第五話 理想と現実 ~冒険者は屍肉に群がるハイエナ!?~
ダンジョンの外に出て、再び、日の光を目にしたとき、歓喜が俺の体を駆け巡った。俺は、いままで、陽光をこれほど、恋しく、愛しく思ったことはない。その光が、俺の暗く澱んだ心を照らし、隅々まで、闇を消し去っていくように感じた。
しかし、盾とチェーンメイルを地に下ろすしたとき、俺の晴れ晴れとした気分は、一気に吹き飛んだ。チェーンメイルは血まみれだったのだ。ダンジョンの中では、チェーンメイルの鎖も血も暗い色なので、ランタンの薄明かりの中では、あまり、目立たなかったが、日の光の下では、その凄惨な血の装飾を見紛うことはなかった。その鎧は、その持ち主が非業の死を遂げたことを何よりも如実に語っていた。
ヴイルガさんは、この血まみれの鎧をどうするんだろうか。遺族に返還するのだろうか。それなら、わざわざ、骨を折って、ひいひい言いながら、この重い鎧を持ち帰った自分の労も報われるのだが……。ヴィルガさんに尋ねてみるか。
「この鎧はどうするんですか」
「あなたが望むなら、それが今から、あなたの防具よ」
「……は? 冗談ですよね!?」
「いや、本気だけど」
「だって、死体が身に着けていた物ですよ……」
「あのね、武器や防具がいくらすると思っているの。中古でも非常に高額よ。大多数の冒険者にとって、武器や防具を購入するという選択肢はない。ダンジョンで見つけた遺骸からの回収が唯一無二の入手手段よ。私達が所持している武器や防具も全て、遺骸から得た物よ」
な、なんだってぇ――!? 遺骸も元は生きた人間。ということはそいつも。その防具を遺骸から得たかもしれないということ。つまり、武器や防具は何人もの持ち主の非業の死を経て来ているということか。手にした物が次々と悲惨な運命にあうという呪われた宝石の話を思い出した……。
「やはり、装備するべきなんでしょうか」
「鎧を身に付けることにより、攻撃を防いで、身を守り、延いては、命を守ることにつながるわ。もっとも、その重量で、盾による防御動作に支障がでる可能性もあるけど。あなたが賢明だと思うことをしなさい」
鎧を身に着けることによって、俺の生存確率が上昇するのだろうか。チェーンメイルは腕まで防護しているので、腕で頭部をガードすれば、あの猿の爪を防ぐことができるかもしれない。しかし、その重量は懸念材料である。俺はそれを両手に持った状態で、腰を落としてみた。うーん、腕もきついが、腿もきつい。さんざん、鍛えたのだが、さすがに、この重量だと無理か。もし、チェーンメイルを装備して、行動しようと思ったら、事前に訓練が必要だろう。正直、その苦労を想像すると、うんざりせざるを得ない。
ヴィルガさん達の方を見る。そういえば、いままで、特に気を止めていなかったが、ヴィルガさん達は鎧兜のような身体を防護する物を全く、身に付けていないよな。聞いてみるか。
「みなさんは鎧兜のような物を身に着けていませんよね」
「着けていたこともあったけど、今は、敏捷性、機動性を重視して、着けていないわ。相手は人間ではないし、正直、そこの兼ね合いは難しいわね。冒険者達の間でも、それに対する考えは分かれているわ」
ヴィルガさん達の間でも、鎧の着用については、方針が定まっていないのか。俺はどうしようか。まあ、今、悩んでも仕方がない。とりあえず、後日、実際に装備してみて、色々試してみた上で、決めるとするか……。
俺は、地に大の字になって、横たわり、一息吐いた。全身を包む心地よさに浸りながら、生の喜びを噛み締める……。ダンジョンに転がっていた死体。あれは、俺にも有り得たかもしれない可能性の一つだ。俺は運よく、そうならずに済んだ。これからも、そうならずに済むかは、わからないが、今は唯、こうして、生きていることを喜ぼう。
目を瞑り、ぼんやりと時を過ごす。何もしなくていいという至福を満喫しているとき、俺は、直ぐ近くに迫る足音に気が付いた。体を起こすと、ヴィルガさんが目の前に立っていた。あわてて、立ち上がる。
「これまでにやったことが私達がなすべきこと。具体的に言えば、モンスターを撃退しながら、冒険者の遺体を探し、遺体の武器、防具、持ち物を回収し、それを売り、生計を立てる。何か質問は?」
「……い、いや、財宝という言葉が欠片も見当たらないなんですが」
財宝を目指して、命懸けでダンジョンに挑むのが冒険者じゃなかったのか!? 人間の遺骸が目当て? 悪い冗談にしか聞こえない。しかし、ヴィルガさんは冗談を言っているようにはとても見えなかった。
「あなたの言いたいこともわかるわ。冒険者の遺品の回収、売却を生業とする冒険者はハイエナなんて呼ばれて、一部の冒険者から、酷く嫌われているわ。でもね、たとえ、他者から蔑まれようと、死体漁りにはそれを補ってあまりあるほどの見返りがあるのよ」
傍から聞くと酷い話なのだが、ヴィルガさんは臆することなく、話し続ける。
「あの転がっていた死体、どのような経緯でそうなったと思う?」
「それは……、コーナーモンキーに襲われたからでは」
「そうよ。コーナーモンキーはおとり役がいれば、倒すのは難しくない。しかし、一人だと話が全く変わる。曲がり角の向こうで待ち構えているから、先手を確実に取られてしまう。死角から飛び込んでくるから、間合いは長くても、懐に入られると詰んでしまう槍では対処が困難。となると、剣で対処することになるけど、コーナーモンキーの爪の一撃は非常に強力よ。人間の力で対処するのは無理。受けても、剣が折れるか、曲がるか、あるいは手から吹き飛ぶことになるでしょうね。そうなると、後はどうなるか、言わなくてもわかるわよね」
俺は遺体のそばに剣が転がっていたのを思い出した……。
「つまり、このダンジョンを一人で生きて出るのは不可能ということ。よく、心に刻んでおきなさい」
「……」
「さて、では、何故、一人で行動することになったのか。それは財宝を目指したからよ。ダンジョンは下の階層になればなるほど、魔獣が強力になっていく。財宝のある階層の魔獣は、ばかでかい図体をしていて、人間に気づき次第、まっしぐらに襲い掛かってくるわ。そうした魔獣に見つかり、仲間が殺されたか、あるいは、ちりぢりになって逃げたか。どちらにしても、一人になった時点で詰みよ」
一人になったから、死んだ……?
「死体漁りはね、命を落とす危険性も少なく、それなりの収入を得ることができる。しかし、多くの者は一攫千金の誘惑に勝てず、最下層に挑み、死んでいく。そして、私達はそんな彼らのおかげで生計を立てることができる……。よく、肝に銘じておきなさい。冒険者はね、欲に負けた者から死んでいくのよ」