第八話 悪意 ~このダンジョン、不穏すぎるんだが~
俺たちは再びダンジョンの入口の前にやってきていた。この前、潜ったときは何の知識もなく、訓練も行っていなかったので、酷く、緊張していた。しかし、一度潜り、15日ほど鍛練を積んだ今、ほとんど緊張はない。むしろ、訓練の成果を試したいと、気が逸っていた。
ヴィルガさん達の方を見ると、談笑している。俺は以前から、疑問に思っていたことをヴィルガさんに確認してみることにした。
「ヴィルガさん、ミュレーズさんがいれば、迷う事は無いと言ってましたけど、マップに記されていない通路に入ってしまったらどうするんですか?」
「フェリシーの頭の中のマップに修正が加えられるだけよ」
つまり、全くの未知のダンジョンに入っても、迷うことはないということか。本当にチートな能力だな。
「それにね、出回っているマップに記されていない未知の領域は存在しないとされているわ」
「つまり、財宝のある場所の位置も含めて、冒険者達に探索し尽くされているということですか?」
「記録上では、このダンジョンに関して、財宝のある室まで辿りつき、生きて出た者はいないとされているわ」
「え……、財宝を得た者はいないんですか?」
「いえ、財宝と考えられる物をダンジョンから持ち帰った者はいるわ。しかし、それはダンジョンで骸となった冒険者の側に落ちていた物よ」
「財宝のある部屋に辿り着いた者達はみな、帰途で命を落としてしまった?」
「そういうことになるわね」
「え、それなら、なんで財宝のある部屋の場所がわかるんですか?」
「……それに関してはこんな説があるわ。このダンジョンが建設された当時から、既に、ダンジョン内の構造を正確に記したマップが市中に出回っていたというものよ」
「このダンジョンが建設されたのって、なん百年も前ですよね。建設工事に用いられた図面が流出して、それを元にマップが作られたということでしょうか?」
「この説は私達がこれから潜ろうとしているダンジョンだけではなく、全てのダンジョンに関しての物よ」
「全て?」
流石に全てのダンジョンにおいて、建設に用いられた図面が流出したとは考えにくいような……。
「では、いったいどういうことなんでしょうか?」
「以前、私はこのダンジョンが迷宮になっているのは、墓荒らし対策で、財宝は埋葬者の副葬品だと説明したわね。しかし、それにも別の説があって、さきほど、述べた説と密接に関連しているの」
どういうことだろうか。話が、きな臭くなってきた。
「それに関して説明するには、このナガ帝国の民のある風習について、述べなければならないわ。彼らは信仰する神々や祖霊に対して、人間を生贄に捧げる習俗があったのよ」
「人間を生贄に!?」
カルト宗教がそうしたことを行ったという話をきいたことはあるが、国家規模でそうしたことが行われるなんて、かなり、衝撃的な話だ。
「その習俗から、このダンジョンは、侵入した者達を生贄として、埋葬者に捧げるために作られたという説があるの。その説に則れば、財宝は副葬品ではなく、生贄を招きよせる餌であり、迷宮は侵入者を生贄として殺すことを目的に作られ、ダンジョンの詳細なマップは建設者が意図的にばらまいたことになるわね」
「な、なんだって……!?」
それが本当なら、この墓所は、生贄を永遠に捧げ続けるための禍々しい装置ということになる。財宝のありかが詳細に記された地図があるならば、一攫千金を求めて、挑戦する者が途切れることはないだろう。俺は、ダンジョンの入口が、まるで、ごちそうが気付かずに入ってくるのを、大口を空けて、待ち構えている巨大な怪物の口のように見えて、寒気がした。
「ヴィルガさんはどちらの説が正しいと思っているんですか?」
「私は生贄説に賛成よ。このダンジョンの構造には建設者の悪意を感じるもの」
「悪意ですか」
「そう、例えば、このダンジョンの一階層、以前、実際に入ったあなたとしてはどう思う」
「そうですね。ダンジョン内の状況を把握しているという前提の元ではありますが、かなり、易しい。財宝のある階層は生還が困難ということを考えると、正直、一階層は墓荒らし対策として、生ぬるく感じます」
「そうね。一階層が易しいんで、中には、もしかしたら、財宝を手に入れることができるんじゃないかと勘違いする者も出てくるでしょうね。まあ、もっともそれに関しては、反駁する説もあるのだけれど」
「反駁する説ですか」
「財宝のある階層に生息しているような巨大な魔獣が地表に放たれるのを防ぐためという物よ」
なるほど、確かに、地表に近い一階層に巨大な魔獣がいると、それが地表に逃げだす可能性があるだろう。
「悪意を感じる点については他にも色々あるわ。このダンジョンに入って、それに出くわせば、あなたもいやでもそれを感じるでしょう。」