133 歩く樹、トレント
コスタンの仕切り直しに皆も十分に気合を入れる。
そしてボスの部屋へと通じる闇ををくぐり抜ける。
「浮く人面樹だ……」
ラクモが呟く。
コスタンは苦々しい表情を浮かべ、ロランはひたすら不気味に感じた。
瓶の中のプニョちゃんは、怯えているかのようにぶるぶると震えている。
中央にいるのは、足元に力場でもあるかのような、不自然に浮遊する木。
根に向かうほど幹は細くなり、立つには頼りない根。
葉っぱは青々と生い茂り、枝からは刃のような鋭い蔓が垂れ下がっていた。
高さは2メートル程、幅は40センチ。
そしてどう頑張っても見過ごせない、目を瞑った老人のような顔がある木の幹だ。
「ただの人面樹ではありませんぞ……。あの葉っぱ、恐らく楡の木で間違いない、ニレの魔法使いです……」
「楡の木? あれが……魔法使い……? 浮いてるし顔は確かに魔法使いっぽい雰囲気がありますけど……」
「歩く樹と呼ばれる魔物です。普段は歩いている魔物ですが、こうして魔法を行使する物は浮くこともあると聞いたことがあります。そして非常に魔法の扱いに長けているとも……」
魔法使いの扱う武器は長杖、中杖、短杖、魔杖、王笏と多岐に渡る。
いずれも木材を主としてを加工して製作するわけだが、とりわけ魔物からとれた素材は良い杖が作れると知られている。
つまり、ニレの魔法使いは全身が杖、と同義ということだ。
魔法の威力もとりわけ高いことが予測されるらしい。
「コスタンさん、あれの格は……?」
「わかりませんが、恐らく小鬼の祈祷師と同じ3か、それ以上か……」
魔法を扱う魔物は総じて格が高くなりやすようだが、格3以上は6層以降に出現するという定説を覆している。
ラクモの「ダンジョンは生き物だから、僕たちをみてやり口を変えてきているのかも」という言説に、ロランは驚きを隠せない。
(確かに攻略速度が尋常じゃないが、対応が早すぎじゃねぇか? ダンジョンが生き物だとして、そんなに急造できるものなのか?)
仮説に仮説が重なり、もはや意味をなしていない。
原点に立ち返り、主題を思い出す。
問題は、この敵が岩トロール並みの防御力を持っているかどうかだ。
(さすがに岩よりは木の方が柔らかいはずだけどよ、見るからに太い幹だ……。
樹木に向けて銃なんか撃った経験もないぜ? ……害虫のように粉砕できるのか?)
ロランは、この魔物を銃で圧倒できるというイメージが全く湧かない。
コスタンもこんな低層で見るボスとは考えられず、本来であれば大型の武器をもって伐採するような魔物だという指摘もあった。
こんな時にエリクシルが居てくれれば、膨大な量のデータベースと得意の考察で、攻略方法を導き出してくれるんだろうけど……。
「……ニレの魔法使いは、防御魔法を持っていますかね?」
「おそらくあやつもストンスキンを持っているかと……」
ストンスキン。小鬼の祈祷師が展開していた防御魔法だ。
しかしボスは近づきさえしなければ、先手を取ることが許されている。
「……でもさすがにまだ展開されていない。おそらく未詠唱ですよね?」
「この場合、そうだと思います」
「でも、開幕唱える魔物は多いよね」
「攻撃魔法は?」
「石の矢礫は使うかと、それ以外はわかりません」
「なら……」
開幕こちらの最大火力を一遍に与えれば済む話だ。
ショットガンの連射で詠唱する隙を与えなければいい。
スラッグ弾ではなく、バックショット弾で削れるのかいささか不安はあるが……。
「うむ、先手を打って魔法を潰せればなんとかるはずです」
コスタンの肯定に、ロランは意を決してショットガンを構える。
狙うは顔部分。詠唱するための口を狙うのが定石だろう。
「やります……」
「僕も微力だけど……」
ラクモが弓で狙いを付け、コスタンも身構えた。
そしていつもの合図で同時に攻撃を開始する。
ガウンッ!!バッシャッ!!
6連装のショットガンが唸りを上げる。
ニレの魔法使いは初撃、弾が直撃する前に目をカッと見開いた。
しかしすぐさま襲い来るペレットの嵐に外皮を抉られ、その顔が潰される。
ラクモの矢は幹の上部に刺さったが、ダメージを与えられているのかはわからない。
口も潰されているが、地鳴りのような低い声がどこからともなく聞こえてきた。
「まずいっ!」
「詠唱していますぞっ!」
ガウンッ!!バッシャッ!!
続けざまに2,3,4発目が撃たれるが、ニレの魔法使いの詠唱は止まらずに続いている。
周囲には捻れた石槍がいくつか形成されている。
明らかにストンスキンではない攻撃魔法だ。
「石の槍ですぞっ!」
「防御を捨てて攻撃に割り振った!」
ガウンッ!!バッシャッ!!
更に5,6発目が撃たれ、ニレの魔法使いペレットの衝撃で体を揺らし、とうとう根の部分を地上に降ろす。
詠唱は阻止できたのか、石槍は地面に落ちて塵となった。
続けざまの射撃により木部まで削り穿つが、未だ全体の7割は残っている。
乾燥していない生木であってもこの硬さだ。いや、生木だからこそなのか?
ニレの魔法使いの耐久性はロランの想像をはるかに上回っていた。
そして地中へと根を張らしている様子から魔法は封じたようだが、どうにも不穏な感じがする。
(くそっ! エリクシルがいれば……)
コスタンとラクモも次にどう動くか判断に困っているようだ。
(いや……、やるしかねぇんだ!)
ロランはショットガンを撃ち切り逡巡していたが、すぐさまLAARに取り換える。
「続けて撃ちます!」
ダガガガガッ……!
1マガジン、30発を撃ち切るもすべては命中せず。
それでも残りの半分は削っただろうか、いくつかの弾は貫通し、木部がささくれ立ってはいるが、未だ討伐できず。
ニレの魔法使いがささくれ立った木部を歪め激高してみせる。
歪な声が部屋に響き渡り、鋭利な刺蔓を高速でしならせ始めた。
そして根を引き抜き、ロランへと襲い来る!
「援護お願いします!」
ロランは冷静に、リロードのための時間を稼いでもらうよう指示をした。
ラクモが投擲に移り、数本のナイフが続けざまに放たれるが、 ニレの魔法使いは止まらず。
コスタンがロランの正面に出てカバーに入り、蔓を打ち払い、切り捨てる。
しかし容赦なく迅速に盾をすり抜けてきた蔓が、コスタンの右膝を痛烈に打ち据えた。
「ぐっおっ……!」
「コスタンさんっ!!」
激痛に打ちのめされ、コスタンは片膝を地につけた。
ギャンベソンは引き裂かれ、衣服の隙間から血が滲み出し、深紅に染めていく。
ロランはその光景に焦りを隠せず、リロードに手間取ってしまう。
迷うことなくラクモが前に出て、コスタンの盾を手に取り、カバーに入った。
空気を切り裂くような凄まじい咆哮が響き渡る。
「ガルルルッ!! ガアァオオォッーー!!」