第一話 ようこそ、この世の掃き溜めへ!
「す、すいません……。後、一週間だけ、待ってください!」
俺は強面の男たちに囲まれ、ガタガタ震えながら、地面に頭を擦り付け、謝っていた。
「兄ちゃん、そのセリフは聞き飽きたわ……」
賭け事に嵌り、借金をしては摩るということを繰り返した挙句、俺の借金は膨大な額に上っていた。しかし、返す当てもなく、はぐらかし続けるのも、難しくなってきたので、とんずらをここうとした矢先、流石は、向こうもプロ、捕まってしまったのだ。
いままでと、男達の目つきが違う。目を合わせただけで、肝が冷える。
俺は頭を上げることもできず、地面に頭を無我夢中で押し付けていた。
「いえ、必ず、返します! どうか、信じて下さい!」
「……ほな、最後に一度だけチャンスをやるわ。これから、派遣冒険者として働いてもらって、その収入を借金返済に充てて、もらうことにする。いいな、兄ちゃん」
「は、派遣冒険者……。そ、それだけは勘弁してください!」
冒険者、それはこの世で最もブラックな職業といわれている。一年以内に九割が脱落、脱落者の半数は落命とか洒落にならなさすぎる。派遣冒険者はその中でも最底辺。パーティーの誰もが遣りたがらない危険な役回りを押し付けられるため、パーティーの最初の犠牲者は、派遣冒険者というのが、お決まりである。使い捨てにされ、一年以内に九割が死ぬといわれている。
「いやなら、別にいいんで。だが、それなら、兄ちゃんにはあそこに行ってもらうことになる」
そういって、男が指さした先には、遠く、山々が険しく、そびえたっていた。
「や、山ですか……」
「そうや。あそこで兄ちゃんにはずっと休んでもらうことになる。どうする?」
ここは、ラガン山脈の麓の盆地にある町ロタル。町の近くにダンジョンがあり、そこを目当てに多くの冒険者が集まってくる。黄味のある石灰岩が付近で産出し、それを家々で外壁として、用いているため、どこに目をやっても、黄の色彩が目に入る。降り注ぐ日光の下で、町全体が明るく、輝いているように感じた。まぶしすぎる……。暗く、澱んだ俺の心には、まぶし過ぎる……。自分が、とんでもなく場違いな所にいるという疎外感が凄まじい。目を開けているだけで、どんどん憂鬱になっていく。それに伴い、俺の足取りも次第に重くなっていった。
俺は今、借金取り達に指定された待ち合わせ場所に向かっている。今日から、俺は派遣冒険者として、あるパーティーのもとで働くことになっていた。仕事場は間違いなく、ダンジョンだろう。そして、そこが、十中八九、俺の墓場になるだろう……。
通りを人々が、幸せそうな顔をして、さんざめきながら、歩いている。それらの顔の一つ一つが寒風のように、俺を苦しめ、苛む。一体、俺は自分の人生をどこで間違えたのだろう。かつては、俺も彼らの一員だったはずだ……。賭け事に夢中になっていたときは、毎日が楽しく、充実していた。俺もあのときは、傍から見れば、幸せそうな顔をして、通りを歩いていたのだろう。しかし、その幸せは永遠に続かず、いまや、不幸のどん底だ。この世の無常が骨身に凍みる。吸う息が苦い。
待ち合せ場所のレストランにようやく着く。かなり、大きな建物だ。中に入ると、オークの丸テーブルがいくつも並んでいて、どのテーブルも人で埋まっていた。客の数は全部で五十人を超えているだろうか。誰も彼も、食事に舌鼓を打ち、歓談している。まったく、おうらやましいことだ。一方、俺はといえば、人生お先真っ暗、心は重く打ち沈んでいる。どこの誰かは知らんが、俺は、このような場所を待ち合せ場所に指定したくそ野郎を心底恨んだ。
ウェイトレスに待ち合わせ相手の名を告げ、その先導に従う。ウェイトレスが立ち止り、示した席を見たとき、俺は困惑してしまった。そこには、女の子が三人座っていたのだ……。
「すいません、席を間違っていませんか?」
「いえ、こちらでございます」
やむをえず、俺は席に着いている女の子達に確認してみることにした。
「あの、ヴィルガさんはいらっしゃいますか?」
「私がヴィルガよ」
三人の中央に位置する栗色の髪の女の子が苦笑を浮かべながら、答えた。
「え……」
どうにも状況を理解することができない。冒険者というから、屈強な男達にこき使わることになると思っていたのだが、まさか、この子達がパーティメンバーなのだろうか!?
俺は席に着き、女の子達と向かい合っていた。動揺の極みにある俺と違い、彼女達はみな平然としている。
「じゃあ、まず、自己紹介をしましょうか。私はアルテア・ヴィルガ。宜しくね」
「フェリシー・ミュレーズと申します。宜しくお願い致します」
「カエデ・ナンジョウだ。宜しく」
「お、俺、いや、私はアーサー・ロックウェルで、と申します。
よ、よろしくお願いします……」
女の子と改まって、話すなんて何年振りだろうか。声が上ずってしまう。
「……ロックウェルさん、ようこそ、この世の掃き溜めへ!」
俺はヴィルガさんのその歓迎の台詞と思われる物を聞き、呆気に取られた。掃き溜め!? 彼女のその明るく、強く、大きく、威勢のいい声に、明らかに不似合いな単語。同僚が全員、女の子ということで浮かれたが、元来、冒険者という職業は、とんでもなく、ブラックだ。そして、俺はその中で、最もブラックな派遣冒険者なのだ。俺はその言葉に、一抹の不安どころか、凄まじく、不吉な予感を覚えた……。
「自己紹介も済んだし、注文した料理が来たみたいだから、食事にしましょう」
女の子たちが和気あいあいとおしゃべりしている中、俺は会話の糸口もつかめず、ただ、もくもくと料理を平らげていた。うまい。レストランで美味しい料理に舌鼓を打つなんて何年振りだろうか。お金があっても、全て、賭け事につぎ込んでいたからなあ……。しかも、まさか、女の子達に囲まれて、飯を食う日が来るなんて、思いもしなかった……。俺は、先ほどのヴィルガさんの発言により動揺した心が、徐々に癒されていくのを感じた。
心に余裕が出てきたので、俺はそれぞれの娘達を観察してみることにした。
茶色の髪に、碧眼の子がヴイルガさん。パーティーのリーダーのようだ。その氷を連想させるような青い目と、冷めた表情、歯に衣着せぬ物言いが相俟って、どこか冷たい印象を受けた。
黒髪、黒目の子はナンジョウさん。無表情で口数に乏しいが、その眼差しには精悍さがあり、三人の中では、世間一般における冒険者の印象に最も近いように思われた。口調はぶっきらぼうで、女性らしさの欠片もない。
金髪に緑の目の子はミュレーズさん。その大輪の花が開いたような笑顔を見ると、心が洗われるようだ。一言で言うと、かわいい! ヴィルガさんは、この世の掃き溜めにようこそとか言っていたが、まさに、彼女は、掃き溜めの鶴だった。彼女と仲良くなれたら、いいなあ……。
「ロックウェルさん、じゃあ、早速、明日から、冒険のための訓練を始めましょうか」
再び、浮かれ始めていた俺は、その言葉によって、一気に現実に引き戻された。そうだ、俺は派遣冒険者なんだ……。まだ、これから、なにを遣らされるかもわかっていないのに、喜ぶのは、気が早すぎる。
「訓練って、どんなことをするんでしょうか?」
「ダンジョン内であなたに担当してもらう役回りがあって、そのための訓練よ。ある程度、板に付いてきたら、早速、ダンジョンに潜って、その役回りを果たしてもらうことになるわ。詳しくは、明日、現地で話すわね」
俺が担当する役回り!? いやな予感しかしないんだが。しかも、口振りからすると、俺がダンジョンに連れて行かれる日は、そう遠くない。どうやら、俺の命は風前の灯らしい……。
第一話を読んで頂き、誠にありがとうございます。
第一章完結まではストックがあり、十万字をすこし越える程度の長さになります。
これから、ガンガン続きを投稿していきます!!
誤字や、ルビをこの漢字に振った方がいいのではといったご指摘を忌憚なく、して頂けたら、大変助かります!