表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

戴冠式

発売日記念!


五年前、ソフィア視点です。

 ファンファーレの音が鳴り響いている。

 先ほど宮殿に帰ったばかりの私は、慌てて聖女の法衣に着替えた。

 髪を結い、化粧をする。『境界の塔』から帝都カルカまでの道のりは、三日。さすがに疲れているけれど、そんなことは言っていられない。

 今日は、兄ルパートの戴冠式だ。

 私はこの国を守る聖女として、参列する義務がある。

 戴冠式が行われるのは、宮殿内にある神殿だ。

 そこで神に宣誓をし、正式に皇帝となる。

 既に参列者がそろっている中、私は慌てて祭壇の横に立った。大遅刻だけれど、このことを咎めるような人間はいない。本来なら聖女は『境界の塔』にいなければいけないのだ。

 父が死去してより、玉座は空席の状態で一年が過ぎた。

 もっとも、実際には兄が政治を取り仕切っていたので、空席というのは、あくまでも法律の上での話だ。

 面倒な話だけれど、こういうことは、形式がきちんとしていることも大切なのである。

 やがて。

 宮廷楽師たちが、荘厳な音楽を奏で始めた。ざわついていた参列者たちが口を閉じる。

 その曲に合わせて扉が開かれ、兄が現れた。もともと豪奢な金髪をしているから、華やかな印象の兄である。今日は、きらびやかな刺繍の入った黒の礼服に長い朱色のマントのため、神々しいほどだ。兄は、参列者の横を通り過ぎ、祭壇の前に立つ。それに合わせて音楽は止み、静寂が訪れた。

「私、ルパート・グラスリルは、民の健やかな暮らしを守り、育むことを神の御名に誓います」

 兄の低い声が、神殿中に響き渡る。

「ソフィアさま」

 宮廷魔術師の長であるネイマールがうやうやしく帝冠を差し出す。

 参列者の視線が私に向いたのがわかって、急に脈が速くなってきた。

 私の役目は、この帝冠を新しい皇帝に授けること。

 前皇帝が生きていれば、皇帝がするのだけれど、そうでない場合は、この国の『聖女』がする決まりなのだ。

 帝冠をネイマールから受け取り、兄の方を見る。

「この国の民の幸せを守ってください」

 緊張のせいで声が上ずってしまったけれど、兄は笑わずに首を垂れてくれた。

 震える手で、帝冠を兄の頭の上にのせる。

「新しい皇帝が即位された!」

 ネイマールの高らかな宣言と共に、一斉に歓声が巻き起こった。




 戴冠式が終わって一息ついていると、兄に呼び出された。

 この後は祝賀パーティがある予定なので、その前に話をしたいということなのだろう。

 私は明日には『境界の塔』に戻る予定だから、何かを話すとしたら今しかない。

「ああ、ソフィア、よく来た」

 兄は戴冠式に着ていた礼服を脱いで、非常にラフな格好をしている。どうせまた、パーティで礼服を着なければいけないのだが、ずっと着ていては息がつまるということなのかもしれない。

「実は、お前に縁談がある」

「縁談?」

 私は驚く。私はすでに三十五を過ぎている。もはや、そんな話はないものと思っていた。

「でも、私の後任は決まっていないのでは?」

「うん。それはそうなのだが」

 兄の顔が曇る。

「いや、でも数日中に決定するはずだ。そのように指示をしている」

「それは、無理なのでは?」

 思わず言ってしまう。

 急を要する状態なら、考える余裕もなく選択することはあるだろう。だが、平穏な今の状況では、何もない『境界の塔』に行き、前線に立つ聖女になる踏ん切りはつけにくい。急ぐのではなく、もっとじっくり、時間をかけて決断してもらった方がいい。

 その時、急に扉の向こうに足音が鳴り響き、ドアがノックされた。

「どうした?」

「緊急事態です、陛下」

「グラウか、入れ」

 入ってきたのは、私も知っているひとだった。

 長身で、軍服をまとっている。『境界の塔』警備隊長だった、グラウ・レゼルト将軍。兄の即位に合わせて将軍に昇進したと聞いている。

「魔のモノが侵攻を始めたと、早馬が参りました」

「何ですって?」

 私は耳を疑った。今までの感覚だと、十日は儀式を休んでもだいじょうぶだったのだけれど。

「陛下、私はすぐに戻ります」

「しかし、ソフィア」

 兄が何か言いたげに、私とグラウの方を見る。

「次の聖女が決まるのを待っていることは出来ません」

「それはそうだが……」

「荷物をまとめて、すぐに出立いたします。馬車の用意をお願いします」

「わかりました。塔へは、私がお連れいたしましょう」

 グラウは私に頭を下げる。

「……やむを得まい。グラウ、ソフィアの護衛を頼む」

 兄は苦い顔のまま、頷いた。

 縁談の相手が気になる気もしたけれど、それより聖女として国を守ることの方が何倍も重要だ。

 それに、グラウが護衛についてきてくれるなら、心強い。

「すまぬ」

 私とグラウを見つめて、兄が頭を下げた。

「それでは、行ってまいります」

 私は大急ぎで、『境界の塔』へ向かう。

 その時の縁談の相手を知ったのは、そこから五年の月日がたってからだった。


本日、SQEXノベルさまから発売されました!

ありがとうございます!


書籍の特典等は4/1の活動報告にあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三回ワケアリ不惑女の新恋企画概要
↑クリック ↓検索はこちらをクリック♪
第三回不惑企画
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです! 王の招待で森に行って 魔のモノたちとの交流の様子も読みたかったです。
[一言] 書籍発売、おめでとうございます! 何度読んでも優しい気持ちになれる素敵な物語です。 たくさんのひと(魔のモノたちも含め、ですね)に愛されているソフィアさま。本人だけがまったくその状況に気が…
[良い点] 優しいお話ですね。終わったと思っていたら、続きが時々出てとても嬉しいです。まだ、続きますよね?魔王の前でも歌わないといけないし、幸せな結婚生活を送り、できれば可愛い赤ちゃんが誕生し、子守唄…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ