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ファンタジー

蟷螂の斧、それはやがて最強ハンター『カマキリ』になりし者~僕もこんな彼女が欲しい編~

作者: 紅藤

 

 ナルは冒険者だ。

 初めてのダンジョンを共にクリアした仲間と今も一緒に旅をしている。

 今日は休みだから、割り当てられた宿の中で武器の手入れをしていた。

 敵を倒すことを最大の喜びとするナルにとって、休日はどこか退屈なもの。

 この街の観光パンフレットも粗方読んでしまったし、仲間は朝から市場に出掛けているし、とにかく暇なのだ。

 ふと、何かに気がついて顔を上げる。

 よく知った匂いが近づいてくる。

 安心する香りだ。


「ナル、少し外に出かけないか?」


 声をかけられる前から、その正体は分かっていたけれど、声をかけられて、はたとその香りの意味に気が付いた。

 これは目の前の彼女の匂い。

 そして、彼女が自分に選んでくれた石鹸の匂いだった。

 ナルは武器の刃に覆いをかけ、床に置いた。


「外?」

「この街には図書館と資料館があるらしい。私は図書館に行きたい。ナルは?」

「……資料館は、少し興味があるな」

「ではどちらも行こう。今日はせっかくの休みなのだ、ナルとデートしたい」


 ダメか? と伺いを立てられた。

 少し困惑した顔は、いつも凛として力強い彼女には珍しい。

 珍しかろうと珍しくなかろうと、好きな女性にそんな顔をされたら、たいていの男はころっといくものだと、ナルは知識で知っている。

 例外に漏れず、ナルもこくりと頷いた。

 耳の端っこを赤らめながら。


「メサとのおでかけなら、きっと楽しいな」

「……ナル」

「ん、どうした?」

「君はよく私の方がモテるだの、男女ともに誑かしているだの、好き勝手言うけれど……君だって私に殺し文句をたくさんくれているということを、覚えていて欲しい」

「あ、ああ。でもメサにしか言わな……」

「それでもだ!」

「わかったよ」


 この冬、恋人になったばかりの二人はとても初々しい。

 片方が美丈夫と見まがうほどの立派な躯体の麗人で、片方がうっかりすると女の子に見られがちな小柄な青年だとしても、中身は一般的な男女のそれ。

 互いにつけている香りで、ふとそれを自覚して顔を赤らめるナルも、恋人からの素直な喜びにどきまぎしてしまうメサも。

 恋に浮かれる若者なのだ。


 ただし。

 それを毎日見させられている仲間はゲロ吐きそうってことを、二人は知った方がいい。


 パーティーのリーダー、ハヤトは仲良く宿を出ていく二人の姿を、もう一人の仲間とともに見送った。

 もう一人の仲間ことハルクは、青白い顔をしていたが、それはいつものこと。

 二人の仲睦まじい様子を見ても、いつもどおりの口調でハヤトに話しかけてくる。


「ハヤト、また顔色悪い」

「僕は自分がよくわからないんだ。祝いたくもありじれったくもあり、苛立たしくもあり憎ましくもある。なんだあの無自覚カップルは!」

「俺たちの仲間?」

「それは知ってる……。はぁ、ビターチョコかコーヒーが飲みたい。砂糖が入ってない、思いっきり苦いものならなんでもいい」

「その感性はよくわからないけど、苦いものならある。さっき市場で買ってきた鳥の爪」

「それ生食用じゃないし、薬として買ったんだからダメ。はあ……とりあえず部屋に戻ろうか」


 ハルクはあまり興味がないようだが、ハヤトとて一人の男である。

 自分がモテるような容姿ではないことや、自分達の経緯から出会いの機会が少ないことは十分に承知しているつもりだ。


 それでもだ。

 男としての欲求は叫ぶ。

 目の前であんなラブラブな様子を見せられたら、いっそ泣きながら叫ぶ。

 僕だって分かり合える彼女がほしい。

 あわよくば、趣味が合って。

 冒険者稼業に着いてきてくれて。

 一緒に戦って。

 休みにはデートに行くような仲になりたい!


 血涙と歯ぎしりが止まらぬ怨嗟の表情。

 ハルクは尊敬する先輩がこれ以上の奇行を見せる前に、そっと落とし穴に埋めたのだった。


 さて、粘土質の落とし穴に落ちた者の末路は悲惨である。

 宿屋で追加料金を支払って、風呂場を借りたハヤトとハルクは、すっかりよい香りをただよわせて部屋にいた。

 ハヤトからは果物のようなさっぱりとした甘味を思わせる匂いがしたし、ハルクは清潔感を際立たせるようなスッとした匂いがした。

 部屋はナルがさっきまでいたからだろう、冬の朝のような冷たさと花の香りがした。


「そういえばこの香り、メサイアが選んだやつ」

「ナルのこと?」

「違う。俺とハヤト」

「え、ああ。石鹸の話?」

「そう。俺にってくれた」

「そういえば言ってたなぁ」


 ハヤトに似合う香りを選んだぞっ!

 元気と笑顔いっぱいのイケメンが脳裏によぎり、ハヤトは再びリア充への憎しみが溢れた。

 ナルとかいう自分の仲間はそれをいつも享受しているのだと思うと、なんだかむかつく。


 念のため補足しておくと、ハヤトは本心から、ナルとメサイアの恋を応援している。

 正直ナルにメサイア以上の理解者が現れるとは思っていないし、それはメサイアも同様だった。

 つまりはお似合いの二人なのだ。

 二人の仲を引き裂くつもりはさらさらない。


 だが、自分が独り身であるという事実が、見ぬふりをしている現実が、あの二人を見るたびに明らかになってしまうと言うだけで。

 ハヤトはずっと苦悩している。

 何故、自分には恋人がいないのかと――。


 一方のハルクと言えば。

 メサイアっていいやつだな。

 ナルは強くて頼りになる。

 そのぐらいの感想しか持ち合わせていない。

 この香りの件だって、ハルクは動くのに邪魔にならないような香りがいいだろうと、メサイアが勝手に贈ったものだ。

 もらったボディソープは確かにいい匂いで、たまにシャンプー代わりに使うぐらい気に入っているが、それだけだ。

 ナルとメサイアが同じ香りを身に付けていたって、お互いに喜んでいるのだから別に気にならない。


 それに、仲間が臭くないというのは重要なことだ。

 顔色が異様に悪い魔法使いがいたり、返り血で黒く染まったコートを気にせず身に付けてしまう鎌男がいる限り、このパーティーの怪しさはうなぎ登りだ。

 冒険者の仕事は、信用あればあるほどいい。

 何かとむさくさい冒険者の中で、まるで物語のように端正な顔立ちの者がいるとなれば仕事は来やすし、メサイアが女性だと分かれば安心する依頼者も多い。

 おまけに、組んでいるパーティーの面子が男くさくなく、清潔でいて、いい匂いがするとなれば、いくらベテランの実績者であれど依頼者の心証としては見劣りしない。

 元より実力には自信のあるハルクだったから、自分にとって欠けている部分を補うメサイアの存在はただありがたいだけだった。


「そういえば、ヒーラー入れるって話どうなったの?」

「やっぱり野良ヒーラーってあんまりいないから、今から入れるのは難しいね。他のパーティーから引き抜くのは、感情的にやりたくないし」

「前に来てたメサイアの信奉者は?」

「ナルが追い払ってた。理由はメサイアの寝込みを襲ったからだって。いやー恐ろしい」

「ナルが? 信奉者が?」

「どっちも、かな。戦闘状態のナルを前にして一歩も引かなかったのは褒めてあげたい」

「怖くて動けなかっただけじゃないの」

「そうかもしれないけど」


 その日は男二人で雑談しただけで終わった。

 結局、なにもせずに見初められるなど夢である。

 欲しいもののためには自ら動くことが必要だ。


 後日、ハヤトはメサイアに尋ねた。

 何故ナルとメサイアは同じ石鹸を使っているのかと。

 それは少しでも親交のある人に、恋愛のきっかけを教えて欲しいという下心からであったが、かつてナルが血塗れハンターと呼ばれていた頃からぞっこんなメサイアはこう言った。


「あれは、ナルが好きな匂いだからだぞ。ナルが好きな匂いを私が着けることで、もっとナルに好きになってもらえたらって思ってな」

「……」

「そうなのか? メサイアによく似合ってる」

「ナル! さすが私の未来の伴侶! 好きだ!」

「ぐえっメサ! 鎧で抱きつくなって言ってるだろ! オレが潰れる!」

「……」


 甘いシーンを余計に見ただけで終わったのである。

 ハヤトに彼女ができるのはまだ先の話だろう。


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