第二十二話 目指せ、打倒ケイブベア!! ~結局、人頼みかよ!!~
「これから、ケイブベア打倒のための訓練を始めるわ」
時刻は真夜中。目の前には擬似待避口。月明かりの中で、少し離れたところに何かが立っているのが見える。
「ケイブベアを倒すだって……!?」
とても正気とは思えない。
「なにを驚いているの。私達、人類はその歴史において、私達より巨大な数多の生物を狩り、ときには絶滅においやってきたのよ」
ヴィルガさんは不敵な笑みを浮かべている。
「人類が自分達より巨大な生物を狩る方法は大別すると、三つあるわ。毒、トラップ、奇襲よ。唯、ダンジョンという特性上、後者二つを有効に用いるのは難しい。だから、毒を使って、いかに倒すかということになるわ」
毒か……。考えもしなかったが、言われてみると、非常に有用に感じる。
「槍先に毒を塗って、攻撃するのはケイブベアに接近しなければならないから、条件が限られるわ。だから、基本的に毒矢を使うことになる。毒矢は即効性の物と遅効性の物があるけれど、即効性の毒矢は非常に高価で所持していないわ。だから、遅効性の矢を主に使うことになるわね」
「遅効性の矢って、どれぐらいで効くんですか?」
「一時間ほど、かかるわ。当てて、直ぐに逃げても、毒が効く前に追いつかれて、殺されるでしょうね」
だったら、役に立たないのではないだろうか。
「だから、ケイブベアを狙うときは、ほとんど逃げる必要のない状態、待避口に体の大部分を入れた状態で狙うことになるわ」
待避口の中に入った状態で狙う? 情景を想像してみようと努力する。体の大部分?
「百聞は一見に如かず。カエデ、実演をお願い」
「わかった」
カエデさんが下半身だけを待避口の中にいれ、横たわった。左手で弓を水平に近い状態で構え、右手で矢を番えた。
狙うは、待避口の出口の真横に、20mほど離れて立っている的。さきほどまでは、暗くて、朧にしか見えなかったが、今では、すぐ近くにランタンが置かれていて、その詳細が見えるようになっていた。長方形の板が長い角材に打ちつけられて、立っている。
あれを狙うのか。昼間、俺が弓の練習に使っている的よりずっと大きく、距離も近い。もし、昼間で、立って、狙うのなら、俺でも、的に当てられるだろう。しかし、今は真夜中で、ナンジョウさんは、寝転がって、弓を構えている。あんな風に狙って、当てられるのだろうか……。
ナンジョウさんが弓を引き絞り、矢が放たれる。風を切り、的の端の方に当たった。
「あの的がケイブベアなんですか?」
「ええ。ケイブベアの背面を模しているわ。ケイブベアを安全に攻撃することのできる状況は二つしかない。待避口に隠れている状態で、その入り口にケイブベアが顔をのぞかせたとき。そして、ケイブベアが待避口から去っていくときよ。前者は距離こそ、非常に近いけど、待避口の入り口の大きさが小さいから、それに応じて、的も小さくなる。おそらく、ケイブベアの鼻の辺りしか視認できない。ただ、傷を負わせるだけなら、簡単でしょう。しかし、矢にしても、槍にしても、ケイブベアの体に深く長くつき立て、その体に毒を回らせるのは難しいと考えているの。だから、後者を取ることにするわ。狙うのはケイブベアの後肢、腿の後ろの部分ね」
つまり、待避口からあの辺りまで、ケイブベアが離れたときに、毒矢で狙うということか。
「じゃ、みんなで練習しましょうか」
……練習した結果はさんざんだった。寝転がった不自然な体勢だと、弓を引くだけでも大変だ。まして、狙いを付けるなんて、以ての外だ。ただの一度も的に当てることができなかった。練習すれば、どうにかなるんだろうか……。
ただ、成果がひどかったのは、俺だけではなく、ミュレーズさんやヴィルガさんもだった。何十回も射て、二、三回しか当たらなかったのではないだろうか。一方、ナンジョウさんさんは百発百中だった。さすが、としかいいようがない……。
「今、狙った的は固定されていたけれど、実際にはケイブベアは動いているわ。つまり、難易度はさらに増すわ。それに明るさに関しても、月明かりなんて、存在しない地下だから、事前に蝋燭を設置して、光源を確保する必要があるわ」
事前に明かりを設置する必要がある? ケイブベアが待避口の前から離れていくところを狙うのだから、ケイブベアが待避口の前に来るまえに、明かりを設置する必要があるのではないだろうか? 予想外の襲来では、設置している暇などないように感じるが……。
「明かりの設置が必要だと、毒矢を使える状況は限られるのではないでしょうか?」
「その通りよ。だから、ケイブベアを毒矢で倒すことを検討するのは、待避口の近辺にケイブベアが居座って、いくら待っても、去らないときよ。つまり、待避口から、出て、少しは移動ができるが、ある程度、歩くと、ケイブベアが襲ってくる状況ね」
なるほど。確かにその状況なら可能かもしれない。しかし、そんな状況は来てほしくないと心底思う……。
「全然、的に当たらなかったのですが、大丈夫ですか」
「気にする必要はないわ。とりあえず、練習してもらったけど、ケイブベアを倒すのはカエデ以外に期待していないわ。カエデがそうした行動を取る可能性があるとだけ認識しておいて頂戴」
今回の任務はミュレーズさんが要だって、ヴィルガさんは言っていたが、カエデさんも要もなんじゃないだろうか。非常に頼もしく感じる。いままで、本当に成功するのか、半信半疑だったが、希望の光が見えてきたような気がした。
「明日から、三階層攻略の前準備として、何度か、三階層に少し、足を踏み入れることになるわ。主目的は種々の確認とケイブベアに慣れることよ」
「……ヴィルガさんはケイブベアを見たことはあるんですか」
「ないわ。そして、これからも、その姿をちゃんと見ることは永遠にないかもしれないわね」
ちゃんと見ることはない? 引っ掛かる言い方だ。何を言わんとしているのだろうか?
「暗い洞窟の中でケイブベアの全身を見て取ることができるような距離は、非常に高い確率で死を意味するわ。私達は棺おけのように狭い待避口の中からしか、ケイブベアの姿を安全に拝めない。そこから、視認できるのは、せいぜい、手足や鼻っ面がいいところでしょう」
な、なるほど……。巨大な怪物に追い回されるというのに、それがどれだけ巨大か、その全身を見て、実感することはできないと。それは幸せなこと……なのか?




