辞令
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グラウ視点、本編より6年ほど前になります。
辞令が来た。
いつか来るだろうとは思っていたが、ついに来たという感じだ。
通常の任期より長く務めてきたのだから、拒否するわけにはいかない。
私は辞令書を握り締めてため息をつく。
開け放れた窓から見える、深い境界の森。
既に帝都の家より、見慣れているといえるこの風景も見納めとなる。
何度も離れては戻ってきたのだが、今回はもう戻れないかもしれない。
たぶん、帝都に戻ったら私は『出世』するだろう。そう思っても少しも嬉しくはなかった。
聖女ソフィアの部屋を訪ね、挨拶をする。
ソフィアは、私に辞令が出たことを知っていたようだ。
「おめでとう。帝都に戻られて、将軍になると兄から聞いたわ」
「いえ。まだ、役職についてはうかがってはおりません」
私は言葉を濁す。多分、そうなるだろうとは薄々感じてはいるが、まだ任命を受けたわけではない。
「あら、グラウ・レゼルト警備隊長を将軍にしたいから帝都に呼び戻すと、手紙をもらったわ」
ソフィアは微笑む。
「父が亡くなってまだ服喪中。兄はまだ皇帝にはなっていないわ。だから塔の人事については、一応、私の許可をとろうって思ったみたいね」
「そうですか」
その言葉は、ちょっとだけ苦く感じた。
もし人事の権限が聖女にあるのだとしたら、この辞令を拒否して欲しかった。
とはいえ。私が塔に残ることを少しでも願ってくれたとしても、彼女は引き留めることはしないだろう。むしろ、そんな願いがあるなら、かえって私を帝都に返してしまうに違いない。
ソフィアは、聖女であることを固く自分に命じている。聖女の恋は厳禁。彼女が私に少しでも心を向けているのであれば、逆に私は遠ざけられて当然なのだ。
「今まで本当にありがとう。もうこちらにいらっしゃることはないかもしれないけれど、あなたのおかげで、ここまで私も務めてこられたと思います」
「そのようにおっしゃっていただけると、とても光栄です」
社交辞令だったとしても、その言葉は嬉しい。
自分の人生は、聖女を守るための人生だった。
「たとえ、どこに行こうとも、私はソフィアさまをお守りします」
「ありがとう」
ソフィアは微笑む。
多分、彼女はわかっていない。
私は聖女を守りたいわけではないことを。私が守りたいのは、ソフィア自身だ。
ただ。今はまだ、そのことを伝えることは出来ない。
彼女が仮に私を憎からず思っていたとしても、答えは必ずノーになる。彼女は一人の女性である前に、聖女なのだから。
「最後に一つ願いを聞いていただけないでしょうか?」
「私で出来ること?」
ソフィアが首をかしげる。
「歌を歌っていただけませんか。今、私のために」
魔のモノに捧げる歌ではない歌。役目ではなく、私のためだけの歌。
「いいわ。リクエストはある?」
ソフィアは微笑む。
「『初恋』を」
それは昔からある古い歌だ。せつないメロディラインが人気の永遠のスタンダードナンバー。
ソフィアは頷き、歌い始めた。
朗々とした声は、塔の隅々まで響く。
彼女の歌を聞きながら、彼女と初めて会った日のことを思い出す。
その笑顔を守るとひそかに誓ったあの日から、私の進むべき道は決まったのだ。
帝都に戻ることになっても、心はいつでもソフィアを守っていたい。
「ありがとうございました」
歌が終わると、私は頭を下げた。
甘やかなソフィアの歌声がいつまでも胸の奥に響いていた。
4/7 SQEXノベルさんより書籍が発売されます。
皆様のご愛顧のおかげです。
3/22 活動報告に書籍情報があります。よろしくお願いいたします。
4/7にもSSを更新する予定です。