160 黒の聖廟
一行は木々の隙間を縫って目印へと向かう。
{あぁっ、置いて行かないでくださいよぉ~}
* * * *
――4階層を進んでから2時間後 1回目の休憩中
「野外型は魔物の動きもかなり違うんですね」
ロランは樹上から降ってきた幼苗木をタイユフェルで仕留めると、コスタンの方を向いた。
「罠のように待ち構えていたりと、自然に馴染んでいますな」
「キノコも土に埋まってたりね」
{バレバレなのが可愛いですよね!}
エリクシルのおかげで、魔物が罠を張ろうが、不意打ちを仕掛けてこようが居場所は検知できる。
移動速度の速い飛行型の害虫類や、獣類でなければ先制もとれる。
もっとも獣類はあの墓狼4体以降見かけていない。
* * * *
――4階層を進んでから4時間後 2回目の休憩中
一行は手ごろな高木に上り、目印までの距離を確認しながらの行軍を続けている。
目印には順調に近づいており、魔物との遭遇次第では後1,2時間で到着といったところだろうか。
「野外型にしては狭いですな」
「このダンジョンが若いからじゃないかな」
{うーん、既存の深層まで解放されているダンジョンが成長した後だ、というのであればそれも理解できます}
「成長途中なのかもな。征服を目指してる俺たちにとっては狭い方がありがたいぜ……」
「せっかく野営の準備をしたのに、荷物が邪魔になっちゃったね」
通常は野外型のダンジョンを攻略するのには短くても数日掛かり、下手すると数週間歩き続ける必要もあるという話だ。
それを聞いて野営の準備までしていたが、今回のダンジョンでは不要になりそうだ。
{荷物を運んでいただいているラクモさんには悪いですが、何事も備えるに越したことはありませんよ。野営の装備があるという安心感こそが、この征服を確実なものにするはずです!}
エリクシルは胸の前で両手をぐっと握り締め、元気よく言った。
「いつもより荷物多いと思ってたけど野営の装備だったんだな」
「これでも最低限だよ。シェルターの材料はそこらで採れるし」
「おお、さすが! 蔓系の植物もあったし、材料には困らねぇもんな」
「……私たちも探窟家と同じことをしているのですなぁ」
コスタンがしみじみと話す。
その声には、これまで自分が世話になった探窟家たちへの感謝が込められていた。
「それにしても一番最初に入る人って勇気ありますよね。……って俺たちもそうなんでしょうけど!」
「探窟家は何十人と連れて行くらしいですぞ。国のお抱えだったりもする分、手厚いですなぁ」
「ふはっ、僕らの方がよっぽど勇気あるね!」
ラクモが軽快に笑っていると、突然、エリクシルのセンサーが反応する。
{ッ! センサーに3体反応があります}
「ん、虫の匂い。また来るよ」
「おでましか……」
瞬時に戦闘モードへと切り替えるラクモの横で、ロランはやや疲れた表情を浮かべるとLAARを構え、照準を覗いた。
* * * *
――4階層を進んでから6時間後 3回目の休憩中
「ふう……結構疲れますね。エリクシルの索敵がある分、全然マシなんでしょうけど……」
ロランは今しがた迎撃した魔物のドロップ品を拾いながら呟いた。
「うむ、魔除け魔法や香炉があればまた違うのでしょうが……」
「すんごく高いよ」
{……脈が速い以外にバイタルサインに異常はありませんね。精神的な疲労でしょうか?}
「……うん、そんな感じ」
無理もない、この地に慣れてきたとはいえ、迷宮型で好きなタイミングで休憩を取りながらマラソンをするのとは訳が違う。
野外型では魔物があちらからやってくることもあるのだ。
常に警戒を絶やさず、魔物を倒して息つく間もなく再び襲われるこの状況では、冒険者になって間もないロランにとっては精神を削られることだろう。
{ロラン・ローグのレベルを上げることでセンサーの範囲が拡張されることを期待しますか? そうすれば事前に魔物察知し戦闘を避けることも可能かもしれません。つまり……一度撤退し再挑戦することもありかもしれません}
エリクシルはコスタンとラクモにも意見を求める。
「……僕はへっちゃらだけど、ロランが負担を感じているならね」
「私はロランくんとエリクシルさんの判断に従いますぞ」
「……いや、目印ももう少しだ。気合入れれば大丈夫!」
{では、少し休憩時間を長くとってから出発しましょうか}
* * * *
目印までの道中は、戦闘後は必ず休憩を挟み移動することにした。
その甲斐あってか、目印へと到着したときには、疲労感もだいぶ薄れていた。
「だいぶ回復したけど……思っていたような建造物じゃなかったな……」
そんな彼らを待ち受けていたのは密林に埋まる漆黒の四角い建造物だった。
「……確かに思ってたのと違う、僕はこんなの初めて見るよ」
「ふむ……」
{明らかに人工物ですよね……}
一同は建造物を前に困惑の表情を浮かべている。
{この建造物から高濃度の魔素反応がありますね……。それと周囲にボスらしき反応もありません}
「入り口もないみたいだね」
周りを一周してきたラクモが応えた。
高さ30メートル、奥行きと幅10メートルの巨大な構造物。
「……なんつーか、"モノリス"みてぇだ」
ロランはエリクシルにだけ聞こえるよう呟いた。
{モノリス、他種族の高度な道具を古代のヒト族がそう呼んだというものですね}
ロランが建造物に手を触れ、タイユフェルの背で叩いたりと材質を確認する。
{表面の細かな線が独特な模様を形成していますね。まるでトルマリン結晶のようです}
「これめちゃくちゃ硬ぇと思う。傷つかないんじゃないか?」
ロランが壁面を拳でコツコツと叩く横で、コスタンはまるで恐ろしい物でも見るかのように、黒い建造物に手を触れている。
「……コスタンさん?」
ロランが声をかけて、コスタンはようやく重い口を開けた。
「……ああっ、私はなんだか見覚えがありますぞ……。あれはアレノールの白の聖廟……」
{白の聖廟……ですか?}
「アレノール教徒の巡礼地だったよね」
ラクモが腕を組んで答えた。
「形も大きさもそっくりです……。ただひとつ、黒いことを除けば……」
アレノール教徒が太陽の光を聖なる力として受け取ることができるとされる聖廟。
コスタンも幼いころに聖廟を訪れたことがあると教えてくれた。
「なぜそれに似たものがこんなところに……」
{これはさながら黒の聖廟といったところですかね。問題はどうやって内部に侵入するかですが……}
「……おそらくボスを探して叩かなければ先へは進めません」
コスタンが両手を返して振っているその時、ラクモが突然耳をぴんと立てた。
「しっ……、静かに……」
彼の敏感な聴覚が、何か大きなものが忍び寄る音を捉えたようだ。
シュルシュルー……
「んっ!? 何か聞こえる!」
ラクモの声は小さく、しかし緊迫していた。
{……周囲に魔素の反応はありませんけど……}
沈黙を破るように一瞬、木々の隙間から差し込む太陽の光がチラリと反射する。
それは密林の影からにょろにょろと木の間を這いずり回り、一行に静かに迫る存在だった。
その動きはしなやかで、音もなくあっという間に距離を詰めている。
(全然気が付かなかったぞ……!)
ザザッ!
密林から飛び出したその姿はまるで、この密林の奥深くを支配する闇の王が地上に顕現したかのよう。
「あれはっ! 影の鱗蛇です!」