145 強化個体
* * * *
――『タロンの悪魔の木』地下1階層 ボス部屋
{あの体躯に加えて魔素濃度もかなりのものです。外見もそうですが強さも今までのボスとは明らかに異なっているようですね。いったいどうして……}
「……考えても仕方ねぇ、脱出するには倒さねぇと」
「うん、ロランに同意。でも、エリクシルさんに考えがあるのなら聞いておきたいね……」
一行は鳴動芋虫であるはずのボスと対峙していた。
違いは一目瞭然で、赤と黒のストライプ柄の体表が通常個体より色濃く、危険色が強く表れている。
体高はほぼ2メートルにも及び、その甲殻は一層強固に見え、短毛も太く長くなっている。
特に今までのボス、鳴動芋虫より数倍も大きい触覚が目立っていた。
幸いにもボス部屋に侵入した際の挙動は変わっていなかった。ボスはこちらを威嚇するばかりで攻撃態勢には入っていないため、作戦会議に十分な時間を使うことができるだろう。
{……敵の強さや能力が未知である以上、安全に倒すには相手に攻撃の隙を与えないことが必要だと考えます。……今ある装備を全て用いて、急所を集中的に叩く他ないでしょうね}
エリクシルはLAARをロランが、ショットガンをラクモに装備させ、集中砲火を浴びせるという案を出した。
「えっと、ショットガンを僕が……?」
ラクモは明らかに困惑している様子だ。尻尾を少し巻きこんでいる。
「うん、まぁそうなるよな。使い方もわからないだろうし」
{ショットガンはアサルトライフルよりも連射速度が低く弾薬自体が大きいので、初めてのラクモさんでも当てやすいはずです。それに、射撃の操作自体は難しくありませんよ。構えて衝撃に備えて、トリガーを引けばよいのです}
「いやでもよ、俺は強化服でリコイルコントロールしてるから簡単だけど、初めて使うラクモは大変じゃないか?」
「……いや、やるよ。ショットガンの威力は知ってる。たぶん銃がすごく跳ね上がるんだろうね。だから肩で受けて抑え込むんだよね?」
ラクモの観察眼はここでも発揮されていた。
彼は護衛がてらに、射撃するロランをしっかりと観察していたのだ。
手渡されたショットガンを素早く操作して見せる。
排莢動作やリロードも手慣れているかのようだった。
「いやいや、ラクモ、半端ねぇ!」
{どうにもヴォイドの地の住民は適応力や能力がずば抜けていますね……わたしにもその適応力が欲しいくらいです!}
褒められたラクモは、耳をピコピコと動かしながら照れている。
{では、この戦術で進めましょうか。便宜上あの魔物は強化個体と呼びますね}
「おう、あいつの弱点を予測してくれ」
{はい、そのつもりです}
エリクシルは腕輪型端末の短距離パルスを展開し、強化個体の体表を簡易的にスキャンした。
次いでロランのARが展開され、装甲のような甲殻の隙間を強調表示されて弱点の候補がいくつかピックアップされた。
{ショットガンで装甲を削った後に、アサルトライフルで制圧するのがよろしいかと}
「……なるほど。制圧中にショットガンのリロードを済ませて連続攻撃するわけだな」
{はい、相手にターンを回さないのが肝ですね}
ラクモはいまいちわからないと言った表情を浮かべた。
「えーっと、つまりだな……」
ロランはラクモに、弱点である頚部の付け根や胴体の装甲の隙間の位置を教え、再度ショットガンの操作方法を確認し、今回の作戦を分かりやすく説明した。
ショットガンの威力は折り紙付きだが、難点はリロードの遅さだ。アサルトライフルで弾幕を張り、ボスの行動を封じている間にリロードを済ませ、次の攻撃動作に移るのだ。
「……じゃぁ、僕がショットガンを6連発したら、今度はロランが撃って、を繰り返すんだね」
「そういうこと!」
{銃器の残弾数から見ても2ターンが限界でしょう。それでも続けざまに打てば装甲も剥離するはずです。見たところ岩トロールの装甲よりは柔らかそうですしね。……もし弾切れしても相手が生存している場合は、ダインスレイブで止めを刺してください}
「わかった!」
最後の言葉を少し不安げに告げたエリクシルに対し、ロランは力強く頷いた。
どちらがとどめを刺してもいいように、ふたりでパーティを組む。
パーティ承認の握手をしながらラクモに射撃中は耳を伏せるように助言すると、今度は鋭い目つきで強化個体を見つめた。
そして毒対策にVS社製防毒マスクと銃声軽減のためのイヤーマフを装備する。
{では……作戦開始です!}
「おう、エリクシル!」
「ぼくもいけるよ」
一行は戦闘態勢に入った。
エリクシルの指示の下、ラクモとロランはそれぞれのポジションへ移動する。
緊張が空気を支配する中、ボス部屋に彼らの息遣いと、耳障りな強化個体の鳴き声だけが響いていた。
エリクシルが射撃用意の合図を告げると同時に、ラクモはショットガンを構えた。初めての扱いであるが、既に基本的な操作は理解していた。
そして射撃開始の合図を確認すると、息を吸い込み、一点を集中的に狙い、強化個体の弱点である甲殻の隙間へ向けて引き金を引いた。
ガウンッ!!バッシャッ!!
驚くほどの反動に体が揺れる中、ラクモは姿勢をしっかりと固定して6連撃を叩き込もうとする。
強化個体も大人しく次の攻撃を待つはずもなく、その巨体を波打たせラクモへと飛び掛かる。
「ラクモッ!!」
「大丈夫」
ラクモは強化個体に向かって駆けだすと、波打つ巨体の腹部分、隙間目掛けてスライディングをした。
スレスレでくぐりながら、すれ違いざまにに残りを叩き込んだ。
「まじかよ……すげぇ!」
{素晴らしい戦闘センスですね!}
2発は弱点に命中しなかったが、さすがスラッグ弾の威力と言ったところか、装甲は瞬く間に弾け飛び、強化個体から緑色の体液が飛び散る。強化個体は苦痛の声を上げながら怯むが、巨大な触覚を点滅させさらに反撃に出ようとする。
「させるかっ!!」
ロランがアサルトライフルを構えて迅速に追撃。その隙にラクモは素早く射線から離れ、リロード態勢に移った。
連射音が響く中、甲殻は次々に割れていき、強化個体は更なるダメージを受けて動きを鈍らせていったように見えた。しかし自慢の触覚が強く光ったかと思えば、次の瞬間。
ギィイィィィィンッ!!
{わっ……!}
耳鳴りにも似た金属質の不快な爆音が、ボス部屋に響き渡る。
エリクシルの全身にノイズが走り、ホログラムであるはずの身体が咄嗟に耳をふさぐ動作をする。
しかし銃声から耳を守るために備えていたロランとラクモは、顔をしかめる程度で済んだようだ。
「攻撃するよっ!」
ラクモはショットガンのリロードを終え、再び弱点を狙った。
身もだえしている強化個体を相手に、二度目の射撃は更に正確で、全弾命中。
深い傷を残すと、強化個体は苦痛で地面を踏みしめた。
「良いぞ、ラクモ! その調子!」
ラクモが撃ち切り、ロランが追撃を始めて半分を撃ち切ったところで、ARを注視した。
血みどろの強化個体は地鳴りのような雄叫びを上げ、のたうつが、一瞬の静寂の後、地に倒れながら塵となった。
{……目標を排除しました!}
エリクシルの明るい声が戦闘の終了を告げる
部屋には焦げた匂いが漂い、勝利の重みが彼らの間に広がった。
「やったっ!」
ラクモが拳を振り上げながら叫び、エリクシルも手を叩いて祝福している。
と、ロランにお馴染みの感覚が訪れた。
「おっ! この感じ! 来たぜーっ!!」