金木犀と不発弾
「これなに?」
彼女のその一言が2週間振り続けた雨を止めた。
「なんだろうね」
僕の声は震えていた気がする。心当たりがあったから。
それは、前に付き合っていた女、亜希が残した不発弾だった。
「捨てに行こう」
話し合いの結果、隣町にある池に捨てに行くことになった。
ちょうど良いサイズの伊勢丹の紙袋があったので、不発弾はそれに入れて持っていくことにした。
「こんな大きな池があったんだ。このあたりでは有名なの?」
「うん。なんか一昨年にいきなり現れた池らしいよ」
「なにそれ」
この池が出来た経緯全てを知っているのは僕だけだ。前の前の彼女が残した不発弾を僕一人で処理しようとしたことがあったのだが、失敗。結果、大爆発を起こし、大きなクレーターが出来た。爆発に巻き込まれズタボロになった僕を発見した亜希は3日3晩泣き続けた。降り注いだ涙がクレーターに溜まり、出来上がったのがこの池だ。
一回100円の手漕ぎボートを借りる。オールが重い。僕が漕ぐのか? 当然だ。
冷え切っていた体がすっかり温まり、じんわりと汗がにじみ出てくるころ、ようやく池の真ん中あたりにたどり着いた。
彼女が紙袋から不発弾を取り出す。その刹那、季節外れの金木犀の香りが漂う。亜希がよくつけていた香水の香りだ。
彼女は無言のまま俯き何かを待っているようだった。
「はやく捨てないと爆発するかもよ?」
僕の馬鹿な台詞は、冬の澄んだ空気に拒絶されたかのように、その場に漂い続けた。
彼女は黒髪の奥から細い目でこちらを睨んだ後、不発弾を手放した。ゆっくりと、木の葉よりも遅いスピードで池に沈んでいった。
雲間からさす光がボートを照らしている。白い光に押しつぶされるかのように、僕らはその場から動けないでいた。