不安と予感
「ハイではぁ、こちらが《カサブランカ》三番目のパイロットとして皆さんの仲間になる、入内島ユウト君です。は〜くしゅ〜」
ピンクの髪を野暮ったく床まで伸ばした白衣の少女が言うと、まばらな四つの拍手が会議室に響く。そのタイミングもテンポもまったく合っていないのがやけにもの寂しく聞こえて気まずい。
「んじゃまー、これから一緒にはたらく仲間として自己紹介でもしてもらおうかなぁ。とりあえずは……」
「それより、聞きたいことがあるんですけど」
ピンク髪の少女、"博士"の言葉を遮ったのはユウトもよく……とは言えないまでも知った顔。春日谷マシロのパートナーで、カサブランカのパイロットの秋枝ミユキ。
ユウトと同じ民間からの協力者を意味するという青の名札をさげたボブカットの少女は、やけに、と言うべきか真面目な表情をしているのだけど、
「ここまで全然説明がなかったと思うんですが、なんで三人目を探そうなんて話になったんですか?私達が失敗したから?」
質問の内容と語調から、その表情はむしろ不満と反感から来ているものなのだと気づいた。
そして、彼女の疑問はユウトにとっても気になるところだ。
露草には、カサブランカにはすでに優秀で有名、人気者のパイロット二人がいるというのに、何故三人目が必要なのか。
「いい質問だ!……と、言ってあげたいけど秋枝くぅん、実のところそれは愚問というものじゃないかなぁ」
博士の言葉は持って回ったような言い回しが多く、今も何やらクネクネと身体をゆするようなよくわからない身振り手振りを交えている。
そのいちいち大仰な所作といい、そもそもの奇抜な出で立ちといい、ユウトが今まで会ったことの無いタイプの人間なのは間違いなさそうだった。
「まず第一に、言うまでもなく君達は露草の防衛の要だよねぇ。でも、秋枝くんと春日谷くん、二人が揃わないとカサブランカは動かせない」
それはメックに詳しくなかったユウトも知っていた、ごく当たり前の事実。
脳への負荷の分散やら何やらで、巨大なメックを動かすには複数人のパイロットの分業が必要になる、という話だったとぼんやりと思い出す。
「でもそれって困るよねぇ。怪獣が出てきた時、二人のうちどっちかがカゼ引いてただけで戦えないってことだし。怪獣に『今日のところはお引き取りください』ってお願いする訳にもいかないしぃ」
「……要するに、"予備"がいるってわけですか?」
「カンタンに言えばね」
ミユキの語気からはうっすら苛立ちが滲み始めているが、気づいていないのか気づいて無視しているのか、博士はいかにも楽しそうに笑顔を浮かべてすらいる。
「上手く行けば旅行だって行けるようになるかもしれないよ?このままパイロット卒業まで露草に釘付けじゃ、年頃の女の子には酷だしねぇ。そういうワケで、我々は新しい候補生の選定をずっと続けてたのさぁ」
いちいち遠回しというか一言多いというかだが、博士の言うこと自体はもっともだと思う。
考えてみればむしろ、今までよく二人だけでやって来たなと思うくらいだ。
「でも……」
「あ、それから第二に、なんだけど」
ミユキと博士、二人の声が重なって、遠慮というものを知らないらしい博士の方が言葉を続ける。
「《グラウダ》との戦いで、君達が"失敗"したなんて誰も思っちゃないよ。怪獣を倒して二人とも無事に帰ったんだから大勝利、あの厄介なの相手に二人ともよくやってくれたさ」
急に落ち着いたというか、変に"大人"然とした声で、微笑みながら言う博士。
それを聞いたミユキは黙ってしまって、でもひとつ息をついて肩を竦めた彼女の、苛立った雰囲気は少しだけ和らいだように見えた。
しかし、その代わりにと言うのか、その隣にちょこんと座ったベージュの髪の少女……マシロは顔を小さく俯かせてちぢこまっているように見えた。
それは先日テストの時、例の『決まりすぎた』笑顔でジュースをくれた彼女のイメージとは全然違って、気になっていたのだけど……。
◆
「あの、これ……」
会議室から廊下出てものの十数歩というところ。ユウトが声をかけて封筒を手渡すと、マシロはそのつぶらな瞳をますます真ん丸にした表情のままそれを受け取った。
「えっと、博士が渡してきてって」
女の子に話し掛けるのは慣れなくて、何故か言い訳じみた早口で言っている間にも、マシロはその薄い封筒を裏向けにしたりして確認している様子だったけれど、
「ありがとう、ごめんねわざわざ」
と言ってカバンに入れている間にも、それが何なのかはいまいちピンと来ていない様子に見えた。
その表情はどこか困ったような笑みで、やっぱり例の『決まりすぎた』顔からは程遠い。
見れば、向こう(マシロが歩いていた方向)には秋枝ミユキがいて、こちらを睨んで……とは言わないまでも、あまり友好的には思えない視線を向けてきていた。
顔合わせでも彼女の苛立った様子は見ていたから、ユウトとてもあまりよく思われていないだろうことはなんとなく感じている。
それを『何故』とは思わないし、
「それじゃ、僕はこれで」
と言ってその場を離れようと後ろ(出口と反対の方向)を向こうとした時、
「あっ、待って!」
マシロの声に思わず振り返った。
別段大声を張り上げたというような調子でもなかったのだけど、彼女が語尾に『!』をつけるような声を出すのがなんだか意外な気がした。
当の彼女はと言えば、
「えっと」
目を逸らして、カバンの肩掛け紐をいじっている様子はいかにも困ってるようでますます意外だ。
「マシロ?どしたいきなり」
と、確認するように声をかけたのはもちろんユウトではなくミユキだ。
「あ、いや、ええと……この後行くとこ、決まってなかったよね?」
「そうだけど……」
要領を得ないというか、何を言わんとしているのかわからないのはミユキも同じらしかった。
ユウトにいたっては、二人がこの後遊びに行くつもりのようだということを今知ったという段階なのだが。
だから、
「だからさ、ほら……せっかくだし、入内島君に決めてもらうってのはどうかなって、さ」
あまりにも唐突なマシロの提案には、
「え?」
と返すしかなかった。