157 4つの影
「ラクモ、タイユフェルを使うか?」
「いいの!? 貸して!」
タイユフェルをビュンビュン振り回しながら、笑顔のラクモが先陣を切って進む。
* * * *
緑深い密林を抜けるにつれ、周囲の光は次第に薄暗くなり、木々の間からは奇妙な音が聞こえてくる。鳥のさえずりも少なくなり、不気味な静けさが漂う。
するとラクモが耳を急にピンと立て、周囲を警戒する。
「……何か臭う、腐った臭いだ」
「……エリクシル? なんか反応あるか?」
{レーダー内には反応はありません。臭気が風で運ばれてきているのでしょうか……。警戒しましょう!}
緊張感をもって探索を続ける一方、コスタンは何か考え込んでいる様子だ。
「密林、腐った臭い……フィールド、ダンジョン……」
「コスタンさん、何か心当たりが?」
「……もしや、獣系の襲撃かもしれません。急ぎそこの広場に向かい、皆で背中合わせになりましょう」
《……無声通信、エリクシル、ホログラムを消して待機。必要ならタイミングを見てやってくれ》
{{アレ、ですね。承知しました!}}
走って広場まで行き、すぐさま四方をカバーできるよう背中合わせになる。
林の中の陽光が微かに揺れる中、遠くから微かな枝の折れる音が響く。
ラクモが緊張した面持ちで周囲を警戒する中、ふと、空気が震えるような低く奇妙な唸り声が、遠くから聞こえてきた。
地面の草花が微かに揺れ、小さな生物たちが何かを感じ取ったかのように隠れる場を求めて逃げる様子が確認できる。
その時、密林の奥から異様な気配が迫ってくる。
{囲まれていますっ!}
エリクシルの声を聞いて、一同が戦闘態勢に移る。
林の奥深くから薄暗がりに瞬く影が点滅する。
何かが静かに、しかし確実に近づいてくる。
木々がほんのわずかに揺れ、葉と葉がこすれ合う音が、緊迫した空気を一層高める。
突然、四体の獣が視界に飛び込んでくる。
骸骨の面を被ったような体長1.8メートルの獣たちは驚異的な速さと連携で動き、木陰から現れては再び木々に紛れる。
その四肢には常に闇が纏わりつき、それが地を這うごとに黒い霧が立ちのぼる。
黒い霧は彼らの通った後にも静かに木々の間を漂い続け、植物がみるみるうちに朽ち果てていく。
「骨を被った狼!? 障害物が多くて狙えない!」
「墓狼ですっ!! 奴の攻撃を受けてはなりませんぞっ!!」
(……あの黒い霧か? 確かに喰らったらやばそうだっ……!)
攻撃のタイミングを見計らう墓狼達の動きは、まるで訓練されたかのようだ。
骨が擦れる音と黒い霧、地面を踏む重い足音が、じわりじわりと一行の緊張を高めていく。
「相手の攻撃を引き付けるのです! ……しかし4体は手厳しいですな!」
一同は背中合わせで応戦姿勢をとったまま、どこから襲い来るのか待ち構えた。
すると、うち一体がロラン目掛けて飛び出した。
ロランがLAARを構え、照準を合わせる。
銃は一瞬にして火を噴き、最も近くに迫った墓狼に向けて連射を始めた。
「くそっ! こいつ避けるぞ!!」
銃という武器を認識しているのか、こちらにジグザグに迫る墓狼。
「当たれぇー!」
ばらまいた弾丸がようやく着弾し、怯み、速度を落とした墓狼を、更なる銃弾が襲い掛かる。
一体に連射している隙を狙うかのように、別の墓狼が迅速な動きでロランの横に現れた。勢いそのままに血に飢えた野性の目を輝かせながら襲いかかる。
「ロランくんっ!」
剣と盾を力強く握りしめたコスタンは、黒い霧をまとった墓狼の攻撃を予測しロランの死角に割って入る。
ガギギィィッ!!
墓狼の鋭い爪が盾を叩くと、鈍い金属音が辺りに響き渡り、爪がちりばめられたように空中に散る。
黒い霧が滑るように盾から落ちていくが、盾は無傷で耐えていた。
「むおっ! さすがの盾です……!」
コスタンは感嘆の声を上げるが、その体は墓狼の圧力によって後ろへと押される。
「今の私なら……なんのっ!!!」
力強く叫びながら、完治したばかりの右膝に力を込める。
コスタンは全身の力を解放し、墓狼を弾き飛ばす。
「ふんっ!!」
「さっすがっ!!」
ロランは盾で押し返された墓狼の、着地の瞬間を見計らって連射。
敵は数発のもとに沈む。
ふたりへと注意を向けたラクモの後ろから、今度はもう一体が飛び出す。
地を蹴る音に即座に気が付いたラクモの目がギラリと光る。
そして振り向きざまにショットガンを放った。
ガウンッ!!バッシャッ!!
大口を開け、鋭い牙を見せつけた墓狼の頭部が跡形もなく吹き飛ぶ。
血の尾を引いてくるりと一回転すると、地面に堕ちた。
「危ねぇ! ナイス!」
{まだですっ!}
ロランがラクモに声をかけた一瞬の隙をついて、最後の一体が低い姿勢でロラン目掛けて飛び出した。
{ばぁっ!}
姿を消していたエリクシルだが、突如、いないないばあをしながら墓狼の眼前に姿を見せる。
ギャウンッッ!
墓狼は驚き、急ブレーキをかけると、そのまま真横へと飛び退いた。
「ナイス―!!」
ダガガガガッ!
その隙を銃弾の嵐が通過し、最後の墓狼も塵となって消えた。
{……目標を排除しました!}
エリクシルの声が戦闘終了を告げた。