一話
暗闇の中で息を潜める者がいる。
透き通った肌、純白のレース付きのドレス、そして暗闇の中でなお輝きを失わない銀色の髪。
その髪の持ち主が今、ここで気配を断ち、潜んでいるのだった。
よくみれば純白のドレスや銀髪は所々汚れ、さっきまで走っていたらしく、ドレスの裾が黒く染まっていた。
体力を消耗したせいで汗で銀髪がくすみ始め、その汗が髪の毛を伝って滴り、汚れたドレスをさらに汚す。
「あの姫はいたか?」
「いや、宮の中には居なかった」
汗によってビショビショになったドレスが肌に張り付き、女性特有のフォルムをかたどっていた。
彼女はすぐにでもドレスを着替えたい気分なのだが、自分の命を狙う追っ手がいるため、動くに動けない。
追っ手は命だけではなく、体も狙っている節もあり、その事が余計に焦りを生み、体力をすり減らす原因となっていた。
そんな不幸な状況真っ只中にいる彼女。
セントブラッド王国三番姫兼第十一特務部隊隊長
フェルムアーデ・セントブラッド
それが彼女の肩書きだった。
三時間前、両親に内緒で離宮に来ていたフェルムアーデは謎の兵士たちの襲撃に捲き込まれる。
離宮守護に着いていた兵士たちは瞬く間に戦死。荒事に慣れていない侍女たちもことごとく殺され、フェルムアーデは唯一、冷静に現状を把握していた一人の侍女の機転により逃げることができた。
その侍女がどうなったかは定かではないが多分この世には居ないだろう。
「……リセ」
殺されたであろう自分の命を救った侍女の名前を呟く。
思い出す度に死んだ兵士や侍女たちの叫びが頭の中で繰り返され、彼女の心に痛みを与える。
楽になりたい、でもなれない、なることは許されない。
彼女の命はたくさんの人たちの死よって生かされている。
その人たちのために彼女は生きて逃げ延びなければならない。
悲しみを呑み込み、追っ手がいなくなったことを確認した彼女はまた歩み始める。
まだ出口は遠い。
「ゲハハハ…まーだ見つかんないのか姫さんはよぉ」
ボサボサの黒みがかった緑色の髪にモノクルの男ジェインは下品に笑う。
すると奥から軽装に身を包んだ男が報告に来た。
「現在、姫は見つかっておりません。しかしあの服装では走ることは困難なはずなので森の中腹部にいる可能性が高いです」
「何でそこまでわかっていて見つけられねぇ」
「はっ…はい、スミマセン」
下品ではあったが楽しそうに笑っていたジェインは無能な部下に対し怒気を孕ませる。
急に機嫌が悪くなったジェインを見た軽装の男は縮み上がる。
「し…しかしですね。この広大な森の中を掻き分けてさがすには三十人足らずの我々では、ほぼ不可能です。貴方の力を借りられれば直ぐにでも見つけ………」
ビュンと風を切り、ジェインは男の首を切り落とした。
「俺が聞きてぇのはそういうのじゃネエンだよ!」
さらに不機嫌になったジェインは床にあるなにかを踏みつける。
「ぁぎぃ…」
それは肌色で柔らかいもの、人間それも離宮にいた侍女だった。
侍女は裸で腕と足を切り落とされており、下腹部を左足で踏みつけられていた。
ジェインは彼女の方には目もくれずに彼女の肉体を剣でえぐっていく。
「ギァアアアアアアアアアアアアアアアア」
夥しい量の血を流しながら痛々しい悲鳴をあげる侍女に対し、ジェインは楽しそうに悲鳴を聞いていた。けれど彼は物足りない。
「姫さんはどんな悲鳴をあげるかなあ」
左足に力をこめ、侍女の下腹部を内臓ごと踏み潰し、腰を上げた彼は自ら動くことにした。
まるで悪鬼が笑ったような表情でデザートである姫を求め歩き出す。
「…ぁ…ぁひ…ぁぁ…くひぃ…………」
ジェインがいなくなったあとその場に残されたのは内臓を踏み潰されたことによる最後のあえぎと事切れた侍女の無惨な遺体だけだった。
根を飛び越え、枝の間を疾駆する。
しかし何故か音がたたない。
隠密を主とする第十一特務部隊の隊長であるフェルムアーデはふいに足を止める。
先程までの出口のない迷路を走り続けるような嫌悪感があったのに今はそれが消えていた。
「どうしたんだ一体?」
突然、空気が変わったことに驚きつつも再び走り始める。
敵の気配もまったくなく先程のことがまるで嘘のように閑散としていた。
状況を把握するため彼女は足を止め考えごとを始める。
「うぐっきもちわるいな…」
しかし、いままで気にならなかった汗でグチョグチョのドレスが気持ち悪くてしょうがない。
しょうがないのでフェルムアーデは着衣の不快感を取り除こうと整え始める。
激しく動き周り、汗をたっぷりと吸ったドレスは破れ、擦りきれ、くすみ元の姿が想像出来ないくらい汚ならしかった。
どうやっても整えきれないと判断したフェルムアーデは替わりの服をと模索し始める。
ふと見ると葉っぱが目に入り、葉っぱ三枚でビキニにすればと結論に達するが色々まずいため却下することにした。
誰だって露出姫などと言われたくない。
ならば葉っぱをたくさん使って顔も隠せば!?いやいや緑のモッコリもどきにはなりたくない…等と葛藤していると
ガサガサガサ…
ふいに枝葉が擦れるような音が響く。
その音が気になり、音がした方へむく。
ガサガサと音が段々と大きくなり、動物かな?と思ったが枝葉の揺れ方が異常だったため気を引き締め、警戒を強めた。
そして出てきた瞬間ぶちこめるよう腰だめに拳を構える。
ガサガサガサガサ…
ガサァァッ
瞬間に先手必勝。
勢い良く拳を放つ。
「ふふ〜ん。毎度お馴染み屋台、ラーメン、チャーハンどんなものでも作ります〜っと」
「えっ?」
敵だと思っていたのに、ホバークラフト型の屋台を引いた一般人っぽい女性が出てきたため
ゴスッ
と、腰だめに放った拳が顔にクリーンヒット。
「けふ」
と情けない声で一般ピーホーな屋台の女性はその場で崩れ落ちた。