第8話 抜き打ち検査 上
週明けのことである。
放課後、紗綾は山城委員長に生徒会室に呼び出されていた。山城花音はクラス委員長を務めつつ、生徒会の庶務となっていた。
「今日来てもらったのはほかでもありません。相談がありましてお呼びしたんです」
「はあ、なんでしょうか」
紗綾は出されたお茶を飲みながら言った。風紀委委員としての仕事はあまりしていないことへの叱責かとも思ったが、しかしそれはそもそも風紀委員の仕事がほとんどないのであるから仕方ない。服装チェックも半期に1回程度である。ではなんだろうか。
「実は当校にとって大変不名誉なうわさが流れているのです」
「うわさ、ですか」
「ええ、そこの公園がありますよね」
「ええ」
「その公園で、ふしだらな行為をしている当校の生徒の目撃証言が寄せられたのです」
「ふしだらな行為、ですか」
「ええ、まずは服を脱いでいたと……」
「ぶはっ!」
紗綾は思わずむせこんだ。
「大丈夫ですか?」
花音が言う。紗綾はできるだけ平静さを装いながら答える。
「だ、大丈夫です。驚きました、そんなことが」
そう口では言っているが内心はとにかく慌てていた。
(やばいやばいやばい、これ絶対私たちのことだ。なんでバレた?)
そんな彼女にかまわず、花音は続ける。
「ええ、そしてなんと、公園内で性行為を行っていたというのです!」
「性行為……性行為! ですか!」
紗綾は思わず大声を上げた。彼女は露出はしたが性行為などはしていない。すると誰が……あいつらか!
紗綾はほっと胸をなでおろした。少なくとも自分たちではなさそうということだ。
「そうなのです。まずわが校は男女交際を禁止しています。そしてさらに学生なのに性行為を、公共の場で行うなんて!」
「そ、そうですね」紗綾はとりあえず頷いた。
「ええ、ですから、それが誰であるかを突き止めて、それ相応の責任を取っていただきます」
「突き止める、わけですか」
「そうです。そのために明日全校一斉で手荷物検査を行うことを、生徒会で提案いたしましたの」
「それで」
「ええ、可決されました。ですから明日行いますの。ですから、風紀委員のあなたにもしっかり協力してもらおうと思いまして」
「ええ、それはもちろん協力しますけれど、いったいなぜ手荷物検査なんですか?」
「ええ、コンドームを探すんです」
「はい!?」
「ええ、その犯人はコンドームを持っているはずです」
「ちょっと待ってください」紗綾は思わず話を遮った「なんでそうなるんですか」
「性行為をしているからにはコンドームを持っているかと思いますが、違いますか」
「ええと、そうも限らないのでは……」
「どういうことでしょうか」花音は不思議そうに言った「学生なのに、避妊もせずにする人なんているのでしょうか」
山城花音は中学の時全教科1位を取っていた。むろん保健体育もであり、彼女は保健の教科書を隅から隅まで読んでいる。法と道徳と規律を重んじる彼女には、そんなリスキーなことを行う者がいるとは信じられなかったのである。
「ええ、それは、その、どうなんでしょうか」
ああ、だめだこれはという風に思い紗綾は呟く。天然だこれは。
「いるわけない。ですから、明日、抜き打ちで検査を行うのです」
「そうですか……」紗綾は若干あきらめたように言う。「じゃあ私が明日クラスの検査をすればいいんですね」
「いいえ」花音は首を横に振った「そんな汚れ仕事、人に押し付けるのは私の道義にもとります。汚れ仕事こそ、すすんで行わなくては。ですからB組は私が検査をします。もちろんあなたを疑っているわけではありませんが、公平性の担保のため、あなたの検査も私がします。私の検査を石見さん、あなたがしてください」
「ええと、すれば風紀委員としては……」
「ええ、しっかりサポートをしてくださいね」
花音はにこりと笑った。紗綾はあわせてとりあえず頷いたが、しかし心は笑ってはいなかったのであった。
翌日朝、校門前で紗綾は裕樹に話しかけられた。
「おはよう、例のUSBメモリ、持ってきたよ」
紗綾はそれを聞いて血相を変えた。そして彼の手を引くと、体育倉庫の裏へと連れて行った。
「ちょっと待ってよ、どういうこと、いきなり。まさかここで脱ぐの?」
「そんなことするわけないでしょバカ」紗綾は怒ったように叫んだ「今日なんでそんなもの持ってきたのよ」
「いやだって返してって言ってたじゃん」
「なんでよりにもよって今日なのよ。今日は抜き打ちで手荷物検査があるのよ」
「そんなの聞いてないぞ」裕樹は叫んだ「なんで教えてくれなかったんだ」
「忘れていたのよ。まさか今日持ってくるなんて……私は準備万端なのに」
「準備?」
「ええ。今日はいつものマスクとサングラスは家においてきたわ。もちろんスマホの写真もパソコンに移して消したわ」
「写真まで消す必要あるのか」
「ええ、なんでも委員長が言うには、怪しい人がいたらハメ撮りしているかもしれないあkら流出防止のためにチェックするからと……」
「待って待って待って。ハメ撮りってなに、全く話が見えてこないんだけど」
紗綾はそこで昨日の花音との会話を説明した。
裕樹は驚いて叫んだ。
「ちょっとそれはまずいぞ。つまり石見さんでもごまかすのはむつかしいわけか」
風紀委員が検査するなら紗綾がUSBフラッシュメモリーを預かってごまかすことが可能である。しかし委員長直々の持ち物検査であり、彼女と言えどごまかせないのだ。スマホの写真を確認しようとする女である。USBメモリなど中身を見るに決まっているのだ。しかも悪いことに、返却のためかけていたパスワードロックは外してあるのである。
「ええ、だから私は準備してきたのよ。服装もいつもよりちゃんとしているの。普段は履かないのに、今日は恥を忍んでパンツを履いてきたの。それなのにUSBメモリを持ってくるなんて……」
「待って待って今なんて言った」
「ええだから、USBメモリを持ってくるなんて……」
「いやその前。今日はパンツを履いてきたって……」
「そうよ。なにか?」
「ということはまさか普段は」
「ええ、ノーパンよ」
裕樹は驚愕して目を見開いた。口も開いている。信じられないものを見る目である。
「まさかそこまでの変態だったとは……」
「勘違いしないで。普段から露出の心を忘れないため、目には見えないパンツを履かないだけよ。慣れると結構快適よ」
「それを変態というんだよ!」裕樹は叫んだ「それはそれとしてだ、どーするんだこのUSB、ていうかそもそもなんでUSBに入れてるんだよ」
「もちろんバックアップのためよ。そして肌身離さず持ち歩いていたわけよ」
「それならあんたがどうにかしろよ。それほど大事なら」
「あなたがなんとかして」紗綾は言った。「持ってきたのはそっちでしょう」
「そんな無茶苦茶な!」
その時予鈴が鳴るのが聞こえた。紗綾は時計を見た。
「いけない、ホームルームの前に役員室に寄っていかないと」紗綾は駆けだした。そして体育倉庫の陰に消える直前、一瞬振り返るのだった。
「とにかくちゃんと隠してよ。そうでないと困るからね!」
そう言い残して紗綾は立ち去る。裕樹はカバンの中のUSBメモリのことを思いながら、さて本当に困ったぞと思うわけであった。