161 アンブラルスケイル
ザザッ!
密林から飛び出したその姿は、まるでこの密林の奥深くを支配する闇の王が地上に顕現したかのようだった。
黒光りする鱗は漆黒の宝石のように輝き、独特な柄が全身を覆っている。
大きな牙は鋭く光り、目の周りの鱗は刺のように突出し、一目で感じ取れるほどの威圧感。
「あれはっ! 影の鱗蛇です!」
コスタンが声を張り上げると同時に、モンスターはその巨大な体をさらに速く動かし始めた。
太陽の光が漆黒の鱗に繰り返し反射するたび、不吉な光を閃かせて周囲に陰鬱な気配を撒き散らす。
その巨大な体は長さ15メートルにも及び、一挙手一投足が森全体に重圧を加える。
(長さで言ったらタロンの主よりでけぇぞっ!)
一行は怯むことなく交戦体制を取った。
不思議とタロンの主を前にした時のような恐怖心は感じなかったのである。
あれと比べれば幾分か格も落ちるはずだ。
影の鱗蛇は、その巨大な目で一行をじっと見据えると口を大きく開け、鋭利な牙を露わにして威嚇した。
その牙からは、闇をまとうような腐敗の霧が吐き出され、周囲の空気が一瞬で冷え込むのを感じた。
「……だけど、あんなのもらったらやべぇ! コスタンさんっ!!」
ロランは素早くコスタンと武器を交換し、LASRを構えた。
ダッッッガッ――――ン!!
撃った弾丸がうねる影の中で外れる。
その巨体は予測不能な動きで移動し、巨大な牙を剥き出しにして襲い掛かった。
{避けてくださいっ!}
「うわっ!」
ロランはかろうじて巨大な牙から逃れた。
幅80センチはあろうかという黒い巨体が、ロランが立っていた場所を横切り、その風圧だけで彼を転倒させた。
その猛攻で周囲の木々を根こそぎ引き裂き、密林は一瞬にして荒廃した戦場と化す。
破壊された木々が轟音とともに倒れ、地面はその重みで震えた。
{捕捉します!!}
エリクシルが影の鱗蛇の動きを捕捉しようと短波パルスを展開する。
ピピーーピピピーーーピピッ!
「うわっ、なんだこれ!」
{魔素の反応が大量にっ!? }
ロランのARが警告音を発し、表示画面上で大小さまざまな魔素の反応が現れては消える現象が繰り返される。
{ロラン・ローグ! 目視で応戦してください! パルスが効きません!}
「なんで捕捉できねぇんだ!?」
ロランが戸惑いながらも立ち上がると、戦闘態勢を取る。
{短波パルスが乱反射されています! 恐らく特殊な鱗が妨害しているのだと思われます!}
「あやつの鱗は感知の魔法を防ぎますぞ!」
コスタンは影の鱗蛇の攻撃を避けながら叫んだ。
「ロラン、ショットガンで応戦するよ! コスタンさんも射線に気を付けて撃つんだ!」
ラクモはショットガンを構え、影の鱗蛇を狙う。
ガウンッ!!バッシャッ!!
スラッグ弾が影の鱗蛇の体表を捉えた。
弾丸は貫通こそしなかったが、その衝撃で鱗が10センチほどえぐり取られる。
ギシャァーーッ!!
痛みに叫んだ影の鱗蛇は、突如として変則的な動きでラクモを目掛けて尾を振り回した。その一撃は強烈で、ショットガンが跳ね上げられ、ラクモはまるで人形のように10メートルも吹き飛ばされ、背後の木に激突する。
「ぐぅっ……!」
「ラクモッ! ……コスタンさんアイツを頼みます!」
「おぉっ!」
ロランがラクモへと駆け寄り、バックパックから低級品質のポーションを取り出して彼の口元へと運んだ。
さらなる追撃を狙う影の鱗蛇が、巨大な頭部を持ち上げる。
その瞬間、コスタンがLAARの一斉射撃を浴びせた。
アサルトライフルから放たれる弾丸が影の鱗蛇に突き刺さるが、敵は痛みに悶えるばかりで致命傷には至らない。
「さぁっ! 来いっ!」
影の鱗蛇は頭をぶんぶんと振り、今度は狙いをコスタンに定めた。
身体をくねらせて力を溜め、一気に加速して襲いかかる。
{ファントム戦法ッ!}
エリクシルが攪乱のために爆発のエフェクト付きで現れ、影の鱗蛇の注意を引いた。
影の鱗蛇は驚くこともなく殺意が極まった表情のまま、エリクシルに噛みつく。
ファントム戦法は無情にも失敗に終わり、エリクシルのホログラムが掻き消された。
{あぁっ、ダメでした……}
ノイズ交じりのエリクシルは俯いているが、数秒は時間を稼げたようだ。
「ラクモッ! 立てるかっ!?」
ロランはラクモに声を掛けながら、LASRを構えて一発の弾丸を発射した。
照準は確実に影の鱗蛇の頚部を捉え、彼の弾丸は精密にその目標を貫通する。
しかし期待したほどの大ダメージは与えられず、影の鱗蛇は身を震わせただけだ。
「あんまり効いてないのか!?」
ロランは驚愕しつつも、急いで再装填を始めた。
一方、ラクモは倒れた地点からようやく身を起こしたものの、まだふらついていた。
「ううっ……」
ラクモはタクティカル・アックスを取り出し構えるが、足元がおぼつかない。
その中、コスタンがリロードを済ませて再び前に出る。
「このままでは終わらんぞっ!」
コスタンの制圧射撃の合間にロランがLASRの一撃を与えるが、その速度を緩めない。
影の鱗蛇は今度はコスタン目掛けて尾で打った。
ドゴォッ! メキッ……!
「ぐおぉっ……!」
コスタンがこれを盾で防ぎ、5メートルほど飛ばされるが、なんとか受け身を取った。
「コスタンさんっ!」
影の鱗蛇の巨大な大口がコスタンを追撃しようとする。
「私は大事ないですっ……!! ……ですが、撃てませんぞ!」
(壊れたかっ……!?)
コスタンは必死にLAARのトリガーを引くが、その銃身はひしゃげていた。
銃は影の鱗蛇の攻撃を防げなかったようだ。
{えーいっ! こっちですよー!!}
再びエリクシルが攪乱のために目の前に出現する。
今度はカーニバルのようなド派手な衣装をまとい、キラキラな紙吹雪のエフェクト付きだ。
(なん……だと!?)
シャァーーー!!
影の鱗蛇は孔雀のような大きな飾りとそのド派手さに意表を突かれたのか、一瞬立ち止まると尾っぽを振って強烈に叩きつけた。
ドシィイッ……ン!
{ざんねーん、効かないんですよーだっ!}
(エリクシルよくやった……! あとは間に合うか……!?)
影の鱗蛇はあかんべーをするエリクシルを無視して、森の中を切り裂くように移動し始めた。
再度、鋭い牙がコスタンに迫る中、ロランは叫ぶ。
「間に合えっー! 超電駆動!!」
<強化服・超電駆動>
Reinforced clothing, overdrive enforcement.
―WARNING― ―WARNING―
警告メッセージと共にバッテリー残量を示す数字が『OVERDRIVE』と書き換えられる。
ロランの全身がチリチリと蒼い光を帯び始め、強化服が過電状態となり放電していることを示した。
{{オーバードライブを使用するんですか!? 1分後には強制停止してしまいますよ! それに人体にも……!}}
《わかってる!!》
ロランはバックパックとLASRを投げ捨て、駆け出した。
強化服がギシシと軋み、増強された脚力によって地面の土が舞い上がる。
ロランは目にも止まらぬ速さで影の鱗蛇の前に立ちはだかった。
エリクシルが時間を稼いでくれたおかげで、なんとか間に合わせることができたのだ。
ロランは影の鱗蛇の2メートルほど近くに開かれた大口を受け止め、叫ぶ。
「うぉおおおおおおおぉっっ!!!!」
ギチチ!ギチギチィ……!
強化服の人工繊維が軋みを上げる。
ロランは大蛇の下顎と上顎に挟まれる形で耐えていた。
「ロランさん!!」
{ロラン・ローグ!!!!}
「……な、長くは、耐えられねぇ……!!」
ロランの外套に影の鱗蛇の牙から漏れ出た冷たい腐敗の霧が広がり、じわりと外套が黒ずんでいく。
「……アレは不味いっ!」
なんとか復帰したラクモは叫ぶと同時に、地面に落ちていたショットガンを足で器用に拾い上げる。
その動作は矢のような速さで、次の瞬間には影の鱗蛇の頭部目掛けて一斉に撃ち込んでいた。
弾丸が空気を裂く音が、密林の静寂を切り裂く。
コスタンも遅れじとLASRを手に取り、同じくその恐ろしい影の鱗蛇の頭部へ射撃を加える。
硝煙と影の鱗蛇の皮膚が焦げる匂いが立ち込める。
ギシャァアアァーーーッ!!!
影の鱗蛇は苦悶の極みに達していた。
その巨大な口がわずかに緩むと、ロランはその一瞬の隙を逃さない。
「これでもくらえぇぇっ!!!!」
素早くタイユフェルを抜刀すると影の鱗蛇の喉奥に容赦なく突き刺した。
強化服が発揮する膂力に支えられ、剣は鱗蛇の肉をぐりぐりと力強く貫いていく。
「もっとぉおっ!!」
ロランはタイユフェルを手放し、渾身の一撃を蹴り込んだ。