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つまずき

 平山学園中等部三年D組の面々は、バスの中で大歓声を上げていた。

 車内前方には仮想ディスプレイが大きく表示されていて、そこに映し出されているのはもちろん今やこの場の全員にとって共通の関心事である地底怪獣グラウダ、そしてそれを迎え撃つ対怪獣メック《カサブランカ》の一騎討ちだ。

 自分達の街で怪獣とメックが戦っているというだけでも生徒達が盛り上がるのはある種当然ではあったが、カサブランカの強烈なパンチがグラウダを地面に沈めたことで一同のテンションはピークにまで達しようとしている。


「みんなもうちょっと静かにーっ!運転手さんの迷惑でしょうが!」


 前の席ではクラスの"委員長"こと中嶋シノが立ち上がってみんなに注意をしているが、真後ろにいるユウトはまだしも、2、3列も離れれば周囲の声にかき消されて聞こえなくなってしまうのではないだろうか。


「な、な、な?すっげえだろカサブランカは!これぞ男のロマン!今日もやってくれたぜ!」

「うん、すごいね……」


 隣のカツヤも立ち上がらんばかりに興奮した様子でユウトの背を叩いてきている。

 カサブランカという名前はおぼろげでパイロットのことも知らなかったとはいえ、ユウトもこの光景は何度か見ていた。怪獣とメックの戦いが放送されることは珍しくないし、クラスで話題に上ることもしょっちゅうだ。

 とはいえ、ユウトの注目はいつもメックよりも怪獣の方に向いていたわけで、それは今も変わらない。


「……なんだ、妙にテンション低いけどなんかあったか?」

「そんなことないと思うけど……いや、結局あの怪獣がどうやって地中を掘り進んでたのか、少し気になってさ」


 ドローンが撮影しているとおぼしき生中継の映像は、瓦礫の中に埋もれるようにして倒れた地底怪獣を映していた。


 ◆


「はー、終わった終わった。今日のお仕事しゅーりょー」

「ごめんね、足引っ張っちゃって……」


 マシロが謝ってきたのは、神経接続の思考通信ではなく実際に声に出してのものだった。機械部品とコンソールの集合体といった趣の《カサブランカ》のコックピット内で、二人は隣り合わせの座席に座っていて普通に会話するのにも支障はなんらない。

 思考通信の内容は常に蘇芳や司令室にモニターされているため、ちょっとしたプライベートな話は肉声でというのも珍しいことではなかった。もちろん、内部の音声もどこかで記録はされているのかもしれないけれど。


「気にすることないよ、殴り合いしてたらマウント取られることなんていくらでもあるし……」


 目に見えて落ち込んだ様子でうつむくマシロに、ミユキも声に出して言う。実際のところ、マシロを足手まといだなんて思ったことは一度もないし、さっき怪獣の突進をかわせたのだってマシロのおかげだ。


「私達二人で戦ってるんだから、助け合うのは当たり前じゃん」

「うん……」


 頷くマシロは、しかしうつむきがちなままだった。こりゃ納得してないなぁ、と思ったミユキはもう少し言葉を続けることにする。

 マシロを慰めるのにいい材料を探してちらりと見ると、ガレキの真上で横倒しになったグラウダの姿が目に入る。もちろん、この場合の"目"というのは神経接続したカサブランカのカメラアイということになるのだが。


「今回のやつはちょーっと厄介だったし……ホントにちょっとだけね。でも、それでもあたし一人じゃきっとやられてたもん。それにそもそも、この子カサブランカは一人じゃ動かせないし……」


 うん、うん、と頷くマシロは本当にこちらの言うことを聞いているのかどうか。よほど責任を感じているらしかったが、自己評価の低さはこの子の欠点だな、とミユキは思う。そういうところがほっとけなくて可愛いんだけど、とも。

 しかしそんな時、ふと違和感を覚えた。地面に横向けに倒れている怪獣、《グラウダ》。たしかアイツは、うつ伏せに倒れて動かなくなったんじゃなかったか。その顔が今こちらに向いているというのは、何か──。


「……うわっ!?」

「きゃあぁぁあっ!? 」


 突如、真っ赤な閃光と共にコックピット内に衝撃が響いた。"揺れる"というよりもほとんど"振り回される"ようなその勢いは、カサブランカが地面に倒れたことを明確に示すものだった。これでも慣性制御システムによって実際の衝撃の大部分は消去されているはずで、さもなければ二人は悲鳴を上げる間も無くぺちゃんこになっていただろう。

 何が起こったか、ということをミユキは把握していた。倒れたはずのグラウダの口部から光──のようなものが放射され、それがカサブランカの胸部に浴びせられたのだ。


「ビームとか、もうなんでもアリじゃんっ……!」

「す、蘇芳さん、状況お願いします!」


 怒るミユキと困惑するマシロ、お互いの感情までも神経接続で伝わり合う。どちらがどちらの気持ちかわからなくなり、意識が溶け合ってしまう……などというようなことはセーフティシステムのおかげもあって流石に起こらないが、それでも同調が乱れるのは避けられない。


『こちら司令部、蘇芳です。こちらのスキャンによりますとカサブランカのダメージレベルは27%、戦闘続行可能。ただし敵怪獣の熱線により、電磁障壁に不調が発生しています。現在出力は46.7%低下中』

「要するに結構ヤバいってことね……マシロ、立てそう?」

「ちょ、ちょっと待って……」


 駅前の雑居ビルを半壊させながら倒れ込み、その残骸に埋もれつつあるカサブランカは、コクピットを保護するために最も頑強に作られたはずの胸部の装甲が飴細工よろしく溶けて歪まされている。

 二人で協力してどうにか体勢を立て直そうとするが、そもそも神経接続が万全ならば"協力して"と意識することもないはずだった。

 その隙を見逃すことなく、地面を揺るがすような──それは実際に揺るがしていたのかもしれない──咆哮を上げたグラウダが突進してくるのを、カメラアイが捉える。


「ミユキちゃん、代わって!」


 返事するよりも早く、ミユキは主動作権をマシロに譲渡する。とはいえ、後は見ているだけというわけではない。

 マシロには自信が、あるいは決心がある。具体的なビジョンまでは見えなくても、その意思はハッキリ伝わってきた。

 すぐさま理想的な"一心同体"状態に復帰というわけにはいかないのなら、そんなマシロを自分が後ろから支える──もちろん"後ろから"というのもある種の比喩でありイメージなのだけど──それが自分の役目だとミユキは思った。

 カサブランカの全身の装甲がスカイブルーからピンクに戻ると同時、怪獣の突進を受け止める。両腕部の駆動系が軋み、雑居ビルの残骸に背面がめり込むが、


「んんんっ……く……!」


 マシロが歯を食い縛りながら力を込めると、機体がそれに応えるように出力を上げ、大岩のようなグラウダの身体を僅かに押し戻した。

 目の前で大きく開かれた牙は届かず、滅茶苦茶に振り回される前肢もその太い爪が装甲に微かに傷をつけるだけだ。

 攻撃できないのはこちらも同じ……なんて後ろ向きなことをミユキは考えない。しかし、


「来た!」


 グラウダが口を開けたまま大きく仰け反り、息を吸い込む。またあのビームが来る、と直感した。

 トドメを刺すつもりだ、と。


 ◆


 マシロが待っていたのはまさにこれだった。

 《カサブランカ》の胸部装甲を大きく溶かすほどの威力の熱線は、この怪獣自身必殺の一撃として信頼を置いているに違いない。だから、このチャンスに至近距離でそれを叩き込み、勝負を決しようとする。それを放つ瞬間には当然押さえつける力は弱まり、


「たぁりゃあっ!」


 左腕部の殴打を、その顔面に叩き込む隙が生まれる。しかしそもそも、単純な打撃でこのタフな怪獣を倒し切ることが出来ないのはすでにわかりきっていたこと。

 大きく開いた口に押しつける形になったカサブランカの左拳はその大顎に噛みつかれ、牙が食い込む。その痛み──というよりは違和感、むず痒さは、自分の手が何か得体の知れないものに飲み込まれようとしているようで、背筋が寒くなる。

 だがこれがチャンスだ。現在カサブランカに装備されている数少ない内蔵武器のひとつを呼び出した。

 右腕部高周波ブレード。白銀色をしたオレイカルコス合金製の、細長い刀身がカサブランカの前腕部から伸びる。

 切断を旨とするその性質上、《グラウダ》のような強固な外殻を持つ敵には不向きな武器だ。しかし何事にも例外はある。


「ここっ……!」


 左拳に食らいついたグラウダの顔を押し退けるようにしながら、その顔と甲殻の境目──微かに開いたその隙間に、ブレードをねじ込んだ。

 高周波ブレードは高周波で分子結合を強化されているといっても、その刃本来の鋭利さで切れるものしか切ることは出来ない。しかし逆に言うと、一定よりも柔らかいものであれば恐ろしいほどあっさりと切り裂ける。

 グラウダの首に食い込んだ刃は、泥濘に沈み込むように奥へ奥へと進んでいった。怪獣の鋭い目が大きく見開かれ、鉄拳をくわえ込んだ顎がメキメキと音を立てる。


「────!!!」


 その口から漏れる断末魔の叫びと共に、真っ赤な血が刃を伝うようにあふれ出す。その粘り気と熱さすら右手の拳に感じて、マシロはぎゅっと奥歯を噛んだ。


「やった、今度こそ勝ち……!あれっ?」


 ミユキがそう声を出すのと全く同時、マシロも同じ違和感を覚えていた。

 ますますあふれ、首筋に、胸に垂れてくるグラウダの血潮が、熱い。体温が高いとかそういうレベルの話ではなく、本当に焼けるように熱いのだ。

 もちろんそれは神経接続によって自分の胸まで熱く感じているだけで、その感覚も通常のダメージと同じく速やかにシャットアウトされていくのだが、


『目標体内の温度が急上昇中、原因不明──』


 蘇芳からの通信を受け取った瞬間、マシロとミユキの意識が衝突した。


「っ……!」

「マシロっ!?」


 このままでは危ない──直感的にそう思ったのは二人とも同じ。しかしそこから先で決定的な食い違いが起きた。その状況にカサブランカの制御システムはエラーを起こし、アジャストまでに一瞬の遅延が生じる。

 そして、その一瞬が致命的だった。

 グラウダの甲殻の隙間から、内部が赤熱して光るのが見える。明らかに差し迫った異常事態を前にして、二人が出来ることは少なかった。

 そして、


「!!!」


 カサブランカと駅前エリアは、一瞬にして爆炎に包まれた。

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