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本当に三人で

 ミユキはマシロのことをよく知っているつもりだった。

 いや、つもりというか、実際よく知っている。

 縹川はなだがわ学園の一年で、住んでいるのも縹川。

 得意科目は国語と歴史で苦手科目は体育。

 趣味はピアノ……と本人はよく言っているけど、たぶんそれは余所行きの趣味というか、親に言われるか何かでやってることで、本当は特段好きじゃないというか、情熱を持っているわけではなさそう。

 つぶらな瞳とふわっとしたベージュの髪がチャームポイントで、後頭部に顔を突っ込んで深呼吸したい衝動に駆られることもしばしばだ。

 身長は159センチ、最近体重を気にしてるけど実際のところ全然太ってないというか、個人的にはもう少し食べればいいのにと思うくらいだ。

 そもそも、太って見えるのも体重が重めに出るのも胸が大きいからだろうし、それが希少価値だと本人はちゃんと自覚するべき。何カップあんだよアレ一体今度ブラのタグ見てやろうか。

 からかったり冗談を言ったりすると困ったように笑うのが癖で、それが可愛いのと同時に守ってあげたくなるというか、もうたまらなくなって抱きしめたくなる。というか実際抱きしめたこともわりとあった。


 だが、最近そのマシロの様子がおかしい。

 元々人に気を遣う方の子なのは知っているけれど、それがますます酷くなっているというか、度が過ぎてオドオドとこちらの顔色を窺うような素振りが多くなった。

 それはまぁ、そんなこともあるだろうと思ったし、『気を遣うな』と言ったところで仕方ない。

 こちらはなるべく自然に、リラックスしている姿を見せていればそのうちバランスを取り戻すんじゃないかと思っていた。

 ミユキにとって問題なのは、お仕事終わり恒例のデートに行こうという時に、


「せっかくだし、入内島君に決めてもらうってのはどうかなって」


 などと言い出したことだ。

 わざわざ赤の他人に決めてもらう意味がわからない、というのはもちろんだけど、それにも増してわからないのは、


(本当についてきてるし……)


 入内島ユウト。《カサブランカ》三人目のパイロット。

 ミユキやマシロよりひとつ年下の、男子。

 男だ。

 それが、二人のいつも使うバスに乗ってついてきている。

 バスの中はとりわけ混んでいるというわけではないが座席はほとんど埋まっていて、ひとつ空いていたところに現在ミユキが座っている……というか、残りの二人が遠慮し合って全然座ろうとしないから座らざるを得なかった。

 結果、当然ながらマシロとユウトはその横で並んで立つことになる。


「……それで、私達はこのへんの行けそうなところはだいたい行っちゃってて、えへへ」

「そう、なんだ……僕はテックアイランドのことは全然知らないから、案内してもらうくらいのつもりの方がいいのかな、あはは」


 二人は一応会話してはいるもののいかにもぎこちない。

 わざわざそこに入っていくような気にもなれなくて、ミユキはさっきから一人で端末をいじっていた(とは言っても、画面はSNSのタイムラインを上から下へとスクロールしているばかりで、内容などほとんど頭に入っていない)。

 この状況はいかにも不可解で、ひょっとしたら二人はグルになってしてこちらをドッキリか何かにハメようとしているのでは、と思ったほどだけど、ユウトの困惑ぶり、緊張ぶりを見るにそれは無理筋だろう。

 そもそも、マシロはそういうサプライズなんかを仕掛けようとするような子でもない

 大して親しくもない、一回話しただけの男子を、いきなり遊びに連れ出してきた……マシロの行動はそういうことだと考えるしかない。


「親睦会……っていうのかな。ほら、一緒に戦うんだから、お互いを知るっていうか、そういうの大事じゃない?」


 と本人は言ってはいたけれど、明らかに言い訳くさいというか、何かを誤魔化している風だった。

 一体何を隠しているのか、何を考えているのか。


(……わからん!)


 入内島ユウトと親睦を深める必要がある、というのは(賛同するかは別として)理解出来るとしよう。

 しかしそれにしたってもっと方法とか、順序とかいうものがあるだろう。

 どうしても急いで三人で出かけなければならないような、外せない用事があると言うなら、行先はマシロが指定していないとおかしい。


 結局のところ、わからない。何度考えてもその結論は変わらない。

 マシロのことがこんなにもわからないのは初めてで、それがますます混乱させられる。

 全く初対面の時の方がまだマシだったのではと思うほどだ。


「ね、ミユキちゃん」


 声をかけられて顔を上げると、そこにはやっぱり困ったように笑っているマシロがいた。

 それを見るとやっぱりわからなくて、でも何故か少しホッとしてしまう自分がいるのをミユキは感じた。


「あー、今完全に魂抜けてたわ。何の話してた、?」

「端末いじりながら幽体離脱はなかなか斬新だね……」


 幽体離脱という言葉を聞くのもなんだか久々な気がして、ミユキも合わせるように笑った。

 マシロとユウトが何か話していたらしいことはわかっていたし、その隣でずっと端末を触っているのも感じ悪いなと今更ながらに思い、カバンにしまおうとした時、


「あ、ついでだし調べてもらったらいいんじゃないかな、動物園」

「動物園?」


 ユウトの言葉にほとんど反射で聞き返すと、マシロはまた笑った。


「さっき動物園でいい?って聞いたら『うん』って言ってたよ、ミユキちゃん」

「そうだっけ……マジで幽体離脱してたかもしれん……ええと、波花なみばな動物園でいいんだっけ」


 わざとらしく頭を押さえるジェスチャーをしながら、しまいかけた端末をまたいじりはじめる。


「波花市立動物公園……だったかな?」

「市立動物公園、だって」


 ユウトが言って、マシロが取り次ぐように繰り返す。

 その頃にはもうミユキは『波花動物園』で検索をかけていて、トップには『波花市立動物公園』が表示されていた。


 ◆


 パイロット三名がバスに乗ったころ、博士と蘇芳はようやく会議室を出ていた。

 常に清掃の行き届いた清潔な廊下は妙に殺風景に見えて、《カサブランカ》や他所のメックのプラモを飾る棚を設置しようという提案をしたこともあったな、と博士は思い出していた。

 結局上役の議題に上ることすらなかったらしいが。


「飾るプラモデルを組み立てるのも業務時間のうち、というのは通じませんよ」


 と、蘇芳がわりとドン引いた目で言っていたのが印象的と言えば印象的なのだけど、一体何故バレたのか不思議でならない。


(というか、いつの間にあんな微妙なニュアンスの表情ができるようになったんだろうな、コイツ)


 そう思って隣りの蘇芳をちらりと見てみるとバッチリ視線が合った。


「博士」

「はいっ?」


 返事の語尾が上がったのはいつもの口癖でも煽っているのでもなく、単に動揺して声が上擦ったからだ。


「ユウト様を超短距離パシリにして渡させたあの封筒はなんだったのでしょうか。何か連絡事項があるという話は聞いていませんが」

「パシリとか言わないでよメイドさんがさ……」


 ハァ、と安堵と呆れの溜め息を漏らす。

 博士の身体では、長身の蘇芳の顔を見るのにもかなり見上げないといけないから、ちょっとした発言もなんだか威圧感を覚えるのかもしれない。


「まぁ、大人の立場からのちょっとした助け舟ってとこかなぁ、アレは。乗るか乗らないかは彼ら次第だけど」

「それは……」


 蘇芳の言葉は、前から近づいてくる足音に中断された。


「おっと……"博士"、それから蘇芳さん。例の三人は?」


 足音の主は制服の少女。しかし、その制服のデザインはミユキの物ともマシロの物とも違って、落ち着いた色合いの、いわゆるセーラー服に近いものだ。

 黒のロングヘアと黒縁のメガネが良く似合う彼女は、友達にそうするようなごく自然な足取りと微笑みで二人の前に立つ。


「ざんねん、今さっき帰ってったとこだよぉ」

「あらら、入れ違いか……」


 制服の少女……中嶋シノは後ろを振り返って見たものの、当然探している相手の姿はなかった。


「何か喫緊の事態であれば、御三方の端末に連絡することは可能ですが」

「あ、ううん違う違う。せっかくだし挨拶しようと思ったってだけだよ」


 笑うシノの緩んだ表情やちょっと大げさな身振り手振りは、そのいかにも清楚で真面目そうな外見のイメージからは想像しにくいものかもしれないが、博士にとってはごく見慣れたいつもの姿だった。


「心配かい?君推薦の新人君がどうしてるか」

「まぁ、そりゃあね……」


 小さく肩をすくめて見せるシノ。


「誠実そうだし実際いい子だと思うけど、女の子にはあまり慣れてないみたいだし、入内島君。いきなりあの二人の間に割って入るのは荷が重いかなぁって」


 同い年のクラスメイトの女子にも"いい子"と言われる、入内島ユウトの性格というか、ポジションのようなものを思って博士は苦笑した。


「ま、別に二人を口説いてもらおうってわけじゃないんだし、割って入る必要も無いし。それなりに上手くやってもらえさえすればいいのさぁ」

「どうだか」


 短く返してシノも苦笑する。


「これまでの観測データから推測しますと、ただいまの時点で博士が"よからぬこと"を企んでいる確率はおよそ77%です」

「うわ、それホント?蘇芳さん」

「アンドロイドジョーク怖ぇ〜……」


 そう言って博士が笑いながら歩き出すと、シノもついて歩き出した。

 その様子を見てさらに一歩半後ろを歩行しながら、蘇芳は『親子の仲がいいのは良いことだ』と思うともなく思っていた。

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