表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

視察

 正直に言えば、十八歳の時から塔にいたので、帝都にそれほど知り合いはいない。

 今はともかく、昔は妾の子として「腫れ物」扱いされていたし、性格的にも社交的とは言い難いから、社交の場に出ても、壁際にいるような娘だった。

 そんな私が、いきなり独演会(リサイタル)をやれと言われても、準備なんか自分でできるはずがない。

 威張って言うことではないが、無理。

 『境界の塔』での聖女の役目は、呪歌を歌うこと。赴任してきた楽団をまとめたり、たまに新曲を作ったりとかもしたけど、一から楽団の人間を集めたりはしなかった。そんな権限もないし。

 楽団は、宮廷魔術師の管轄する楽師たちで構成されていて、軍の軍役のように、中央で任命された者たちだった。期間は軍役より少し長くて、一年交代。たまに、何度も赴任してくるひともいたけれど。

 この前まで、一緒にやってきた仲間は、『境界の塔』に残ったまま。

 結局、楽団は宮廷魔術師のネイマールに手配してもらうことにした。

 だから、本当は、ネイマールに手をかけさせたくはないのだけれど。

 こっそり、部屋を抜け出そうとしたところに偶然、ネイマールが来るとか。タイミングが最悪である。

「そのような格好で、視察でございますか?」

 ネイマールが渋い顔をする。

 そのような、と言われるほど、ひどい格好をしているわけではない。貴族の女性が外出するときに普通に着ているドレスだ。かなり前に作ったドレスだから、年齢にあってないとか、流行遅れとか、そういうことはあるとは思うけど。

 しかたない。ドレスを作ろうにも、『境界の塔』には仕立師がいなくて、半年に一度、御用聞きに来てくれる程度なんだから。

 こっちに戻ってきて、ドレスの採寸はしたけど、まだ新しいドレスはできていない。

「全ては、この私にお任せくださると、おっしゃったではありませんか?」

 ネイマールは不満げだ。

 柔らかい日の光りが窓から差し込んできている。

 ここは、宮廷の客間。昔、私が使っていた部屋は、今、姪っ子が使っているらしいから、こっちにと言われたのだ。二間続きの広い客間は、執務室を兼ねられるので、ある意味ありがたい。

 客間なので、窓から美しい庭が見える。境界の塔から見える、広大な森とは違う、人工的で、計算された庭園だ。

「ほら、やっぱり、会場くらい見ておきたいの。兵舎とは聞いているけど、私、軍の施設に行ったことないから」

 単純に、暇だから出かけたかった、とは言えない。うん。それはダメだ。何でも素直に言えばいいってものではない。たとえ相手に本音がまるわかりでも。

「どうしてもとおっしゃるならば、私がご一緒いたします」

「え? 会場の兵舎って、宮殿のすぐそばでしょ? 外出のうちに入らないよね?」

 もちろん、宮殿自体がとても大きいので、かなりの距離はあるけれど、会場の兵舎は宮殿の隣と言っていいほどの立地だ。街に出るという感じではない。

「ソフィアさま。聖女を引退されても、あなたは皇帝の妹ぎみなのですよ? それでなくても、歴代で最長の『聖女』です。超、重要人物なんです。ご自覚をなさってください」

 そうかな。任期が最長だったからと言って、重要ってこともないだろうと思う。

 逆に、とうが立って、価値が下がっちゃうんじゃないかな。

「でも、ほら。ネイマールは、激務だし?」

「ソフィアさまがおひとりで行かれたら、大変なことになります」

 ネイマールは苦々しい顔をする。

「なんのために独演会が必要なのか、察してください」

「察しろと言われましてもねえ」

 私は首をひねる。いままで、軍役で来ている兵たちはみんな親切ではあったけれど、特に親しかったわけでもない。兄の話が本当なのか、どうしてもわからない。実感が乏しすぎる。

「あなたは、もう『聖女』ではないのです。わかりますか?」

「ええ。そうね」

 聖女でない私は、もう何も持っていないも同然ではないか。

 あるとしたら、陛下の『妹』であるということくらい。

「何もわかっていらっしゃらない」

 ネイマールは顔に手を当てて、首を振る。何をわかっていないというのだろうか。

「どのみち、軍で打ち合わせがあります。一緒においでになるなら、すぐにお支度を」

「本当?」

 私が立ち上がる。

「ただし、ドレスはダメです。聖女の法衣を着てください」

「え?」

 聖女の法衣は、文字通り、『聖女』の証の制服みたいなものだ。

 もう着ることはないと思っていたのに。

「聖女では、ないのに?」

「……あなたを守るためです」

 ネイマールは大きくため息をつく。

 何を言っているのか、さっぱりわからなかった。




 歩いてもそれほどでもない距離なのに、大袈裟な馬車にのせられる。

 正直、そんなに治安が悪いのか? って、心配になってしまうくらいの念の入れようだ。

 聖女になる前の私は、結構自由だった。たぶん皇族としては冷遇されていたからっていうのもあるのかも。当時は、街に出ても割と許された。もっとも、見つかると『下賤の生まれだから』みたいなことを言われるのが、ちょっと嫌だったけど。

 今、皇太后さまは離宮にいて、兄のすることに口を出せないのも関係するかもしれない。

 ただ、軍の施設に行ったことなんて、昔もなかったから、案内してもらえるのは助かった。

 馬車を降りると、出迎えの騎士が私の顔を見て声をあげた。かなり驚いたようだ。

 ネイマールが来ると聞いてはいただろうけど、私のことは予定外だったからだろう。

「お約束していないのに、ごめんなさい。私も同行したくって」

 出来るだけ丁寧に頭を下げる。

「い、いえ! 聖女さまをお迎えできるとは! 自分はケビン・ザナと言います! お、お会いできて、こ、光栄であります!」

 二十代くらいだろう。ザナは、身体をこわばらせながら敬礼してくれた。

 いや、もう聖女じゃないのだけどね、と内心で苦笑する。聖女の法衣は着ているけど。

 ああそうか。

 私は得心した。この格好していないと、私が誰かわからないってことなのかも。

 この格好をした四十歳のオバサンは、私だけだもの。

 ネイマールは大げさだ。私は、顔を知られていないくらいで、ショックを受けたりしないのに。

 むしろ、遠目でも誰かわかるようで、あちらこちらからの視線を感じて、落ち着かない。

 私とネイマールは、緊張のあまりにギクシャクしているザナについていく。

 案内されたのは、大きめの執務室だった。彼は、カチコチの動作で、扉をノックする。

「し、将軍、聖女さまとネイマールさまがおみえです!」

 声が大きい。

「え?」

 だが、さらに中からも驚きの声が上がって、すごい勢いで扉が開く。

 びっくりした顔のグラウがそこにいた。

「ソフィアさま?」

 私は慌てて頭を下げる。

「ごめんなさい。ネイマールに無理を言ったの」

 急に来てしまったのは、やっぱり迷惑だったかもしれない。

「いえ、ようこそおいで下さいました。どうぞこちらへ」

 グラウは、慌てて、部屋の中に私たちを招き入れた。

 部屋の奥に武骨な執務机が置かれていて、壁際には書物がならんでいる。

 グラウは、私たちに手前に置かれた応接セットのソファに座るようにすすめ、ザナにお茶を用意させた。

「ソフィアさま、先に私の方の用事を済ませます」

「ええ」

 ネイマールは持ってきた書類をグラウに渡し、お互いに内容を確認し始めた。

 どうやら、いろいろ備品の搬入などの打ち合わせらしい。

 私は入れてもらったハーブティを口にしながら、ふたりの話が終わるのを待った。

「ソフィアさまは、会場の視察がしたいとおっしゃっているのです」

「視察?」

 グラウは驚いたようだった。

「……無理ですか?」

「全然かまいません」

 グラウが頷くと、「では」とネイマールが立ち上がった。

「私は先に戻りますゆえ、後はよろしくお願いいたします」

「へ?」

 あれほど一人で行くなって感じだったのに、帰りは放置?

 ネイマールの意図が分からず、私はキョトンとする。

「わかりました。おまかせください」

 私でなく、グラウが頷いた。

 あ、そうか。将軍に護衛を放り投げて、帰るんだ。ネイマールは忙しいし、護衛は将軍の方が専門だ。それに、将軍が自らしなきゃならないってこともない。

「くれぐれも、()()さまをよろしくお願いします」

 念を押すように、ネイマールが頭を下げる。

 私には、もう聖女じゃないといったのに。よくわからない。

「承知しております。ソフィアさまのことはおまかせください。約束は守りますから、ご安心を」

 グラウの返答に、何故かネイマールは苦い顔をした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三回ワケアリ不惑女の新恋企画概要
↑クリック ↓検索はこちらをクリック♪
第三回不惑企画
― 新着の感想 ―
[良い点] 聖女モノで予想されそうな展開を外しているというのに グイグイと引き込まれる魅力を感じました。 どこか甘酸っぱいような、あるいは恋に不慣れな 少年少女のようなやりとりをしているのが そろい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ