第9話 抜き打ち検査 下
教室につくとホールルームの直前であった。すぐに始まった朝礼では、今日手荷物検査があることが委員長より告げられた。にわかに教室の中が騒然となる。
そりゃそうだよなあ、と裕樹は思った。おそらく漫画なども持ってきている奴もいるに違いない。それも咎められるかもしれない。
それより問題なのは、自分自身のUSBの隠し方である。さて、どうするのか。
そんなとき、隣の席の岡田に話しかけられた。
「一体どういうことなんだ、手荷物検査って。お前、あの風紀委員と仲いいから何か知らないのか」
「いやそれが」裕樹は委員長が持ち物検査をするに至った過程を説明した「かくかくしかじかというわけで」
「ちょっとそれ困るんだけど。俺、財布の中に、あれじゃん」
「あー、そういえば」
裕樹は以前見せられたことがあり知っているのだが、岡田は財布の中にコンドームを持ち歩いている。もちろん相手がいるというわけではないが、いつか来るべき時が来た時のための備えと言って持ち歩いているのである。そんなものが見つかれば彼も被疑者扱いを受けてしまう。
「これどうしよう。なんかゴミもチェックするとか言ってたから捨てるに捨てられないし」
「いや、どうしようと言われても……」裕樹がそう返したとき、何かが彼の頭に思い浮かんだ。「あっ、いいこと思いついた」
「いいこと?」
「それ、僕に渡してよ。いい感じに処分しておくから」
「本当にか?」岡田は言った。
「もちろん、責任をもって、安全に、処分しておくよ」
「恩に着る!」
岡田はそういうと財布からこっそりとコンドームを取り出すと、それをひそかに裕樹に渡したのだった。それを受け取った彼はそれをポケットに入れた。
「検査は1限目の後だっけ?」裕樹は確認するように言った。
「ああ、そうだけど」
「じゃあ、トイレに先に行ってくるよ」
そういって彼はいったん席を立った。そんな姿を岡田は不思議そうな目で見送った。
そしてまた、彼を見送るようにして視線を投げかけたのは岡田だけではなかった。彼の左斜め後ろにいた紗綾も同様に視線を送っていたのだ。
へまするんじゃないわよ、と紗綾は心の中でつぶやくのであった。
放課後、裕樹と紗綾の二人は件の中華料理屋の二階――すなわち部室にやってきていた。
あのあと手荷物検査が行われたが、結局委員長が求めていたコンドームは発見されなかった。代わりに発見された何冊かのエロ本やエロゲのDVDが没収されていった。他にはおやつと称して取引されていたアンパンや、園芸部の部室からは「球根栽培法」という本がなぜか回収されていったそうであるが仔細はわからない。
「大山鳴動して鼠ゼロ匹、か」裕樹は言った「結局誰なのかわからずじまいだったんですね」
「そりゃそうよ。あんなところでやっちゃう奴がそんな避妊なんてするわけないわ」紗綾はため息をつくように言った。
「それはちょっと言いすぎじゃないかな。あとこれ」裕樹はポケットからUSBメモリを取り出した。そしてそれを机の上に置く。「見つからずにきちんと守り抜いたよ」
「よくやったわね」紗綾は感心したように言う「どうやって隠したの?」
「ええと、それは知らない方が……」
「なによ教えなさいよ。今後も参考にしたいから」
「ええと、何を言っても怒らない?」裕樹はおずおずと言った。
「怒らないわよ。というか怒るようなことってなにしたの」
「ええとね」裕樹はややためらいがちに説明し始めた「隣の席の、岡田、っているじゃん」
「いるわね」
「奴、中学のころからお守りと言ってコンドームを持ち歩いているんだけど、それが今日の検査で引っかかるかもと朝話したんだよ」
「ああ、そういう話していたのね」
「それで、そのコンドームを僕が預かることにしたんだけど」
「ちょっと待って、預かってどうするの」
「まあまあ聞いてよ。そのコンドームを取り出すでしょ、なかにUSBメモリを入れて、そしてそれを肛門に隠せば……」
「待って」紗綾は裕樹の話を遮った。とんでもないものを見聞きしたと言わんばかりに目を見開いて手をぷるぷるさせてUSBメモリを指さした。
「これを、肛門に入れたの……?」
「大丈夫だよ。コンドームの中に入っていたし。朝のトイレの後はいつもウオッシュレットで洗っているし」
「そういう問題じゃない!」紗綾はがたっと立ち上がった「あなた、人のものを肛門に入れるなんて、どうかしている!」
「なんとかしろって言ったのそっちじゃん。ほら、返すから」
そういって裕樹はUSBメモリを手に取ると紗綾に渡そうとする。紗綾は思わずあとずさりした。
「やめて、近づけないで!」紗綾は悲鳴を上げる。
「いやでも返してって」裕樹は紗綾に押し付けるようにする。
「いらないいらないそんなもの! ばっちい!」
「ひどいな、僕のアナルが汚いとでも」
「汚いわよ!」
「返すよ、ほーら、ぐりぐり~」
裕樹はそういって彼女のほっぺたにUSBメモリを突きつけた。
「やめて!!!」紗綾は泣きそうになりながら訴えた、
裕樹は無茶に付き合わされたお礼だと言わんばかりにUSBメモリを押し付け、そして彼女の悲鳴を聞いて楽しんでいた。これは数秒後、調子に乗りすぎとばかりにキレた紗綾にパイプ椅子で頭を殴られるまで続くのであった。