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ゼン・ラー  作者: 淡嶺雲
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第15話 肝試し

 梅雨が明けていざ露出活動を、と思った紗綾を襲ったのは、期末試験であった。

 紗綾はクラスでは堅物の真面目キャラとして通っていた。そんな彼女が変な成績を取ることなど、あり得ないと彼女自身も思っていた。それに全裸道連盟幹部に抜擢されたのである。学業ができないなど言い訳が出来ない。

 であるから彼女は必死に努力した。数学が赤点ぎりぎりであったが、裕樹に教授してもらい、なんとか試験を乗り切ったのである。

 期末試験が終われば来るものはなにか――そう、夏休みである!


「で、なんで肝試しなんだよ。しかも学校で」


 裕樹がぼやく。紗綾が、夜の学校で露出をしようと言い始めたのである。

「屋外はまだ危ないわ。警察がうようよしているから」

 9月に全裸道大会がO市で行われるという情報が伝えられて以来、警察のパトロールが明らかに増えていた。

「それ、9月までは変わらないんじゃないのか?」

「大丈夫、今、太好棒が新しい警察の巡回路マップを作っているから。それが出来たら屋外露出可能よ」

「お前、出来なくても屋外露出しようとしてただろ」

 てへぺろ、と紗綾は自分で自分の頭を小突いた。

「それに肝試しというとお寺とかじゃないのか」

「そんなことしたら万が一の場合公然わいせつに礼拝所不敬罪が加わるわ」

「そこだけ真面目なのやめろ」

「でも、一つ確かめたいことがあるのよ」

「確かめたいこと?」

「この学校、幽霊の噂あるの知っている?」

「聞いたことある。図書室に出るとかいうやつだろ」

 自殺した女学生の霊だとかいう噂である。しかし、自殺した生徒などこの学校にいない。

「そうそれ。幽霊って、白い死に装束着ているじゃない」

「着ているな」

「でも、亡者は三途の川で奪衣婆に衣服をはぎ取られるじゃない」

「何が言いたい」

「つまり、幽霊が全裸かどうか確認したいのよ!」

 裕樹は、はあぁ~と深いため息をついた。そして言うのであった。

「ばっかじゃないの?」


***


 結局肝試しは強行された。

 紗綾と裕樹はだれもいない(はずの)校舎にいた。通例のように衣服を脱ぎ捨て、そして校舎の中を歩いて行くのである。人に見つかる心配などほぼないと思っていた。宿直制度などは廃されて久しいし、夜間も警備員などおらず、何かあればセ〇ムに通報が入るようになっている程度であった。

 二人はリノリウムの廊下を全裸で歩いていく。靴だけは履いていた。

「なんだか違うわね。誰もいない、とわかっていて歩くのはスリルがないわ」

 紗綾がそう漏らす。

「スリルなんてない方がいいよ」

 裕樹は、はあとため息まじりに返した。

 このころになると、裕樹も紗綾の裸を見るのに慣れてしまっていた。健全な高校生なら同級生女子の裸など見た日には勃起が収まらなくなること必至である。だがそれは恥じらいがあってこそであり、こうも堂々と全裸を見せる残念美少女とあっては、興も覚めるというものだ。それに曲がりなりにも彼にも理性がある。それを抑え込むだけの力はあった。網膜の奥と大脳皮質に焼き付けた彼女の姿を後でどうするかはまた別の話であるが。

 教室に衣服を置くと、校内をぐるりと回る。誰もいない……はずであるが、しかしふだん授業を受けているところを裸で徘徊するのは緊張し、また興奮する。紗綾はこの興奮は決して性的なものではなく崇高なものだと言っているが、裕樹にはどうも納得がいかないが、勃起せずにいるためとりあえずそういうことであるということにしておく。

 そして図書室を覗く。

「……やっぱり誰もいないわね」

 そりゃそうだ。幽霊なんているわけないと裕樹は思った。

 そして初めの教室に戻る最後のルート。科学室と科学準備室の前を通っていく。

「角を曲がれば教室ね……案外あっけなかったわ」

 紗綾がそう言った時である。

 がたん、と音がした。振り向けば、なんと先ほどまで閉じていた科学準備室の扉が半分ほど開かれていたのである。

 それを認めた時、二人は即座に駆け出していた。走り込みで鍛えた脚力を見せる時である。

 すぐさま教室に飛び込んで、ジャージをひっかけて教壇の陰に隠れた。

そして来訪者を待つ……待つが、誰も来ない。

「おかしいわね」紗綾が袖を通しながら言った「確かに誰かに『見られた』感じはあったのに」

「……暗いし顔までは見られてないと思うけど‥‥‥確かめてみるか?」

 彼女は頷いた。

 裕樹と紗綾は服を着て、ゆっくりと教壇の陰から這い出る。そして廊下に顔をひょこっと出して、理科準備室の方を覗き込んだ。

 そこには誰もいなかった。

「き、きっとドアを開けただけで、見られたりしてはいないよ」

「そ、そうね、そうだといいわ……」

 と二人が呟き合っていた時である。

「二人とも、何をしているのですか?」

 後ろから声がした。

 心臓が止まりそうであった。ゆっくり振り向く。

 そこにいたのは背の低い少女。科学部部長、有馬萌であった。

「おや、そこにいるのは丹波さんではないですか」

 彼女は裕樹の顔を認めるなり言った。

「そしてもう一人は……」萌は首をひねった「どなたでしたか」

「……1年B組、風紀委員、石見紗綾」

 紗綾は名乗った。額に汗を浮かべていた。

「お二人で何をされていたんですか?」

「な、何って……」裕樹が取り繕うように言った「そ、そう、忘れ物を取りに」

「こんな休みの夜中にですか?」

「ええと……」

 裕樹が言いよどむ間に、萌は二人の顔を交互に見た。そして何かひらめいたように

「なるほど」と言った。

「?」

「つまり、逢引きですね!」

 裕樹と紗綾はきょとんとした。

「うんうん、青春なのです」萌は何かを納得したように頷いている「理由があるのでしょう。咎めたり告げ口したりはしません」

 それを聞いて二人は胸をなでおろした。

 裕樹が口を開いた。

「……ところで、有馬部長はなにを?」

「科学部の合宿なのです」

「え?」裕樹は驚いた「僕聞いてませんけど」

「科学室に顔を出していなかったので伝えそびれたのです」

「そ、そうですか‥‥‥」幽霊部員だからと言って、入部以来一度も顔を出していないのは流石に申し訳なかった「いや、すいません」

「いえ、いいのです」萌は言った「では私は科学室に戻って寝袋で寝るのです」

「一人ですか?」

「そうです」

 裕樹と紗綾は再び顔を見合わせた。

「ええと、先輩、あちらからいらっしゃいましたよね」と裕樹は科学室とは反対側の廊下の端を指さした「ここに来るまでは、何をされていたんですか」

「トイレです」彼女はきっぱりと言った。

「え、じゃ、じゃあ」紗綾は慌てるように言った「さっき科学準備室の扉を開けたのは‥‥‥」

「ああ、もう一人の部員なのです、おそらく」

 萌がこともなげに答えた。

「え、でも、泊るのは一人では?」

「そうなのです。部員は3人いれど、うち2人は幽霊部員。寂しく一人で寝るのです。それではまた」

 そう言って萌はすたすたと歩き始めた。後に残った裕樹と紗綾は、言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。そして意味を理解した時には、顔を青ざめながら逃げ出すように校舎を後にしていたのであった。

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