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ゼン・ラー  作者: 淡嶺雲
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第5話 入部

 翌日の放課後、裕樹は、学校近くの公園に呼び出されていた。

「遅い!」紗綾は言った「早くしないとパトロールに来る時間になっちゃうでしょ」

「担任から呼び出されていたんだよ。『クラスで部活を決めていないのはお前だけだ』だとかなんとか。明日までに決めろと」

 紫苑高校の校則には全員部活に入るようになどという文言はない。しかし暗黙の了解というか不文律がどこの世界にも存在しており、体育会系でも文科系でも生徒会傘下の委員会でもよいので何かに入らなければならないわけである。

「あら、まだ決めてなかったの?」

「まさか全裸道部なんて存在しない部活をいうわけにはいかないし、そっちはどうしたんだ?」

「ああ、委員長の推薦で風紀委員になることになったわ」

「なんですと!?」

 裕樹は思わず声を上げた。それもそうである。こんな風紀などとはもっとも程遠く、そして風紀どころか公序良俗に反する行為を繰り返している奴が風紀委員などまったくもって認められるわけがない。

「『クールな目つき、そのかっちりした制服の着こなし、これこそ風紀を守るものにふさわしいのですわ』とか何とか言われてね」

「それで、風紀委員になることになったのか」

「そうね。まあ風紀委員といっても仕事は時たまゴミが落ちていないか巡回したり、時たま朝竹刀を担いで服装チェックをしたり、わが校の校則に反してイチャイチャしているカップルに嫌がらせをしたりするだけだから、ふだんはあんまりすることないわ」

 いやいやそれは十分仕事がある範疇だろうと裕樹は思う。なお『校則に反してイチャイチャ』とは男女交際禁止という校則のことを指している。非リアはこれを言い訳にできる。

「それで、どうするの?」

「いい部活あるかな? ゆるいやつ。文芸部とか?」

「あそこはやめておいた方がいいわ」紗綾は即座に止めた。

「なんで? かなりガチなの?」

「BLを書かせられるわ。運が悪ければあなたのネタにして書かれる。あそこには腐女子しかいない」

「それはダメだ!」さすがにそっちの気は一切ない。「じゃあワンダーフォーゲル部は? 楽しそうじゃない?」

「あそこは登山部の残党に乗っ取られたわ。ワンゲルと称して重装備での縦走訓練をさせられる」

「じゃあ鉄道部は……」

「時刻表の暗唱したい? 休日は全部遠征でつぶれるわよ」

「ぬりえ同好会……」

「これは『訪問自治体塗り』の意味ね。全市町村訪問制覇を目指す部活よ。ここも遠征費用が馬鹿にならないわ」

「じゃあどうしろというんだよ」

「科学部なんかどう?」

「科学部? 僕は別に実験とかに興味はないよ」

「ではなくて」彼女は言った「この部はいま廃部の危機にあるらしいの。とにかく新入生が入らないといけないらしい。別に活動に参加しない幽霊部員でもいいから来てほしい、と部長が言っていたわ。幸い一人入ったらしいけど、もう一人いないと……」

「そこに決めた!」裕樹は言った。「つまり事実上の帰宅部!」

「そう。だから本来の全裸道の活動に専念でき……って、どこ行くの」

 突然駆けだした裕樹に紗綾は呼びかける。

「決まってる。学校に戻って入部申請をしてくるんだよ。僕にはお構いなく活動をしていて」

「何を勝手なことを言っているのよ!」走り去る裕樹の後ろ姿を眺めながら紗綾は叫んだ「ダブルスの練習はどうするのよ!」

 彼女の声はむなしく公園にこだまするのだった。それに興味を示したのは通りがかった幼女ひとりであったが、すぐ母親に「見ちゃいけません」というようなそぶりで手を引いて連れていかれたのであった。


「失礼します!」

 丹波裕樹は勢いよく科学室のドアを上げた。

 科学室は広い教室であるが、実習はほとんどなく、よって滅多に使用されない。主に使用しているのは科学部ぐらいなのである。

 そして、その科学部の唯一の部員がそこにいた。

 長い黒い実験用の机の上にガスバーナーが置かれている。その上で三角フラスコに入った湯が煮沸されていた。そしてその隣にはなぜかティーポットとコーヒーカップがあった。

 そしてその火を一人の少女が見つめている。ショートヘアで、小柄だ。白衣を羽織っている。

「あっ、入部希望者ですか?」少女は顔を上げてこっちを向いた。

「そ、そうです」裕樹は答えた「ええと、あなたが」

「科学部部長、3年の有馬萌です」少女は名乗った。

 なんと部長であったのか。小柄だからてっきりこの人がもう一人の新入生かと裕樹ははじめ思っていたのだ。

「1年B組の丹波裕樹です」裕樹は名乗った。

「さあさあ、丹波さんも座るのです」萌は言った「紅茶をごちそうするのですよ」

「そ、それはどうも」

 裕樹がそういうと、萌は三角フラスコを試験管挟みでつまんでティーポットに注いだ。

「アールグレイなのです。少し蒸らすので待つのですよ」そう言って砂時計をセットした。

「はい」

 るんるんるん~ん、るんるんるんるーるん、と鼻歌を歌っている。裕樹はこのちっこい先輩かわいいなと思いながら眺めていた。

「もう3分たったのです」

 萌はティーカップに紅茶を注いだ。湯気が立ちよい香りがあたりに漂う。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「ところでなのですが」萌が尋ねた「どうして科学部に興味を持ったのですが」

「ええと、申し上げるのも悪いのですが」裕樹は紅茶までごちそうになりながらこんなことをいうのは本当に悪いなと思いつつ、しかし言わねばならぬので言う「その、幽霊部員でもいいので入部希望者を募っていると聞いたので」

「すると科学部の活動自体には参加せず、籍だけ置きたいということなのですか?」

「そうです、申し訳ないのですが」

 しかし意外にも萌は嫌な顔をしなかった。

「いえいえ、こちらこそありがたいのです。これで部員は3人、部の存続自体はできるので、かまわないのです」

「本当にすいません」

「謝る必要なんてないのです。これに名前を書くのです」

 そういって壁際の引き出しから入部届を取り出した。それを渡された裕樹は名前を記入する。

「ところでなのですが、いま僕で3人だとおっしゃいましたよね」

「そうなのです」

「その、もう一人の部員はどこですか。有馬部長しかこの部屋にはいないようですが……」

「もう一人も幽霊部員なのです。だから姿を見せないのですよ」

「そうなんですね」

 そこからしばらくお茶を飲みながら話をしていたわけであるが、すべて書くには紙数も気力も足りないので割愛させていただく。

 すっかり外が暗くなったころ、裕樹は礼を言って席を立った。

「本当にありがとうございます。こんなお願いい聞いてもらった上に、紅茶までごちそうになって」

「いえいえいいのです。気が向いたらまた来てくださいなのです」

 そして裕樹は科学室を立ち去った。春ではあるが夜はやはりまだ肌寒かった。

「さて、帰ろうかな」

 裕樹はそう呟くとその足で中央駅へと向かった。なにかを忘れているような気もしたがきっと気のせいであろうと思うのであった。

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