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ゼン・ラー  作者: 淡嶺雲
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第6話 今日こそ部活

「昨日はよくも置いて帰ってくれたわね」

 翌日の朝、登校し席についた瞬間、裕樹は紗綾の鋭い目つきで睨まれることとなった。

「あのあとずっと待ってたのよ。おかげで昨日はなにもできなかった」

「あ、ええと、その、ごめん」

 しまった、と裕樹は思った。昨日は科学部に入部手続きを済ませたあとはそのまま帰ってしまったのである。放置プレイを食らった紗綾が怒るのも無理はない。

「そのへん、きちんとしてよね。これは『道』なんだから」そう言って彼女は自分の席に向かう。そして一瞬振り返って付け加えた「あと、USBメモリは早く返して」

 裕樹は、はあ、とため息をついた。さて昨日あんなことした埋め合わせもしないといけないのかもしれないな、と思いっていると、岡田が話しかけてきた。

「あれ、石見さんと仲良くなったの?」

「ま、まあね……」

「羨ましいぜ、もうリア充かよ」

「ははははは」裕樹は乾いた笑いを浮かべた。

 本当にリア充であったならどれほど良かったことかと裕樹は思うのであった。紗綾は確かに美人である。スタイルも悪くない。しかし彼は彼女と付き合ってイチャイチャしているわけではない。彼女の弱みを握っていやらしいことをしようとしているわけでもない。彼女に何故か逆に脅されて、彼女の違法行為に加担しているのである。

「おはようございます、丹波君」

 鈴の鳴るような声がした。見上げると山城委員長が微笑んでいた。

「おはようございます、委員長、今日もお綺麗で」

 裕樹の代わりにそう答えたのは岡田である。彼もまた山城花音の魅力に惹かれた信奉者の一人のようである。

「おはよう、委員長」

 裕樹もそう答えた。

「うかがいましたよ。入る部活、決まったそうですね。心配していたんですよ、丹波君だけまだ決まっていないと聞いて」

「ああ、いや、それはどうも……」

「ちょっと、もっと喜びなさいよ」脇から割り込んできたのは親衛隊の一人である。名前をたしか古河という女子学生である。「せっかく花音様が心配してくださっているのよ」

「そうよ」もうひとり脇から割り込む。結城という女子だ「失礼じゃない」

 気圧される裕樹であったが、しかし、山城花音は微笑みを保ったままである。

「まあまあ、ふたりとも、そんなふうに言ってはいけませんわ。科学部での活躍、期待していますわ」

 花音はそう言うと踵を返して裕樹の席を去った。

「ふん、今回は花音様に免じて許してあげるわ」「今後は失礼のないようにね」

 親衛隊の二人はそう言い残すと、花音を追いかけて立ち去った。

 ふう、と裕樹は一息つく。やれやれ、女の子と会話があるのはいいが、あんなふうな絡まれ方をしていては心が落ち着かない。胃に穴が空いてしまう。

 そんな彼に不思議そうに話しかけたのは岡田であった。

「科学部、ってお前、理系志望だっけ?」

「いや、幽霊部員だよ。そこぐらいしか受け入れてくれなくて」

「ということは事実上帰宅部か?」

「ま、まあそんなところかな……」

 その時朝のチャイムが鳴った。ほとんど同時に担任が入ってくる。委員長の「起立、礼」の掛け声に合わせて朝のホームルームが始まった。


「さて、今日こそ部活をするわよ!」

 放課後、昨日と同じ公園に、裕樹と紗綾の二人はやって来ていた。紗綾の指示によって二人はジャージに着替えていた。

「ねえ、それはいいんだけど」裕樹は言った「なんでジャージなの?」

「決まっているでしょう。まずは動きやすい格好で練習しないと。まずは走り込みよ!」

「走り込み!?」裕樹は叫んだ「運動部じゃないのに!」

「丹波君、私達にとって、一番困ることはなに?」

「ええと、なんだろう。見つかること、かな?」

「違う」紗綾はビシッと言った「見られるのは公共の場であることから仕方ないわ。それに見られないと世間へのアピールにならないわ。見られなくても、見られても、私達の勝ちなのよ」

「それじゃあ一体……」

「私達が最も忌むべきこと、それは、官憲に逮捕されることなのよ」紗綾は言った「全裸道競技ルールブックでも失格事項となっているわ」

「そりゃ逮捕はだめだろう! というか何だよ全裸道ルールブックって」

 そもそも社会通念やルールに違反している状態でルールだの失格だの言われても困る。全裸道は存在自体がアウトなのである。

「あら、まだルールブック持ってないの?」

「持ってるわけないだろう!」

「仕方ないわね」紗綾は呆れたように言った「後で部室に寄るわよ。ルールブックを渡すから」

 裕樹は感謝していいのかどうなのかよくわからない感情になったが、とりあえずうんと頷いておくのであった。

 この後二人はランニングと走り込みを行う。30分もすれば息も切れて体も熱くなってくる。

 あたりは既に暗くなってきており、明かりがあったり近づかないと人の判別はむつかしくなってきていた。電灯に火がともされる。

「さあ、ちょうどいいころね」紗綾が時計を見て言う。蛍光文字盤が光っている。

「ハアハア」裕樹は息を整えながら言った「ねえ、ということは、今日の部活はおしまい?」

「何言ってるの」紗綾が腰に手を当てて言った「この黄昏時、相手のシルエットしか見えない今こそ、露出の時よ。さあ、体も温まったでしょう!」

 そして朗々と吟じたのである。

「公園に 露出をせんと 月待てば ときもかないぬ 服は脱ぎ捨てな!」

 そして彼女は裕樹の手を引くと、公園の端の公衆トイレの裏へと向かったのであった。

熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(万葉集 額田王)

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