秘密基地にて
露草地区エリアBでの戦いから一週間が経った頃には、被害を受けた市街地では規定の手順に従って修復、復興作業が始まった。
決して小さな被害ではなかったが、迅速な避難の甲斐もあり住民の犠牲はなく、一ヶ月もすれば今回のことも『数ある怪獣災害のうちの一件』として片付けられることになるだろう。
一方、戦いで受けた傷を癒そうとしているのは市街地だけではない。大爆発の熱と衝撃を間近で受けた《カサブランカ》の修復作業も急ピッチで進められていた。
"秘密基地"の格納庫は、その面積、高さ共にあまりに大きく、マシロはそこが地下であるということを忘れてしまいそうになる事すらあった。
慌ただしく走り回る整備スタッフやフォークリフト、マシロには名前も分からないようなその他の重機などが行き交う様子は構想ビルか何かを建てるための工事現場のように見える。実際、今ここで行われているのは大掛かりな工事のようなものと言って間違いではないのだが。
ペットボトル飲料や食料品を山積みしたワゴンを押して歩いているマシロが左手を見上げると、そこには現実感が薄れるほど巨大な構造物が横たわっている。
『横たわっている』ということがわかるのは、マシロがそれを自らの乗機……《カサブランカ》だと知っているからだ。もしそうでなければ、そのあまりに大きすぎる機体は何かの建築物か、ただむやみやたらに部品を組み合わせた鉄の塊のようにしか見えなかっただろう。
今マシロがいるのはカサブランカの頭部側で、張り出して見えるのは装甲パーツの取り外された肩部だろう。
「宮地さーん!」
マシロはその巨大な機械に張り付いて作業している整備スタッフ達の中に、よく知った顔を見つけて声をかける。
携帯型の端末で何かの計測をしていたらしい(マシロには専門的なことは分からない)彼は、振り返ってマシロの顔を見つけると『おっ』と声に出したらしいことが口の形からわかったけれど、それは周囲の喧騒と機械音にかき消されて聞こえなかった。
足場から飛び降りる勢いで駆け寄ってきた青年……整備スタッフの宮地リョウスケは、さっそくワゴンから菓子パンの袋をひとつ手に取ると、
「久しぶりぃ。まさかマシロちゃんが持ってきてくれるとは思わなかったよ」
と、人の良さそうな笑顔で言う。
「あはは、ちょっと頼まれちゃって。私としても、カサブランカの様子は見ておきたかったんで、ちょうどいいかなって。……どんな感じですか?」
マシロがちょっと照れたような笑みで返してから尋ねると、リョウタは『あぁ……』と声を漏らしながらカサブランカの機体を見上げる。その手にはいつの間にかもう炭酸飲料のペットボトルも握られていた。
「まぁ、ご覧の通りってところかな。前面の装甲は総とっかえ、マニピュレーターも丸ごと交換になるだろうし、内部フレームは見た感じ大きな歪みとかは無いけど、全部点検しておかないとダメだろうなぁ。そこばっかりはナノマシンにおまかせって訳にはいかないしね」
「そうですか……」
酷い損傷だったということはマシロもよくわかっていた。かなり無茶な戦い方をしてしまったという自覚はあるし、なによりあの大爆発だ。
そもそもの話、こうして食事を格納庫まで持ってくる必要があること自体、整備スタッフがほとんど休憩も取らずに作業を続けていることの証左だろうと察してもいた。マシロはメックの整備や修理について詳しく知っているわけでは無いが、少し見ただけでも明らかに損傷した箇所や焦げたように黒ずんだ装甲が目につく。
次の怪獣がいつ来るかも分からない以上、これを可能な限り早く戦闘可能な状態まで修復する必要がある。そう思うと、どうしても『もっと上手くやれていれば』という思いが滲んでくる。自分が怪獣の攻撃に動揺しなければ。ミユキに任せっきりにせずちゃんと協力出来ていれば。相手が倒れたと油断しなければ。
そして何よりもあの爆発の直前。あの一瞬、自分がミユキの足を引っ張らなければ、カサブランカは爆発の被害を免れることは出来ずとも、もう少しはマシな状況で基地に帰ることが出来たのではないか。そんな風に思考が巡っていた時、
「ま、コイツらは壊れるのが仕事みたいなものだからね。マシロちゃんもミユキちゃんも無事だったんだし、二人を守るための名誉の負傷ってやつだよ」
既にペットボトルの中身を半分に減らしていたリョウスケがそう言って笑った。
「そう……ですね」
彼の言うことは正しい、と思う。メックは怪獣と真っ向から殴り合いをする兵器なのだから、大なり小なり壊れて当たり前だ。
……そう自分に言い聞かせても、腹の奥に沈み込むような重い感触は消えなかった。むしろ、自分自身が全く無傷なのがかえって申し訳ないような気すらしていた。
「じゃあ俺は壊れたものを直す仕事をしてきますか。昼メシありがとね」
「あ、いえいえこちらこそ……あの、無理しないでくださいね、お仕事」
マシロの言葉にリョウスケは小さく手を振って応えたので、こちらも手を振り返す。
見れば、他の整備スタッフの中にもこちらに手を振っている者が何人もいた。カサブランカの腰部の方のスタッフもこちらに気づいている様子なのは、明るい色のロングヘアが遠くからでもよく見えるからだろう。
マシロ自身、彼ら全員のことをよく見知っているわけではなく、名前を言えるのもリョウスケを含めて4、5人程度だ。しかし、彼らからすればマシロは自分達の整備、修理するカサブランカを預けるパイロットの片割れ。その期待をこうして見せられると、改めて身が引き締まるようだった。
あまり落ち込んでばかりもいられない。マシロが彼らに応えて大きく手を振っていると、
「おい、いつまでファンサしてんの。アイドルかオマエは」
「ひゃっ!?」
真後ろからの声に変な声を出しながら振り返ると、そこにいたのは不機嫌な……というより呆れたような顔のミユキだった。
「まーた雑用押し付けられて……全く、断らないからってナメられてんのよ、マシロは」
「あはは……でも私も、嫌じゃないから断らないんだし、ね」
まぁまぁ、と両手で制止のジェスチャーをする。
ちゃんと宥めておかないとミユキはワゴンの所まで行って蹴りの一つでも入れかねない……というのは流石に失礼か。
「全くこの子は……ま、悪いとは言わないけどね。それより早く帰ろ、もうお仕事は済んだんだし」
「あ、う、うん」
呆れたようなニュアンスは残したまま、しかし笑顔になったミユキはマシロが頷いたのを確認するとやや強引に右手を握って歩き始める。
子供じゃないんだから……と少し恥ずかしくなるけれど、あえて振り払うような気にもならなくて、引っ張られるまま行き交う人の間を縫って出口に向かう。
「えっと、今日はどこ行くんだっけ?」
「決めてないよ、私はどこでもいいけど」
マシロとミユキは違う学校に通っている、というか、マシロが住んでいるのがエリアB、ミユキはエリアDで、電車に乗って3駅だからそう気軽には会えない。
だから、一緒に遊びに行くのは大抵こうして秘密基地で『お仕事』に呼ばれた帰りだ。
行くのは買い物だったりゲームセンターだったり、あるいは映画だったりいろいろだが、『どこでもいい』のはマシロも同じだった。会えたからには一緒にどこかに行きたい、というだけの話だ。
「なんか欲しいもんとかあるー?」
「うーん、すぐ買わないとっていうのはないけど……」
そう言いながら、マシロはすれ違うスタッフにその度会釈をして、ある人は会釈を返し、ある人は小さく手を挙げて、中には向こうの方から声をかけてくる人もいた。
「マシロちゃん、今から帰り?」
「あ、2人ともお疲れ様!」
「こないだの見てたよ、また頑張ってね〜」
その表情はみんな笑顔で、しかしマシロが彼らに返す笑顔はどうにもぎこちなく、力がない。
一方でミユキはというと、頭を下げたとも言えないほど軽く傾けるだけに済ましたり、自分に話しかけたのではないと見れば全く反応を返さなかったりで、表情こそよく見えないが愛想良く笑ってはいないだろう。
「ホントに好かれてるよねぇマシロ。アイドルってのもあながち冗談じゃないかもね」
「私、別にそんなつもりはないんだけど……」
どう返すのが正解か分からなくて、苦笑しながら言う。
「というか、好かれてるって言うなら、それはミユキちゃんだってそうじゃない。私達は二人でパイロットなんだから……」
「私はアイドルなんてガラじゃないしぃ」
手をヒラヒラさせて冗談めかすミユキに『それは私だってそうだよ』と言おうとして、マシロはやはり苦笑だけを返した。
「さっきの整備の人だって、随分マシロのこと気に入ってたみたいだし?ま、そんだけ可愛ければ無理もないけどね」
話しているうち、ミユキの言葉にだんだんトゲが出てきたというか、愚痴めいてきているような雰囲気を感じる。
もしかしたら、本当に何か機嫌を損ねている……いや、損ねつつあるのかもしれない。それならと、
「……」
口を開けようとして、言葉が出なかった。察したからには何かフォローしようと思った。
でも『ごめんね』は違う。
でも『やきもち妬いてる?』は自意識過剰すぎる。
でも『ミユキちゃんの方が可愛い』はキザすぎるし、自分の"ガラ"じゃない。
こういう時気の利いた事を言えるような器用さが自分にないのを知っているから、マシロは視界の中で何か話題になるものを探した。
良くない流れをそらすために、誤魔化すために、何か話題を……
「……あれ」
ふと、その時目に入ったのは、向こうから歩いてくるメイド服の女性、蘇芳だった。
赤い、マシロと同じく目立つ髪色の彼女だが、基地にいること自体はおかしくないし、珍しくもない。
珍しいのは、その後ろに着いてきている人影の方だ。
「ミユキちゃん、あの……」
「あ?」
蘇芳の歩いてくる方を顎で示すと、ミユキもそちらを向く。その後ろにいるのは、
「私達と同じくらい、かな。誰なんだろう」
「あー……ほんとだ」
ある意味蘇芳よりずっと場違いな、自分達と同じ学生服の少年だった。
二人は何か話しているようだったが、やがて蘇芳の視線がこちらへと向くと、ゆっくりと向かってくる。
「ゲッ、見つかった……」
本人に聞こえていないからといって露骨に嫌そうな声を出すミユキ。ちょっとどうかとは思うが、それだけこの後遊びに行くのを楽しみにしていたということかと考えると、どこか安心する気持ちもあった。そんな風に思ってしまう自分はちょっとズルいな、とも。
「ミユキ様、マシロ様、お疲れ様です。今お帰りですか?」
深々とした礼から持ち上がってきた蘇芳の表情はとても自然な笑みで、マシロはなんだか安心してしまう。
「おっつー蘇芳さん。そっちのは?」
ミユキに左手で指さされた少年は『あっ』と小さく声を漏らして、一瞬小さく視線を下に落とした。
ミユキに引かれたまま握った手を見られたのがわかって、マシロは思わず手を開いて離そうとする。が、ミユキの方はむしろ手を固く握って離そうとはせず、マシロの顔はみるみる熱くなっていった。
「こちら、見学にいらしたユウト様です。我々がお招きした、という方が正しいですが」
「入内島ユウト、です。よろしくお願いします……えっと、お二人があのロボットの……」
ユウトと名乗った少年は、マシロより少し背が高いくらい。ちょっと遠慮がちな態度に見えるが背筋はピンと伸びていて、しっかりしていそうな子だ、と思った。
『子』というのは、彼の顔つきがなんとなく幼げに見えて、自分より歳下じゃないかと思ったからだ。一瞬ふらついたように見えた目つきももうこちらの手元を気にするような様子はなくこちらの(そしてミユキの)顔を見ているらしかった。
その様子はどこか自信というか、蘇芳とは違った『自然さ』がある。それは普通『目がぱっちりしててかわいい』とか言うのかもしれないけれど、マシロには『自然』という表現がしっくりきた。
「ん、秋枝ミユキ。こんなとこに一人で見学?誰か偉い人の息子さんとか?」
マシロは自己紹介するタイミングを見失って、小さく会釈するだけになってしまった。『有名人だからわかるだろ』なんて態度だと思われないといいのだけど。
「いえ、ユウト様はミユキ様、マシロ様と同じで、我々がお招きした民間の協力者です。お二人に紹介したのもそのためで」
「え?」
「それって……」
まさかそんなことはないだろうという予想……もとい、想像が脳裏を過ぎる。
「はい、ユウト様は《カサブランカ》の第三パイロットとして選出された方になります。厳密には、まだ候補生ということになりますが」
マシロはミユキの表情をうかがったが、彼女はぽかんと口を開けて少年の……入内島ユウトの顔を見ていた。