第四話 欲望の果て ~明日は我が身!?~
怪物にでくわすこともなく、何度も曲がり角を通過していく。また、曲がり角に差し掛かり、お決まりの作業に入ろうとした所、俺は異臭が漂ってくることに気付いた。
「何か、臭くないですか?」
「お宝の臭いよ」
宝!? 一体、どういうことだろう。この近くに宝があるというのか!? 臭いと、どう関係があるのだろう。戸惑わざるを得ない。
俺がいつものように盾を構えて、曲がり角に向かって、横向きに進んでいると、何かが、足にぶつかった。足元を見て、それが何かを認識したとき、俺の口から、絶叫が迸っていた。
「うわあああああ――――!」
「どうかした?」
ヴイルガさんが、落ち着き払った声で尋ねて来る。
「ひ、人のほ、骨があああ――――!」
俺の足元には、ほとんど、骨だけになった無残な人の死体が転がっていた。この異臭は人の肉の腐敗臭だったのだ。
「そうでしょうね」
ヴイルガさんの声は、相も変わらず、不気味なまでに落ち着き払っている。
「そ、そうでしょうねって、な、なんで、そんなに冷静なんですか!?」
「人を襲う魔物がいるんだから、襲われて死んだ人間の遺骸が転がっていても、なんの不思議もないでしょう」
そ、そう言われれば、そうかもしれないが……。俺は必死に自分の心を落ち着けようと努めた。初めて、目の当たりにした変死体に、激しく、動揺してしまったが、冒険者の多くはダンジョンで命を落とすんだ。死体が転がっているのは、珍しくないと考えるべきだろう。いや、そもそも、俺がいつ、こうなっても、おかしくないのか……。全身に悪寒が走る。
「その……、コーナーモンキーは人を食うのでしょうか?」
「このダンジョンの魔物は、どれも人を餌と見做して、襲ってくるわ」
やっぱりか。この、ほとんど骨だけの死体は食われて、こうなったってことか……。
「足元に気を付けて、進み、何か、障害物がある場合は、止まれ。私が障害物を槍先で除けよう」
ナンジョウさんは、そう言って、器用に槍先をあばら骨に絡め、死体を移動させた。なんで、皆、こんなに平然としているんだ!? 俺がおかしいのか……。くそっ! 俺は必死に震えを押さえ込んだ。
自棄になって、俺がさらに進んでいくと、再び、足が何かにぶつかり、じゃらじゃらと金属音がした。なんだ!? 足元を見ると、暗い色をした、平たい物が転がっている。
ナンジョウさんが、それを、槍先に引っ掛けて、じゃらじゃら音を立てながら、除けた。何か、気になるが、曲がり角はもう直ぐだ。確かめるのは後にしよう。
ついに曲がり角に辿り着いた。コーナーモンキーの襲撃に備える。しばらく、待っても何も起こらないので、俺は恐る恐る盾を下げ、曲がり角の先を見た。コーナーモンキーはいない。ほっと、一息吐く。その時、俺は直ぐ目の前に、何かが落ちているのに気が付いた。ランタンの光で照らすと、それは剣だった。
ヴィルガさん達の方を振り返ると、ウィルガさんは、金属音を立てた平たい何かの上に屈んでいた。
「これは中々の上物ね」
ヴィルガさんは嬉々とした顔をしている。ミュレーズさんの方を見ると、何かに取り付かれたかのように、遺骸を見つめていた。俺と同じで、遺骸に衝撃を受けているのだろうか? ナンジョウさんは、どちらにも無関心で、どうやら、周囲を警戒しているようだ。
「ヴィルガさん、それは何でしょうか」
「そこの死体が身に着けていた鎧よ。ロックウェルさん、その鎧を運んで頂戴。
俺はランタンの光を近づけて、鎧をしげしげと観察してみた。それは小さな金属の輪を無数に組み合わせて、できていて、体幹だけではなく、腕の部分も覆う形状をしていた。これが、音に聞くチェーンメイルというやつか。輪がぶつかりあって、じゃらじゃらと金属音がしていたんだな。
チェーンメイルを片手で引っ張り上げようよして、俺はその重さに驚いた。
「気を付けたほうがいい。十五キロはあるだろう」
ナンジョウさんが俺の様子を見かねたのか、忠告してきた。十五キロだって!? 冗談だろう。俺は、それを両手で持ち上げたとき、あまりの重さに絶句した。
「あ、あの、これを持っていくんですか……」
「そうよ」
盾と合わせれば、二十キロを超える。これを運んでいくのか。俺はそれを想像して、げんなりした。
「そういえば、ヴィルガさん、お宝と言ってましたけど、どこにあるんですか」
「そのチェーンメイルがお宝よ」
は? 意味がわからない。この鎧のどこがお宝なんだろうか。俺が困惑していると、ヴィルガさんが高らかに告げた。
「今日はここまでにしましょうか」
どうやら、探索は終わりらしい。しかし、出口まで、この重い荷物を背負って、コーナーモンキーに怯えながら、また何度も曲がり角を通らなければならないことを思うと、気が重かった……。