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ゼン・ラー  作者: 淡嶺雲
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第7話 ……と思ったが

 トイレの陰にやってきた紗綾は、やはりいきなり服を脱ぎ始めた。

「ちょっと、いきなり過ぎない!?」

「何を言っているの? 露出の基本は突然よ! 『全裸道競技ルール第1条、まず服を脱ぎます』」

 そう言う間に紗綾はすっぽんぽんになる。流石に裸足はまずいので靴は履いているがそれ以外は下着すらつけていない全裸である。

 紗綾は腰に手を当てて言った。

「さあ、私は脱いだわよ。運動したあとの風がつめたくて心地良いわね。さあ、あなたも脱いで」

「いや、ちょっと、それは……」裕樹は前屈みになって答える。「座学してからじゃだめ?」

「まずは実践よ。『梨の味を知りたければ、直接口にしなくてはならない。真の知識は、直接経験する中で得られる』。さあ、分かったのなら服を脱いで」

 それでも脱ごうとしない裕樹に紗綾は苛立ったのか、彼を引き寄せると服を無理やり脱がそうとする。腕が胸に当たるがお構いなしである。

「ちょっとこれはダメだよ!」

 裕樹は抗弁するが彼女は聞く耳をもたない。

「ダメじゃないわ。さあ、上は脱いだわね、じゃあ下も……」

 そう言ってズボンに手をかけようとしたとき、紗綾はあることに気づいた。そして手が止まった。

 彼の股間にテントが張られていたのである。

「ちょっとこれは」彼女は言った「どういうことかしら」

「これは生理現象だ、仕方ないよ」

 裕樹は今にも顔から火を吹き出しそうになりながら言う。目の前で美少女が服を脱いで、そして自分を脱がせると言って体をくっつけ胸を押し当ててくるのである。勃起するなという方が逆におかしいのではなかろうか。

 しかし紗綾はそんな事情など我関せずというように、冷たい目で見るのである。

「今すぐ小さくしなさい」紗綾は言い放つ。

「そんな無茶な」裕樹は言った「じゃあまず服を着てくれ」

「それはできないわ」

「じゃあ一回出すしかない。公衆トイレの個室に行ってくるよ」

「ちょっとそれ本気で言ってるの?」紗綾は目を見開いて言った「女の子に向かって、お前をオカズにしてやるぞと言っているのよ。とんだ変態ね」

「露出狂の痴女に言われたくはない!」

「ともかくそれもダメよ」紗綾はいった「全裸道ルール第5条、全裸に性欲を抱くべからず。今後のことも考えると今ここで性欲を我慢できないと今後も我慢できないわ。部活のたびに発情されたんじゃあかなわない」

「じゃあどうしろというんだよ」

「素数でも数えれば?」

 その時だった。そう遠くないところから話し声が聞こえた。

「まずいわ、人が来た」

 さらに悪いことに、その足音は近づいてくる。

「隠れるわよ」

 そう言うと紗綾は上半身裸の裕樹の腕を引いて茂みの裏に飛び込む。小枝がチクチクする。

「ちょっと荒っぽいぞ。というか全裸を見せつけないのか」

「通報されたらおしまいよ。『全裸道ルール第12条、みだりに通報のリスクを犯すべからず』。もちろんあえて通報されて警察から逃げるという競技もあるけど、それはすごくリスキーで今の私達にはまだ無理ね」

「まだじゃなくて永遠にやりたくないんだけど」

「向上心が足りないわね……あっ、来た。もっと頭を下げて」

 そう言って紗綾は裕樹の頭を押さえる。背中には彼女の胸があたっていた。素肌が触れ合っているのである。股間のテントがより一層大きくなるのがわかった。ともすれば暴発もあり得るのではと裕樹は思った。

「ねえ、見て」紗綾は耳元でささやくように言った「あれ、ウチの制服じゃない?」

 裕樹も見てみた。暗がりで十分には視認できないが、たしかに紫苑高校の制服のようである。男女の二人組である。

「ほんとだ。カップルかよ」

 その二人組はぐんぐんと近づいてくる。裕樹と紗綾は自分たちの心拍数が上がるのが分かった。じっと汗ばんでくる。しかも裸で体を寄せ合っているので互いの鼓動や体温がわかるのである。これには流石に紗綾も顔を赤らめた。

「ねえ、あなた、こんな状況で興奮しているの?」紗綾は火照った顔で言う。

「誰のせいだと思ってるんだ」裕樹も顔を真赤にしている。

「声が大きい。見つかると危険……」

 だが二人組はトイレの裏には来なかった。二人ともトイレに入って行ったのである。

 紗綾がほっと息をつく。

「よかった。トイレを使いに来ただけみたいね」

「なら今すぐ服を着てここを離れよう」裕樹は言う。というか彼の股間がほとんど限界を迎えているような状況であったのだ。

 しかしその提案は却下された。

「それはだめ。二人が去ってから活動を再開するわ」

 そう言ってやはり体を寄せ合ってかがめたままの体勢となる。裕樹はこれはまずいと思っていた。触れただけで爆発しそうなのである。とにかく落ち着けないとやばい。素数か、やはり素数を数えるのだ……。

 そうやって早くこの天国とも地獄とも言える状況が終わることを願っていた。

 しかし、待てど暮らせど、二人はなかなかトイレから出てこない。気づけばもう10分はたっていた。

「おかしいわね」紗綾は言った「ひどい便秘にしても。どちらかは出てきてもいいはずなのに」

「たしかに」

「どうしたのかしら……ねえ、なにか聞こえない?」

 その時なにかに紗綾が気づいた。なにかの声が聞こえるのである。

「なんだろう、たしかに、うめき声のような、あとなんというか、あと高い声?」

 そしてその声はどこから聞こえるのだろうという疑問もすぐに解けた。

 その声は、トイレの裏にある、換気と採光用の小さな窓から漏れ出してきているのである。

「もしかして!」

 紗綾はおもむろに立ち上がる。そしてトイレの裏の壁に近づいた。

「ちょっと危ないよ」

 裕樹もそれを追いかけていく。

「いきなりそんな」

 裕樹がそう言って連れ戻そうとしたとき、紗綾は口に人差し指を立てて「しーっ」と言った。顔は驚愕の表情をしている。

 そして指で高い位置にある小窓を指差した。そこから漏れ出してくる声と音ははっきりと聞こえた。そして裕樹も同様に驚愕するのである。

 それは小さな喘ぎ声と、腰を打ち付けるようなパンパンという音であった。

 裕樹と紗綾は見つめ合った。そして何かを了解したらしい。頷きあうと、たちどころに先程脱ぎ捨てた服を着た。

「今日の活動はこれまでよ……」紗綾は言った。「ちょっと今日は調子が良くないわ」

「そうだな、そうしよう」裕樹も言った。いつの間にか勃起はおさまっていた。というか本当に気合でおさめたようなものであった。勃起は副交感神経の作用によるものであるが、とんでもないものを見ていますぐここから離れようと思っている中では、なんとか交感神経が優位に立って、勃起をおさめたのである。

 二人はそのまま駅へと向かったが、視線を合わすことはなかった。互いの顔が紅潮しているのも、暗いせいもあり、よく見えてはいなかった。

 裕樹は思っていた。あれが限界であった。もしあの状況で、そしてあんなものを聞かせられていたら、自制がきかなくなって、彼女を押し倒していても不思議ではなかったのだ。

 それは紗綾も同様であった。先程の興奮は明らかに知的興奮とは一線を画するものだった。裸は恥ずかしくないという信念は、それは彼女が性的なものを排除し、そして露出のエクスタシーを性的ではなく知的な興奮、社会改革への情熱であると自分に言い聞かせることで成立していた。だが一度性的なものが入ってくれば、歯止めが効かなくなるだろう。なぜなら全裸で人間本来の姿になれるというのなら、性欲もまた人間の本能であるからだ。

 ああ、恥ずかしい。そう紗綾は思うのであった。自分はまだまだ未熟だ。全裸道の道は深く、そして高みは限りなく遠い。自分自身を律せないのに、社会変革など及ぶはずもない。

 紗綾は空を見上げた。街路樹の桜は花を散らせ、すでに短い春が過行くことを語っているかのようであった。

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