ魔物の素材なら、すぐ売ろう!」
ロランは目を輝かせて提案したが、エリクシルはすぐに異議を唱えた。
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カーニバル衣装。
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