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第6話 『見つけた駒は謎の美少女』

 アルシエルは母さんを洗脳した後、しばらくして帰ってきた父さんもサクッと洗脳してしまった。僕はそれをただ眺めるだけ。もうどうにでもなれといった気持ちだ。


 アルシエルは海外の知人の娘で、しばらく預かることになっていると両親は思いこんでいる。


「シエルちゃん、おかわりいる?」

「もらうデス!」

「うふふっ。私、よく食べる子は好きよ。いっぱい食べてね」

「はいデス!」


 いつも三人で食べる夕飯の食卓にアルシエルがいて、それを何の疑いもせずニコニコと接している両親の様子は正直かなり不気味だった。


 本当に記憶がすり替わってるだけなんだよな? それこそ擬人格ペルソナを植え付けられたとかじゃないよな?


 そんな不安を抱きはするが、今更どうにもならない。

 自己保身のために見て見ぬふりをする親不孝者を、どうかお許しください。


 思わず漏れそうになった溜息を飲み込み、僕は筑前煮を口に運ぶ。好物のはずの母の筑前煮が、どうにも喉を通らなかった。


「――見つけた、デス」


 味のしない筑前煮をなんとか平らげてリビングから二人揃って出たところで、不意にアルシエルがそんなことを呟いた。視線は斜め上の虚空。


「何のことだ……?」


 ゴキブリでも見つけたか? たまに天井に張り付いてることあるけど。

 そんなことを思いながらアルシエルの視線をトレースするが、気になるようなものはなにもない。

 すると戸惑う僕に向け、補足するようにアルシエルが続けて言った。


「駒デスよ。良い感じの駒になりそうなのを発見したデス」


 家の中で何いってんだこいつは――と思ったが、ふと脳裏にある言葉が思い浮かんだ。


「……〝深淵覗者(ししゃ)〟……」


 僕の漏らした言葉にアルシエルが神妙に頷いた。


 〝深淵覗者〟――『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』というニーチェの有名な格言から着想を得た魔術。影あるいは暗闇を深淵と繋ぐことで、隔絶した場所を覗き見ることができるというものだ。


 つまり、アルシエルは僕の知らない間に魔術を用いて駒を探していたらしい。そして、早くも見つけてしまった、と。


 おいおい、早すぎるだろ……最低でも一週間ぐらいの猶予が出来たと思って油断してたらこれかよ。そんなところで有能さを発揮しないでくれって。


 あぁ……課題の提出日が来週だと思ってたら今日だったみたいな最悪な気分だ。


「早速、準備して向かいましょうデス」

「……そう焦るなアルシエル。急いては事を仕損じるということわざもある」


 なんとか少しでも先延ばしにしたくて悪あがきしてみたが、アルシエルは無慈悲に僕の願いを打ち砕く。


「あっ……駒候補が路地に追い詰められたデス。今すぐ行かないと殺されるかもしれないデス」

「はえっ?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 僕は慌てて咳払いして何事もなかったように取り繕うと、低めの声でハードボイルドボイスに問う。


「……誰かに襲われているのか?」

「はいデス。なので、助けて恩を売れば駒にできること間違いなしデス。もちろん、面倒なら洗脳してもいいデスが」

「そう、だな……だが、なぜ襲われているんだ? なにか悪いことでもしたんじゃないのか?」

「さぁ? デスが、そんなことはどうでもいいのではないデスか? 駒は使えるか使えないか、それが重要デスよね?」


 良くねぇよ。凶悪な犯罪者とかだったらどうすんだよ。そんなやつを味方に引き入れたくねぇよ。


 けど、残念ながら黒淵アギトは正義の味方ではない。世界征服を目指す悪のカリスマ――という設定だ。悪者だから仲間に入れません、なんて言えるようなキャラではない。むしろ、そういう凶悪な犯罪者をも御すのが黒淵アギトというキャラクターなのだから。


「……だが、その駒候補……我が配下にふさわしい力を持っているのか?」


 苦し紛れにそんなことを言ってみるが、アルシエルは確信的に首肯する。


「はいデス。どうやら体中に人外の力を宿した特殊な人間みたいデス。今はまだうまく力を引き出せてはいませんが、潜在能力で見れば申し分ないデス」


 体内に人外の力!? なにそれ、カッケー――と思ってしまった僕は、やっぱり中二病を抜けきれていないのだろう。なんだか、自分が情けない。


 とにかく、そんな潜在能力があるとなるともう僕に拒否できる理由はなかった。

 

「……そうか……」


 僕が静かにそう返すと、アルシエルが不敵な笑みを浮かべた。

 直後――突如として足元に暗い穴のようなものが広がり、僕らの足が沈み始めた。なんぞこれぇ!?


「さぁ、恩を売りにいきましょうデス! 我らの深淵魔術の偉大さを啓蒙し、世界を征服するために!」


 僕は思わず出そうになった悲鳴を飲み込むと、ビビり散らかしている表情を隠すために俯いて手で覆う。


 皮肉なことに、そのポーズは中二病時代の僕が格好良いと思ってよく取っていたポーズと同じだった。


   ***


 体感としては一瞬。暗い穴に沈みきったと思った次の瞬間には、もう僕は自宅にはいなかった。どことも知れぬ裏路地の一角だった。


 おそらくこれは〝潜淵踏破せんえんとうは〟の魔術だろう。

 まぁ、ぶっちゃけただのありがちな移動魔術だが、一つだけアニメや漫画のものとは違う要素がある。


 それは自動換装機能がついていること。移動と同時に装備を身につけたり外したりすることができる。なんか、格好いいじゃん、自動換装って。


 つまり、何が言いたいかというと――いつの間にか僕はかつての中二病装束を身に着けていたのである。


 至る所を飾りベルトでデコレートされた黒い外套。ジャラジャラと用途不明の金具と金属筒が装着された腰回り。

 ズボンはダメージ加工の入った黒革で、靴はやはり飾りベルトでゴテゴテに装飾されたブーツ。

 左腕は肘から指先まで包帯で覆い、その上から封印するかのように六芒星のペンダントを二重三重にクロスして装着。


「…………」


 ダサい! ダサすぎるよ!


 中学時代の僕はこの格好で白昼堂々歩いてたわけだが、今考えると戦慄する。通りがかった通行人は、僕を見てどんな思いでいたのか……想像すると死にたくなってくる。


 正直、今すぐ公衆トイレにでも入って着替えたいぐらいだが、そんなことを言い出せるような状況でもない。

 なぜなら、十メートルほど先に男にのしかかられている女の子がいるからだ。


 ――どうすればいいんだよ、これ!?


 僕は助けを求めるようにアルシエルの姿を探す。しかし、彼女の姿はどこにもない。てっきり一緒に転移してきたと思っていたのに。

 嘘だろ……この状況を俺一人でなんとかしろってのか?


などと戸惑っている間に女の子が舌に歯を当てたのが見えた。表情には悲壮感があふれている。


 まさかと思った瞬間、彼女が大きく口を開けた。その仕草はまさしく舌を噛み切ろうとするものそのもので、


「やめておいた方がいい。舌を噛んで死ねるのは三文小説の中だけだぜ」


 気がつくと僕はそんな台詞を口走ってしまっていた。

 

「何者だ」


 男の鋭い眼差しが僕を射抜いた。

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