第三話 とうとう、ダンジョンへ ~俺の人生、今日で終わり!?~
俺達、四人は、町からいくらか離れた荒野の只中に立っていた。目の前には、小さな石造の建築物がある。扉もなく、その入り口は、唯ぽっかりと空いている。その中は両手を広げたら、向い合う壁のそれぞれに手が触れそうな狭さである。いよいよ、いや、とうとう、ダンジョンに挑む日が来てしまったのだ。この二週間近く、俺は、命惜しさに必死に訓練に励み、盾を保持したまま、中腰で滑らかに移動できるようになり、ナンジョウさんの打ち込みもどうにか受けられるようになっていた。
俺は大盾を背中に担ぎ、頭には転倒に備え、布製のヘルメットをかぶっている。三人の女の子達はそれぞれ、手に三つ又の槍を持っていて、その長さは人の背丈ほどもある。完全に怖気づいて、震えている俺と違い、三人とも、涼しい顔をしていて、緊張の片鱗すら窺えない。俺は自分が酷く情けなく感じた。なぜ俺はこんな所にいるんだろうか……。
ヴィルガさんが建造物を手で指し示し、話し始めた。
「これが、これから私達が探索するダンジョンの入口。まあ、ダンジョンなんて言っているけれど、その実態は遺跡、大昔の権力者の墓所なんだけどね」
「墓所って、墓なのか……」
何か、きなくさい話になってきた。ここが墓でこれから俺達がそこに侵入しようとしているなら、それは墓荒らしに当たるのではないだろうか。
「四百年ほど前、魔獣を操り、その力をもって、全世界を征服したといわれるナガ帝国。ナガ帝国から世界各地に派遣された統治者達は任地に己の墓を築き、墓荒らしへの対策として、墓所を複数階層にわたる迷宮上の構造にし、各階に番犬代わりに魔獣を放った」
やっぱり、墓荒らしじゃないか……。
「一般に冒険者という言葉は、それらの墓所に侵入し、その奥深くに眠る財宝、もとい副葬品を回収しようと試みる者達のことを指すわ」
つまり、冒険者イコール墓荒らしということか。労働環境だけではなく、そういう意味でもブラックなのか……。
「じゃあ、早速に探索に入りましょうか」
俺たちはヴィルガさん、ミュレーズさん、俺、ナンジョウさんの順で、入り口に踏み込み、階段を降りて行った。ダンジョンの中は暗く、通路が真っ直ぐ続いている。通路の横幅は二メートルくらい。天井はかなり高く、そのせいかあまり閉塞感を感じない。先頭のヴィルガさんが掲げるランタンの明かりの届く範囲は狭く、通路の先がどうなっているかは全くわからない。俺は改めて、しげしげと自分が右手に下げているランタンを観察してみた。その頂点には、指が二本ほど入る大きさの取っ手となる輪が固定されている。その本体は円筒形で、高さは三十センチメートルくらいあり、その周囲は菱形格子様の網状になっていて、その隙間から、内部に設置されている蝋燭の光が漏れ出て、周囲を頼りなげに、か細く、照らしている。この一切の光の差し込まぬ真の闇の中では、このランタンの光のみが唯一の寄る辺だ。俺は、その取っ手を握る指に力を込めた。
ヴィルガさんがランタンを左手に掲げ、槍を穂先が上を向くように右肩に斜めに立て掛けて、暗闇の中にずかずかと踏み込んでいく。その後を追って、ミュレーズさんが続いていく。
「さあ」
ナンジョウさんがそれに続くよう、俺に促してくる。俺はしぶしぶ、後に続き、いくらか離れて、ナンジョウさんが続いた。
しばらく、進み、ヴィルガさんが立ち止った。通路の先には壁が見えている。行き止まりか。いや、通路が直角に折れている? ついに来てしまったのだ、曲がり角が。俺の全身に凄まじい緊張が走った。心臓の動悸が激しくなるのを感じる。
「いよいよ、特訓の成果が試されるときがきたわ。心の準備はいい?」
いいも糸瓜もない。その眼差しには有無を言わさぬものがあり、俺に拒否権が無いのは明らかだった。もはや、やけくそだ。この盾が俺を守ってくれるはず。
俺は腰を下ろし、大盾を体の全面に構え 壁を背にしながら、カニのように横向きに右手に、曲がり角に向かって、じりじりと進んでいった。左手を見ると、ヴィルガさん達が三叉の槍を正面に構え、横一列に並んで、後についてきている。
この先に怪物が待ち構えていると思うと、気が気ではない。歯は震えのため、カチカチとなり始めた。必死で、盾があるから大丈夫だ、大丈夫のはずだと自分に言い聞かせ、歩を進めていく……。
そうこうしているうちに、盾が何かにぶつかった。横を見ると、壁があった。曲がり角についたのだ。全身を石のように固め、盾の持ち手をあらん限りの力で握りしめながら、怪物の襲撃を待ち構える……。
……何も起きない!?
「もう、いいわよ」
ヴィルガさんが安全を告げてくる。恐る恐る盾を下ろして、顔を出すと、角の先は真っ暗闇で何もわからない。俺はランタンを前に突き出して、前方を改めて、まじまじと見つめた。少なくとも、角の直ぐ先には怪物は潜んでいないようだった……。
安堵のため、全身の力が抜け、尻もちをつく。
「はじめてにしては上出来ね。次もよろしく頼むわよ」
「え……次って?」
「この階層にどれだけ多くの曲がり角が存在すると思っているの。 一つ終えたぐらいでへたばらないでよ」
「ほ……本当か……」
先の長さを思うと、げんなりする。
それから、曲がり角に出会う度に同じことを繰り返したが、怪物に襲われることはなかった。そろそろ、決まりきった繰り返しに慣れ、気が緩み始めた頃、それは起こった……。
ガキッという耳をつんざくような音ともに突然、盾に凄まじい衝撃が走り、背が壁に激しく押し付けられる。何か、大きな物が駆け去っていく音がした。
目をぎゅっとつぶり、歯を食い縛り、盾を持つ手に、あらん限りの力を込めながら、
縮こまって、ぶるぶる震えていると、ヴィルガさんが声を掛けてきた。
「当りだったみたいね。すんだわよ」
恐る恐る、盾から顔を出して、前を見た。通路の先には、ただ、闇だけが広がっている。なにかが、俺に襲ってきたのは事実だ。しかし、その何かの姿は影も形もない。実感がいまいち、湧かない……。人間大の猿だというが、ヴィルガさん達はその姿を目の当たりにしたのだろうか。
ヴィルガさん達の方を見ると、三人は構えていた槍先を既に下ろしていた。
「お、終わったんでしょうか?」
「ええ」
「ご苦労様です」
ミュレーズさんが労いが心に沁みる。俺の全身には達成感が漲った……、とまでは行かなかったが、俺は自分の職務を無事やり遂げたことに、ほっとした。
「ちょっと、何、全てをやり遂げたような顔してるのよ。まだ、始まったばかりよ」
ヴィルガさんが呆れた視線を投げかけてくる。確かに、俺たちはまだ何も成し遂げていない。財宝を得ることが目的なのだ。俺は俄然やる気が湧いてきた。