第七話 孤独 ~ぼっちは辛い!!~
毎日、ひたすら隊列を組んでの走り込みばかりして、一週間が過ぎた。この一週間、常に疲労困憊で食事と睡眠以外は走っているだけだった。一日の訓練が終わったあと、みなで食事をしても、しゃべる気力もないという有様である。
「今日から、武器を使う訓練を始めるわ。」
武器!! 武器を手にとっての魔獣との戦い、それこそ、冒険者の華! 血が騒ぐ。胸の高鳴りが止まらない。疲れ切った体に気力が再び漲ってくる。
「あなたが鍛練するのは、槍と弓よ。剣は間合いが狭いから、最後の非常手段のようなもので、使う機会は極めて限定される。新米冒険者のあなたは、まだ鍛練する必要はないわ」
むう、剣の鍛練はないのか。子供のころに聞かされた、おとぎ話の勇者たちはみな剣を持って、戦っていた。そのため、子供のころから剣に憧れがあったので至極、残念である。
「突けッ!」
ナンジョウさんの掛け声に合わせて、皆で一斉に三叉の槍を突きだす。俺の左にはヴィルガさん、右にナンジョウさん、その右にミュレーズさんが横一列に並んでいる。みな、片膝をついて、身を低くしている。その体勢で一斉に槍を突くということを先程から、えんえんと繰り返している。気も遠くなってきた頃、ようやくヴィルガさんから休憩の指示が入った。
「もし、みなで一列に並んで、号令に合わせて、槍を突くような状況になったとしたら、それはかなり絶体絶命に近い状況よ」
絶体絶命?鉄壁の守備陣形とかじゃないのか?
「これは襲い掛かってくる相手を待ち受ける陣形。でもね、ダンジョンにおいて、人間の存在に気付いて、まっしぐらに襲い掛かってくるような魔獣は、槍で正面から戦っても、まともに勝ち目がないと相場が決まっているわ。だから、逃げるのが最善策。逃げるのが不可能なときに、奇跡を祈って、この陣形を組んで迎え撃つことになるわ。」
巨大な魔獣が襲い掛かってくるのを皆で槍を構えて、待ち受ける情景を思い浮かべてみる。確かに勝ち目があるようには思えない。
手に持った槍を見つめてみる。ふと浮かんだ疑問を尋ねた。
「そういえば、何で槍の穂が三叉になっているんですか?」
「それは殺傷範囲を点ではなく線にすることによって、命中率および殺傷力を上げるためよ。人間が相手ならば、穂先を払うのが容易になってしまうから、得策ではないけれど、攻撃しか頭にない魔獣相手には非常に有効よ」
確かに単純に突いて当たる確率を考えれば、穂先が一本よりも三本の方が上か。
「じゃ、次は弓の鍛練を行いましょうか。カエデ、よろしくね」
カエデさんが俺の側にやってくる。
「私はあなたへの弓の指導を担当することになる。よろしく」
「よ、よろしくお願い致します」
カエデさんの口調は俺に対しても、当初の丁寧な物ではなく、くだけたというより、無愛想という表現が似合う物に変わっていた。一緒に汗を流して、訓練をしたことで、少しは親しくなれたと解釈していいんだろうか。弓の訓練もがんばるか!
弓の鍛練を開始してから、7日が過ぎた。しかし、弓の腕は一向に上がらず、矢は全く的に当たらなかった。一方、隣で練習しているカエデさんは常に的の中央近くを射ている。凄いの一言に尽きる。俺はといえば、腕が激しい疲労のために痙攣して、もはや、弓を満足に握ることもできない。
「腕が疲れたのか?」
ナンジョウさんがうすく笑みを浮かべながら、尋ねてくる。ナンジョウさんは無口で無表情な人だと思っていたが、武芸の話題になると、饒舌で少しばかり表情豊かになる。この七日間、弓の鍛練に付き合ってもらって、随分打ち解けた思う。
「はい、疲れました……。手に力が入りません」
「それは手に力を入れているからだ。未熟な者は手で弓を引き、熟練者は背で弓を引き、達人は全身で弓を引く、という格言がある」
「背で弓を引くって、どうやるんですか?」
ナンジョウさんは少し考え込んだ。
「両手の平を胸の前で合わせてから、肩甲骨を可能な限り、寄せてみるがいい。」
ナンジョウさんに言われた通りの動きをやってみる。
「始めは接していた両手の間隔が大きく広がっただろう。弓を引く前も両手が接しているけれど、引き絞ったときにはその間隔は大きく広がっている」
「ああ、そういうことか!」
早速、それを応用して、矢を番えずに弓を引いてみた。いままでに比べて、明らかに簡単に弓を引き絞ることができた。
「おお――ッ、これは凄い!」
今まで、ろくに上達の兆しがみられず、うんざりしていたので、感慨も一入である。ナンジョウさんの方を見ると、嬉しそうに笑っている。
「そんなに喜んでもらえると、こちらも教えた甲斐がある」
「全身を使って、弓を引くのはどうやるんですか?」
「私は達人ではないので、それについてはわからない」
ナンジョウさんでもわからないのか。
「でもあれですよね、結局、弓を引くということは両手の間隔を広げることなんですから、全身を使って、それを行えばいいってことですよね」
どうやったら、全身の力を使って、両手の間隔を広げることができるか考えてみる。そもそも全身とは何か。背というのは上半身だけだから、下半身も使うということだろうか。足の力を利用するのか……。
考え込む俺を見て、ナンジョウさんがくすくす笑っている。
「おまえ、武芸の才能があるな」
「え、でも、俺、運動、苦手なんですけど……」
「先天的に運動能力が優れているというのは武芸の才能の一つである。しかし、どれほど運動能力に優れていても、それだけでは、全身で弓を引けるようにはならないと私は考えている」
運動能力だけではなく、発想的な才能も武芸の才能の一つということか……。確かに身を持って、その効果を体験しているので、納得がいく。
「あとは、せめて的に矢を当てられるようにならなくてはな。ただ、そんなに気負わなくても大丈夫だ。ダンジョン内はランタンの光の外は真っ暗闇で視界もきかない。お前ではよほど近距離でもない限り、狙ってもほぼ当たらだろう。正直、弓に関しては、誰もお前に期待していないと云っても過言ではないだろう」
「そ、そうなんですか……」
期待していると言われれば、重荷に感じるが、期待していないと言われると、それはそれで悲しく感じる。複雑な気分だ……。もし、俺が的を過たず、射ることができるようになったら、ナンジョウさんも何か期待してくれるようになるのだろうか。ナンジョウさんは何か考え込むような顔をして、しばらく、黙りこくっていたが、突如、顔を上げ、俺の目を見据えてきた。
「懸命に鍛錬に励むことだ。鍛錬だけがお前の命綱だ」
ナンジョウさんの顔はとても真剣で、俺は気圧されていた。
「お前を助けられるのはお前だけだ。それを肝に銘じておいた方がいい。」
背中を冷や汗が伝い落ちる。
「そ……それは、ナンジョウさん達はダンジョンで俺に何かあっても、助けてくれないということでしょうか……」
ナンジョウさんの表情が少し、柔らかくなる。
「……いや、そういうことではない。心構えの話だ。たとえ、お前にどれだけ、頼れる人間がいたとしても、四六時中、いっしょにいるわけではないだろう。お前が一人のときに何かあれば、お前は自分の力で切り抜ければならない。それができなければ、死ぬだけだ。覚えておくがいい。ダンジョンでは、他人に頼る心を持った者から、死んでいく。お前の身を守れるのはお前だけなんだ」
「ナンジョウさんは……もしかして、自分のことしか信じていないんですか?」
「ああ、私が信じるのは己のみだ。しかし、それは私に限ったことではない。アルテアやフェリシーも同じだ。だからこそ、私達は生きて、ここにいるんだ」
「つまり……、俺が生き残れるかどうかは俺次第ってことですか」
「そういうことだ」
ナンジョウさんはそう告げると、話は済んだとばかりに、弓の練習に戻ってしまった。俺は、いままで、こうして、誰かと一緒に鍛錬に励んでいても、心の片隅にいつも、疎外感から来る、孤独感のような物を感じ、苦しんでいた。ナンジョウさん達も、孤独感に苛まれたりするのだろうか。あるいは、そうした苦しみとは無縁なのか。
俺は、はたして、ナンジョウさん達のように、一人強くあれるのだろうか。いや、ナンジョウさんの言葉を借りるならば、ならなければならないんだ。俺は、生きるために鍛錬に励むことにした。