表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

慰労パーティ

最終話。長めです。

 独演会を終えた私は、簡単に言えば、燃え尽きていた。

 何をするにも気だるくて、ため息をつくようなありさま。正確には、単純に体力が回復するのに時間がかかっているだけかもしれない。うん。年はとりたくないものだ。

 本当はしばらく寝て過ごしたいのだが、今日は、兄との約束の慰労パーティがある。慰労っていうなら、そっとしておいて欲しい気もするけど、そういうわけにもいかないのだろう。

  今日のドレスは、紺地で、裾に銀糸の刺繍をほどこしたもの。年齢にあわせた落ち着いたデザインだ。

 よく考えたら、パーティなんて、聖女になる前に行ったっきりだ。兄の即位式のあとのパーティは、結局、出ることが出来ず、塔にトンボ返りしたし。

 念入りに化粧をほどこすと、私は話があると呼ばれて、ネイマールと共に兄の執務室へと向かう。

 パーティは昼すぎからなのだが、その前に顔を出してほしいらしい。

 兄やネイマールの話から察するに、今日から私は、『聖女』ではない。とっくに『聖女』としての本来の職務は引退したのだから、変な理屈ではあるけれど。

 新しい聖女であるリイナはうまくやっているようだ。魔のモノが帝都までやってきたことは驚きだけど、別段、彼女に不満があって、とのことではないと思われる。

 本当に良かった。

 ただ、さすがに、私みたいに二十年も聖女を続けるのは、彼女が「そうしたい」と思う場合だけにしてあげてほしい。選べない人生で幸せを見つけるのは、難しいから。

「ソフィアさまをお連れしました」

「入れ」

 ネイマールが扉を開き、私は一礼をして、部屋に入る。

 皇帝の執務室は、壁面に歴代の皇帝の似姿が飾られていて、ちょっと落ち着かない。

 広い部屋の中央に置かれた机は、一人で使うにはかなり大きいものだ。

「きたか」

 ふうっと、机の向こうでため息をつく兄。

 その脇に、なぜかグラウが立っている。軍の正装を着ている。

「先日のデソンド公爵の件だが」

 兄が口を開いた。

 なるほど。その話か。確かに、慰労パーティの会場で話すことではなさそうだ。

「家名断絶の上、国外追放が決まった」

「……随分と厳しい処分ですね」

 ほぼ、未遂に終わったといえる事件だから、もう少しマイルドかと思った。

「馬鹿を言え。国外追放にしたのは、温情なんだぞ」

 兄は口の端をあげた。

「やつは、この国を長年守り続けてきた『聖女』を拘束し、刃をつきつけたのだ。この国にいては、誰に刺されても文句はいえぬ」

「それは、さすがにないのでは?」

 いくらなんでも、そこまでする人はいないと思うんだけれど。

「いえ。私刑に処したいと思う人間は多いと思います。あの場で、処刑しなかった自分の理性を褒めたいくらいですから」

 グラウが横から口をはさむ。

「でも、私は無事だったわけですし」

「それとこれとは話は別です」

 ぴしゃりと言い切るグラウ。目が笑ってない。

「もっとも、もともとの責任は私にあります。軍の施設ということで、油断がありました。いかなる処罰も覚悟しております」

「油断したのは私よ? 将軍は悪くないわ」

 私は慌てた。グラウは私を助けてくれたのだ。処罰なんてされたら、絶対におかしい。

「まあ、その件は良い。とりあえず、不穏分子をひとつ排除できたということでもあるし」

 あまり人がいいとは言えない笑みを兄は浮かべる。

 兄はなんだかんだといって、政治家なのだと思う。

「……そういえば、陛下。将軍への褒賞を保留にしていると聞きましたが、酷いのではないのですか?」

 最高剣士の称号と共に与えられる褒賞を渋っているって、どういうことなのだろう。

 将軍の忠誠に対して、相応の栄誉を与えるのは、為政者として当然のことだ。

「ああ、それな……」

 ふうっと、兄はため息をついた。

「五年前から、俺はずっとグラウに脅されておる。そもそも俺の一存では決められぬことでな。難儀をしている」

 そんなに無理難題なのだろうか?

 兄の一存で決められないって、なんなのだろう。

「いったい、何をご希望なのですか?」

 グラウは兄の顔色をうかがうように、目を向けた。

「良い。許可する」

 兄が頷くのを見て、グラウは私の前にひざまづいた。

「ソフィアさま、私の妻に、なっていただきたいのです」

「え?」

 何を言われたのか、理解できなかった。

「でも、妻にしたい方がいると……」

「長年、あなただけをみつめておりました。私は、貧乏騎士の出身で、あなたとは到底釣り合わぬ男でございます。それでも、あなたを諦めることが出来ず、ここまで生きて参りました」

 グラウの目が私をとらえている。胸が激しく高鳴った。

「でも、今まで、何も……」

「あたりまえだ。『聖女』に手を出したら、褒賞はなしだと誓わせたのだから」

 兄が大きくため息をつく。

「聖女でなくても、皇族でなくとも。私の心は常にあなただけを見ていた」

 ああ。

『言ってはならない言葉を言いたくなってしまいます』

 私に価値がないと思った時。グラウが私に言った言葉を思い出す。

 あの時。私はまだ、彼の中では『聖女』だったから。

 涙があふれる。

 二十二年。聖女である私を守り、そして、私自身を支えてくれた。

「どうする、ソフィア。兄を助けると思うて、将軍のところに()してはくれぬか?」

 にやりと口を歪めて、兄が笑う。

「この男は酷いのだ。将軍になっても、塔への軍役に行きたいとか、さんざん俺にプレッシャーをかける。お前を他の男に嫁がせたりしたら、軍を辞めかねん」

「あの……ご不快でしょうか?」

 グラウが不安げに私を見上げる。

「いえ。あの……よろしくお願いいたします」

 私は涙がこぼれるのを止められないまま、微笑む。

 引き継ぎの儀式、そして独演会と、人生でこれ以上の幸せはないと思っていたのに、私の心はかつてない想いに満たされる。

  彼の目に、私が映っている。それだけで、本当に幸せと感じた。

「よし。では、婚約を発表するからな」

 兄が決まったというように、断言する。

「え? 今日ですか?」

 あまりの急展開に私は驚いた。

「聖女を正式に引退すれば、縁談が押し寄せる。こういうのは、早く手を打った方が面倒が少ない」

「……私、四十歳なんですけどね」

 思わず笑えてしまう。政略結婚って、本当に手段を選ばない。

「お年は、関係ありません!」

「そういうものでしょうか?」

「あたりまえです! ソフィアさまはご自身の魅力をわかっておられない!」

 グラウに睨まれて、思わずたじろいてしまう。嬉しい気持と驚きと。いろんなものがないまぜになって、不思議な気持ちだ。

 こほん。と、兄が咳払いをした。

「まあ、なんだ。ソフィア。将軍はいろいろ思い込みの激しい男ではあるが、我が国には必要な男だ。良き妻として支えてやってくれ」

「はい」

 私は涙を拭きながら、しっかりと頷いた。



 私はグラウにエスコートされながら、パーティ会場に入る。

 今回の会場は、ガーデンパーティ。宮廷の中庭に、大きなテーブルをならべ、お茶会のちょっと豪華版といったところだ。

 普通のパーティだと、主賓の私が疲れてしまいそうなので、という兄の配慮らしい。

 そもそも、男性にエスコートされた経験すらない。

 聖女になる前の私は、腫れ物のように扱われていて、あまり人と接していなかった。

 グラウの腕に手を添えながら、ただ、それだけの行為で動悸がしてしまう。いい年したくせに、と、思われそうで恥ずかしいけれど、こういうのは『慣れ』が必要なのだ。二十二年、恋愛スキャンダル禁止だったのだから、『慣れ』ようがない。

「どうかなさいましたか?」

 あまりに動きがギクシャクしていたからだろう。グラウに心配そうにのぞき込まれて、さらに心臓の鼓動が早くなる。

「すみません。私、こういうの初めてで」

 馬鹿にされるかと思いきや、ぎゅっと腰に手を回され、さらに身体を密着させられた。

「あ、あの……」

「そんな可愛らしい反応をされたら、絶対に離せなくなります。この場で抱きしめたいくらいですよ」

 甘く耳元で囁かれ、私はどうしたら良いかわからなくなる。

 周囲にはたくさん人もいて、次々に挨拶をしてくれるけれど、何一つ頭に入ってこない。

 えっと。何。これ。

 だめだ。免疫がなさ過ぎて、パンクしそうだ。

「あの、少しは手加減してください」

 思わず、小さく抗議する。

「無理です。二十二年も我慢してきて、既に限界ですから」

 いや、えっと。四十のオバサンが真っ赤になってうつむいて歩くって、絶対、笑われていそうですから。

 それでも。たとえ笑われても、私は、このひとが好きなんだと自覚する。やわらかな瞳も、優しい声も、温かなぬくもりも、全てが愛おしい。離して欲しいと思いつつも、ずっとこうしていて欲しいとも思う。

「と、言うわけで、ソフィアはグラウ将軍に嫁することとなった」

 宴の半ば。兄がそう宣言すると慰労パーティは、祝賀パーティに変わった。

 次々に寄せられる、祝辞。なんだかこそばゆい。

 終わりが近づくと、挨拶をしろと言われて、私は、挨拶のかわりに歌を歌うことにした。

 それが一番自分らしい挨拶だと思う。

 恋をしたことで、何かが変わったのかもしれないけれど。中庭で歌うのは、塔で森に歌った時のように青空が見えて、不思議な気持ちだ。

 パーティの参加者たちの拍手を浴びていた私は、魔のモノの気配を感じた。

「何だ?」

「鳥?」

 コウモリとは違う。極彩色の大きめの鳥が群れとなって上空に現れ、ゆっくりとおりてきて、庭の木に留まった。大型のインコだ。

 周囲のざわめきを制して、私は、インコの前に歩み寄る。

「あなた、魔のモノよね?」

 インコのようで、インコでないもの。コウモリの時と同じものを感じた。

「ソウ」

 え? 返事した? 一羽のインコが声をあげた。

「我ラ、大聖女、頼ミアッテ来タ」

 インコの言葉にどよめきがおこる。私は、みんなに落ち着くように指示をする。悪意はなさそうだが、刺激はしたくない。

「今聖女、素晴ラシキデモ、我ガ王、大聖女、忘レ難シ。人ノ町、王、来レナイ」

 今聖女はリイナの事だろうか。では、大聖女って、私?

「我ガ王、大聖女、国ニ招ク言ウ」

「えっと。それって、私に魔のモノの国で、歌って欲しいってこと?」

 バサバサと話していたインコが、羽音をたてると、一緒に飛んできたインコ達が口にくわえたものを私の目の前に落としていった。キラキラ光る石が、うず高くつまれた。

「こ、これは、魔石です」

 石を拾いあげたネイマールが、驚きの声をあげる。

 魔石は境界の塔付近で稀にとれる貴重鉱石だ。これは、遠征費なのだろうか。たぶん、普通に採掘する一年分くらいありそうだ。

「で、でも、私、好きな人が出来てしまったの。もう聖女に戻れない」

「構ワナイ。ソレデモ、王、大聖女、呼ブ」

 インコの言葉に私は、グラウと兄の方を見る。

「本当に魔のモノなのか? そもそも、言葉を話すなんてありえない」

 兄の疑問は尤もだ。魔のモノとは、絶対に意思疎通が出来ないとされてきた。

「我ラ、本来、声ナイ。人ノ言葉ワカル。デモ、使エナイ。コノ鳥ダト、話セル」

「つまり、声帯がないということですな。だが、言葉は、理解していると。これは、すごいことです」

 ネイマールが珍しく顔を紅潮させている。

「魔のモノの国に私が?」

 すごく行ってみたい。そこはいったいどんなところだろう。そして、彼らは、どんな想いで、私の歌を聞いてくれたのか、知りたい。

「行きましょう。ソフィアさま」

 グラウが私に頷く。

「あなたが望むなら、私はついて行きます」

「本当に?」

 この年で、望んでもいいのだろうか。そんな夢みる子供のような冒険を。

「陛下。新婚旅行は、夫婦で魔のモノの国に行くことにします」

「おい、グラウ」

 兄は戸惑いを隠せない。

「陛下、これは、絶好の機会ですぞ。意思疎通不能と思われていた魔のモノを知り、共存も可能になるかもしれません」

 いつもは慎重なはずの、ネイマールが乗り気だ。

「その国は塔から、どれくらいかかるのだ?」

「人ナラ、十日」

 インコは答える。

「わかった。ソフィアの安全は保証されるのだろうな?」

「当タリ前。大聖女、我ラニ、知恵クレル」

 私はグラウの腕を抱きしめる。無謀かもしれない。それでも、二人で進む先には、大きな冒険が待っている。

 広がる空はどこまでも青かった。




お読みいただきありがとうございました。

この作品は長岡更紗さまのワケアリ不惑女新恋企画の参加作品です。

一日遅刻ですみません。

40才の女性ヒロイン、びっくりするほど、多くの方にお読みいただきありがとうございました。

本当にありがとうございました。


2020年7月25日

秋月忍

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三回ワケアリ不惑女の新恋企画概要
↑クリック ↓検索はこちらをクリック♪
第三回不惑企画
― 新着の感想 ―
[良い点] 何度読んでも素晴らしい終わり方ですね! ハッピーエンドでしかも平和!
[一言] 久しぶりに読み返しましたが、やっぱり素敵ですよね! このお話、最高です!! 頑張った女子にはやっぱり素敵な恋が待っているって、何回読み返しても心がほっこりして憧れます! まあ、とっくにヒ…
[一言] 楽しく読ませて頂きました。 ソフィアとグラウに幸あれ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ